パーカーの中のきみのぜんぶ

海花

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キス

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その後も、気が付けば先輩の姿を探している自分に気が付いた。
部室以外で中々会うことの無い先輩をいつも視界の隅で探していた。
そして……普段の先輩の姿が見つけられる度に、そんなおれに気付いて先輩が手を振ってくれる度に……嬉しくなった。

「──忍聞いてる!?」

「え!?……あ…………ごめん…ぼーっとしてた」

つい先輩の姿を探すのに夢中になっていたおれの耳に、結愛の怒る声が届いた。

「…………もうっ!来週の金曜の夜、高校の時の友達とご飯行くから絶対空けといてね!って言ったの!!」

話を聞いてなかったおれを責めるように睨みつける結愛に

「……なんで…………高校の時の友達とご飯行くのに…………おれが空けとくの?」

つい本音が漏れる。
結愛とは大学で知り合ったから、それ以前の共通の友達なんかいないハズだ。

「──本当聞いてないんだからッ!!」

それが完全に機嫌を損ねてしまったらしく、結愛はおれに向き合うと、胸をグッと人差し指で押した。

「みんな彼氏連れてくるの!!だから忍も絶対空けておいてね!!『先輩と』は無し!!分かった!?」

すごい剣幕でまくし立てられ……

「…………分かった……」

おれはそう答えるしか無かった…………。




その日最後の講義もおわり、おれがいつものように部室の扉を開けると、先輩と……初めて見る男が机でスマホをいじりながら話しているのが視界に映った。
狭い部室にはまだその2人しかおらず、イヤでも目に入る。

「あ…………忍、おつかれ」

「おいー!光流!ちゃんと見てろって!ここからマジで怖くなるから」

おれに笑顔を向ける先輩を遮り親しげにそう言うと、先輩の肩をグッと引き寄せ、その男は一瞬おれに…視線を向けた。
その視線が……

『入って来んなよ』

そう言っている様に思えて……微かにイラつく。
おれは端の椅子に座り、雑誌を手に取りめくりはじめた。
けど……その2人が気になって落ち着かない。
スマホでホラー動画を見ているのか、真剣に食い入る様に見つめる先輩の耳元で、時々そいつが何かを言っている……。

───なんだあいつ……

その唇が……時々触れそうな程近付くのがイラついて、わざわざ雑誌に意識を向けようとするのに、すぐまた先輩達を気にしている。

───近すぎるだろ…………

静かな部屋でそいつの息が、先輩に掛かる音まで聞こえそうで……

「──なぁ……今日お前ん家行っていいだろ?」

そいつの声が僅かだがおれの耳にも届いた。

「────え………………」

先輩の無防備な声に、頭の中で何かが“プツ”と鳴った気がした……。

「先輩──今日、先輩の家で飲む時……焼き鳥買ってきませんか?」

「───え…………?」

そして今度は、おれの言葉に目を真ん丸くしている。

「約束してましたよね?──今日、先輩ん家で一緒に飲もうって……」

「……あれ?…………そうだったっけ……」

「おれ……焼き鳥食べたいから……買って帰りましょう」

首を傾げ、必死に思い出そうとしている先輩を横目におれはそいつに笑顔を向けた。

「今日は朝まで飲みましょうね」



スーパーに寄り、酒とツマミを買い、大学からそう遠くない焼き鳥屋で2人分テイクアウトした。

「……ごめん……俺、すっかり忘れてたから……部屋めちゃくちゃ汚いけど……」

申し訳なさそうに俺を見上げる先輩に、少し……胸が痛む……。
そりゃそうだ……“アイツにムカついて”つい口からでまかせを言ったんだから……。

「……おれ、全然気にしませんから」

しかし……胸の中がまだモヤモヤする……。
アイツが先輩に近付く度にイラついた。
先輩の耳に……触れそうな唇を思い出すだけで今でも腹が立って仕方が無くなる……。
なのに…………それが何故なのか……
理由が……解らない……。
それが一層おれの中のモヤモヤを大きくした。


過去、1度だけ訪れたことのある先輩の部屋は、決して広くは無いが、新し目のアパートで大して物も無く『大学生の一人暮らし』らしい部屋だった。
しかし今日は……確かに散らかっている。
ベッドには服が散乱していて、小さなテーブルの上にはジュースのペットボトルや、スナック菓子の空き袋がそのままになっていた。

「……すぐ片付けるから……」

慌てて片付け始める先輩に

「おれも手伝いますよ」

そう笑顔を向けてゴミを集めながら……部屋を見回す……。

出ているグラスもひとつだけ……
スリッパも、ぬいぐるみも無い。
キッチンの棚にはカップラのストック……
女物の衣類も見当たらない……。

───彼女がいる気配は0だな……

ただそれだけのコトに、自分でも不思議に思う程、少しづつ胸のモヤモヤが晴れていくのが分かった……。



「いつも思うけど……忍、全然酔わないよな?」

頬を赤くしながら、先輩のとろんとした目がおれを見つめる。

「…………そうですかね……でも……先輩も強いですよね?」

「俺!?……んー……まぁ……弱くは無いかな。親父が酒飲みでさ、高校くらいから付き合わされてたから」

そう言って笑う先輩に……ドキッとして……頭が少し……熱くなる。
今までだって何度も先輩とは飲んだことがある。
けど…………こんな風にドキドキするのは初めてで……。
そりゃ……2人きりで飲むのは……初めてだけど……

「忍……まだ飲む?」

「───え!?」

「飲むなら……日本酒ならあるけど」

そう言って先輩は空の焼酎の瓶を持ち上げた。
買ってきたビールも焼酎も、いつの間にか底をついていたらしい。

「……この間親父来た時さ……」

言いながら立ち上がり、シンクの下から日本酒の瓶を取り出している。

「日本酒置いてってさ……。けどひとりじゃそこまで飲まねぇしさ……」

少し呂律も回ってなくて……足取りも少しおぼつかなくて……

「忍、まだ飲めるなら飲もうぜ」

それなのにまだ飲もうと嬉しそうに一升瓶を持ってくる先輩が……また……堪らなく可愛く見えた。


「……先輩………彼女…いないんですか……?」

コップに注がれた何杯目かの日本酒を口にしながら、チラッと先輩へ視線を向けた。

「………彼女……?」

大きな、潤んだ瞳を真ん丸く見開き、キョトンとしたかと思ったら

「あー………いない、いない。だいたい……俺、モテないし」

少し困った様に笑った。

「………?…」

何だかそれに……小さな違和感を感じた。

───モテない……かな……?確かに……下手すれば女の子より背は小さいし、華奢だけど……けど…可愛い顔してるし……独特の……色気があるし……こういう男が好き……って、女の子……いるだろ……

思わず先輩の唇に目がいった……。
そう──この人は……妙に色気がある……。
特に今はピンク色の唇が、微かに濡れていて……

───すげー……色っぽい………

「忍はモテんだろ?…身長も高いし……イケメンだもんな」

完全に酔っている瞳が、上目遣いにおれを見つめる………。

「………え……⁉︎…そんなこと……ないです……」

おれの喉が唾を飲み込み“ゴクッ”と音を立てた。
顔が……熱い………。
と言うより……身体が…………熱い…………。

「───忍………?」

「はッ…はい⁉︎」

艶っぽい声がおれの名前を呼んで、つい焦りみっともないくらい声がうわずった。
何故なら、潤んだ……何かをねだるような瞳から目が離せなくなっていたから…………

「────キス…………しようか…………?」

「───────え……………………」

完全に酔っていると分かる。
その人の言葉を本気にしていいのか……分からない…………けど…………
今まで感じたことが無い程…………鼓動がうるさくて…………
おれは………………
先輩に近付き唇を重ねた。
何度か触れるだけのキスをして、そしてゆっくりと舌を絡める。

───ダメだ…………止められない…………

先輩の舌が熱くて、おれの身体が顕著に反応していく。
頭が真っ白になって、おれは小さな身体を思い切り抱きしめ、熱い舌を執拗に求めた。

「────んッ…………」

先輩の喉の奥から声が漏れ……
欲望のままに、床にその身体を押し倒した。
自分のそれが───完全に勃っているのが分かる。
頭の隅で『男同士だぞ』そう理性が囁くのに、なんの抑止力にもならない。
何度もキスをして、首筋に唇を這わせる……

『この人を……オレのものにしたい……』

そう思ったのと同時に………………

先輩から小さなイビキが聞こえてきた………

「───!?…………」

呆然とその可愛らしい寝顔を見下ろす。

「…………ね…………寝てる…………」

───この人…………なんなんだ………………

おれは起き上がると、床で押し倒されたまま、無防備に“スヤスヤ”と眠る先輩を見つめた。

───誘っといて…………寝るとか…………

一瞬───このまま…………続けようか…………
頭を過ぎる。

自分から誘ったんだから……その気はある……わけで……。
薄く開いた唇も、押し倒した時にめくれたパーカーから見える肌も…………
手を伸ばし、薄手のパーカーの上から膨らみの無い胸の先端を摘む。

「────ンんッ…………」

───感じてる………………

微かに声をあげ、小さく身を捩った先輩の姿に、呼吸が苦しい程荒くなった…………。

けどおれは…………
小さく深呼吸してどうにか自分を取り戻すと、ベッドの上の毛布を取り先輩の体を隠すように掛けた。

───おれ…………この人が……好きなんだ……

本気でやりたいと思った。
今までの彼女への様な『なんとなく』といった感情では無く……。
本気で───先輩を抱きたい───そう思ってしまった……。




次の日、部室へ行くと先輩の姿が見えなくて、おれは僅かにホッとしていた。

昨日……先輩がなんであんなコトを言ったのか解らない。
元々男が好きなのか……
酔うと誰彼構わずそう言うのか……

それとも───おれだから…………?

小林先輩が隣でバイト先でのくだらない話をしているが、一向に耳に入ってこない。
すると部室の扉が細く開き……先輩が顔だけを覗かせているのが見えた。
そして、おれと目が合うと……顔を真っ赤にしてその顔は扉の向こうへと消えた。

───覚えてんな…………

多分それに気付いているのはおれ一人で……。

「──おいっ!忍!どこ行くんだよ!?」

背中から投げられた小林先輩の言葉にも返さず、おれは黙ってまだ細く開いたままの扉へ向かった。

「…………先輩……何してるんですか…………?」

案の定、扉の影に隠れて真っ赤になっている先輩へ声を掛けた。

「───────しッ…忍!?」

「部室……入らないんですか?」

「──はッ……入るわ!!……入るッ………けど……」

真っ赤な顔をまだ赤くして、耳も首まで真っ赤になっている。
そしておれを無理やり部室から引っ張り出すとその扉を閉めた。

「──きッきッ…昨日のッ!…………」

いきなり胸元を掴まれて大きな目が……縋るようにおれを見つめた。

「…………キスですか?」

「わー!!!」

本当は……おれだって余裕なんて全然無かった。
昨日…………気付いてしまったから……
先輩への…………本当の気持ちに…………。

「…………ごめんッ!」

おれの胸元を掴みながら、俯き、そう口にした先輩を見つめる。

「…………俺……酔うと………本当……タチ悪くて…………」

「………………酔うと…………誰にでもああいうコト言うんですか……?」

「───!?──誰にでもってワケじゃッ………」

「……じゃぁ……おれだからですか?」

おれの言葉に顔を上げ、どこか切なそうに揺れている瞳が……ほんの一瞬で逸らされた。

「……イヤ…………ごめん……誰にでも言っちゃうから…………だから…………気にしないでくれ…………」

───そう言うことか…………

そう思った時には、もう……先輩の手をおれは、払い除けていた。

「──先輩って……誰にでもやらせるんですね」

「─────え……ちが…………」

「そう言うの…………やめた方がいいですよ?」

自分でも、どんな顔でその言葉を先輩へ言い捨てたか解っている。
堪らなく腹が立っていた。
誰にでも……あんなコトを言う先輩にも……

『おれだから……』そんな風に勘違いしていた自分にも…………

だから、ワザと傷付けた。
そしてそれは、思った以上に傷付けたと……
先輩の表情からも解っていた。





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