最後の君へ

海花

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「ちょっ…………と……待って…………」

静かな部屋に零の艶っぽい声が響く…。
帰ってくるなり激しいキスをされ当然の様に耳に首にも柔らかい唇と舌が這わされる…。そして直斗は“今のところ”零が一番感じる首の付け根に軽く歯を立てキツく吸い付いた。
その間にも零のシャツのボタンがひとつひとつ外されていく。

「直斗……くん!まだ……約束は明日でしょ……」

言葉が言い終わらないうちに再び激しいキスで口を塞がれた。

「───ンっ…………」

声が喉の奥から漏れる……。

「──── 直斗くん!」

何とか直斗の唇を引き離し零が叫んだ。

「…………なに…………」

直斗が少し不機嫌そうに…それでも零の顔色を窺う様に覗き込むと

「…………まだ…約束の日じゃないでしょ!」

零が真っ赤になって直斗を睨みつける。

「…………だって……明日俺のクラス英語無いじゃん」

────あ………………

「俺の顔見ると恥ずかしくて、授業どころじゃ無くなるから出来ないって言ってただろ……」

────バレてる………………。

「でも……明日も他のクラスで授業あるし……直斗くん……しょっちゅう英研来るし……」

零が直斗から視線を外し苦しい言い訳をしている。

「……けど、授業中じゃねぇからいいじゃん」

「でもっ…………だけど………………」

零が俯き何とか言い訳を探そうとすると、直斗が大きなため息をついて

「…………まぁ……約束は明日だから…我慢するけどさ……」

不貞腐れた様に口を尖らせている。

───だって………………

「…………お前だって……ちゃんと感じてるくせに……」

「───え…………?」

零が顔を上げると直斗の視線が零の下腹部のまだ少し下に向けられている……。

───────!?………………

零が慌てて自分の股間に両手を当て隠した。

「なんで隠すの?」

直斗が訝しげに眉をひそめた。

「──いいの!……こんなとこ……そんな冷静に見ないでよ!」

零が一層真っ赤になって……首まで真っ赤にして叫んだ……。



零はシャワーを浴びながらため息をついた。

───これが……問題なのに…………

零は自分の裸を見下ろし、またため息をつく。

───直斗くん……本当に解ってるのかな……。自分と同じ物が……俺についてること…………。胸も無いし……女の
人に比べれば……柔らかくもないし……骨ばってるし……。

そして再びため息をつく……。
ここ数日、約束の日が近くなるに連れ零の不安は増していた。
女性としかしたことが無い直斗が、果たしていざその時になって…自分の体で満足出来るのだろうか……と……。

───あいつは……紫紋は……俺以外にもたくさん経験あったし……俺と付き合ってる時ですら…………。

嫌な記憶が蘇りシャワーを頭から浴び、記憶を追い出す……。

───あいつと直斗くんを比べるなんて……最低だ………………。

昔の記憶が次々に蘇り、身体が震えた。

───俺を選んだこと………いつか…後悔するかな………………。

零はシャワーを熱くすると既に洗い終えた身体を再び隅々まで洗い出した。
それは自分の身体が酷く汚れている様に思えたからだった……。



最終日、零はほとんど英研にいなかった。
時々顔を出していた直斗は朝の機嫌の良さとは打って変わって、昼過ぎには確実に不機嫌になっていた。

───あいつ……どこ行ってんだょ……。

直斗のイラつき方と言ったら

「お前って……意外とストーカー気質な……」

康平が呆れて言う程だった。

「うるせぇわ!──ったく!本当にあいつ何処行ってんだよ……」



当の零は直斗がそんなに不機嫌になっているとも知らず直斗から逃げ回っていた。
職員室の片隅で次の授業の準備をしながら零はため息をついた……。

──別に……逃げても意味無いのに……。

今日帰ってからの事を思うと…顔を合わせたくなかった。

───だってもし……嫌われたら……。

職員室にいる数人の女性教諭に視線を向け、自分の平坦な身体を見下ろす……。

───当たり前だけど……全然違う……。もし……もし…途中で……直斗くんが……ダメだってなったら………………。

「紡木先生、生徒が呼んでますよ」

まだ若い女性の教諭が零に笑顔で教えてくれる。

「え……?あ……ありがとうございます」

零はお礼を言って立ち上がると、その見るから女性らしい後ろ姿を見送った。

───いいなぁ…………。小さくて……触らなくても柔らかいのが分かる…………。

零はまたため息をつきながら廊下へ向かった。
廊下では実習で受け持っていたクラスの女子生徒が数人で待っていて、お礼にと手作りのお菓子をくれた。

「ありがとう」

少し照れながら受け取る零の視線の隅に……直斗が立っているのが入った……。

───すごく…………マズイ…………。

直斗の顔は明らかに不機嫌で……いや……既にその域を通り越していて…………。

「…………『紡木先生』。俺も話があるんだけど……いいっすか?」

直斗が笑顔を向ける。

しかし…その目の奥が怖くて……零は思わず俯いた…………。



「お前……何やってんの!?」

以前、直斗が女の子とキスをしていた旧校舎の非常階段まで連れてこられていた。

「え………何のこと……?」

零が直斗に視線を合わせず引き攣った笑顔だけ向ける。

「…………お前……俺の事……バカにしてんの?」

直斗の声が凄みを増す……。

「バカになんてしてないよ…」

零が上目遣いで直斗を見つめると…気が遠くなりそうな程……怒った目と視線がぶつかる……。

「俺から逃げてるだろ……」

壁の前に立つ零の両側を逃げられないように腕で塞ぐ。

───あ………壁ドンだ…………

零が頭の中で呑気に考える。すごく…怒っているのが判るが……直斗が自分には危害を加えないことも、結局許してくれることも……ちゃんと解っている…。

「零……俺のことナメてるだろ……」

直斗が凄んで零を睨みつける。

「……ナメてないよ……」

───嘘…………ちょっとだけ……ナメてる……。

零の言葉に直斗が俯き大きなため息をついた。

「なんで…俺から逃げるの?……本当は……俺とするの嫌なわけ?」

「そんなことない!」

直斗の少し落ち込んだ声に零が慌てて答えた。

───嫌な訳ない…………。俺だって……本当はずっと今日を待ってた……。

「……じゃあ……逃げるなよ」

切なそうにそう言うと優しく零に口付けた。
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