神殺しの花嫁

海花

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祭りの夜

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赤い提灯が幾つもぶら下がり、いつもなら暗闇に包まれる細い道を紅く照らしている。

長い階段を上がりきった神社の境内では旅芸人の一座が芝居をしていて大人たちはそれに夢中だった。
小さな国の年に一度の祭りの日。
幸成は芝居より提灯がどこまで続いているのかが気になっていた。
何処までも続いているように見える紅い光が、奥で誰かが呼んでいるような感覚を覚えさせていたからだ。

隣で芝居を見ている母をチラッと盗み見ると、珍しく楽しそうに笑っている顔が夢中になっていると知らせた。
高鳴る胸に気付かれないよう、それでも周りの様子を窺いながら、そっと母の隣を離れ提灯の灯りを辿りだした。
紅い灯りが幸成を森の奥へと誘っているように灯されている。
そして誘われるままにいつもなら決して入らないような森の奥まで入り込んでいる事にすら幸成は気付いていなかった。

『おいでおいで……』

ひとつ……またひとつと……小道だけを照らす紅い提灯に夢中で、直接頭に響くような声にすら疑うことを忘れている。

『可愛い子。こっちにおいで……』

『女の子かえ…………』

『いや………男の子の匂いがするよ………』

紅い灯りが道だけを照らす。

『もう……ええじゃろう……』

『……いや、もう少し奥まで……』

『わしゃ…限界じゃ……』

『ぬしは堪えがないねぇ……』

クスクス笑う大勢の声が響いたと共に提灯の灯りがフッと消えた───。

幸成は掛けるようにしていた足を止めた。
今まで辿って来ていた提灯がひとつも見えない。

『美味そうな……人間の子だ……』

耳元で囁かれそちらを向くが、暗闇しかない。
心臓が痛い程早くなって、足がガクガクと震え出す。

森の奥は危険だと、妖がいるから行っては行けない。

村のおばあの言葉をやっと思い出した。

『どこから食べる?』

『わしゃ……真っ赤な血が吸いたいのぅ……』

『ならわしゃ、柔らかい腿の肉を……』

すぐ近くから『目玉を……』『肝を……』と大勢の声がする。

「……た……すけ……て……」

恐ろしさで動けないのを、必死に声だけ絞り出した。

『助けてじゃと……可愛いのぅ……』

『泣いとるかえ?』

『泣いとる泣いとる』

ケラケラ笑う声が

『では先ず涙から……』

───“ぺろ”───

真っ赤な舌が幸成の頬を舐め、暗闇に消えた。
足で立っていられなくなり、幸成はその場に座り込んだ。

───恐い…………

月明かりさえ、届かない森の奥深く。
墨のような漆黒の闇が幸成を包んでいる。
足だけだった震えが、今はもう身体中がガタガタと音を立て、腿の間から尿ししが伝った。

「おいおい……お前ら、その辺にしとけよ」

暗闇からハッキリとした低い男の声がすると、ゆっくりのその声の主らしき姿が現れた。

『琥珀さまだ……』

『琥珀が来た……』

『逃げろ』

『隠れろ』

姿の見えない声が口々にそう言い、やがて何も聞こえなくなった。

「恐がってるじゃねぇか……」

近くまで来た男が幸成の前にしゃがみこみ顔を覗き込んだ。

「坊主……大丈夫か?」

優しく微笑む顔に幸成の身体がビクッと大きく震えた。
初めて見る男だ。

「そう恐がるなよ。もう大丈夫だ」

大きな手が幸成の頭をふわりと撫でる。

「恐がらしちまって悪かったな。……あぁーぁ……尿ししまで漏らしちまって……」

申し訳なさそうな笑顔に、顔を紅くして幸成は慌てて足を閉じた。
恐さのあまり、自分が尿ししを漏らしていることも気付いていなかった。

「オレが送ってってやるから……立てるか?」

差し出された手を信用していいのか躊躇うと

「オレはお前を取って食いやしねぇよ」

無邪気に笑うその人の手を、怖々と掴んだ。
銀の髪に、琥珀色の瞳。
決して背の低い方では無い父よりまだ大きく見える。

「歩けるか?」

まだ震える足で何とか立ち上がった幸成が小さく首を横に振った。

「仕方ねぇなぁ……」

苦笑いすると、男は幸成の身体をひょいと抱き上げた。

「あ…………着物が…汚れます……」

尿ししでぐっしょりと濡れた自分の着物を構わず抱き上げた男に幸成は慌てて声を掛けた。

「そんなもん……構いやしねぇよ」

優しい声に、温かい肌に幸成は僅かに躊躇ったが、すぐにギュッとしがみついた。

「……ごめんなさい……」

父だったら決してこんな風に抱いたりしてくれない。
きっと酷く叱られて、着物を洗ってこいと怒鳴られる。

「……こっちこそ悪かったな……。あいつらはすぐ悪ふざけしやがる……」

幸成を抱えていない方の手が優しく頭を撫でる。

「けど、中には本当にお前みたいな子供を食っちまうヤツもいる……。好奇心旺盛なのは悪かねぇが……こんな夜にあんな所まで来ちゃいけねぇ……解ったな?」

諭すような、それなのに温かい声と体温に幸成は小さく頷くと銀色の髪に顔を埋めた。




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