神殺しの花嫁

海花

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嫁入り

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「幸成さま……お可哀想に……いよいよ今日でしょう?」

朝早く厠から部屋へ戻ろうとする幸成の耳に、台所の女達の声が届いた。

「本当にね……お優しい方なのに……」

「まだ16でしょ?うちの下の弟と一緒って仰ってたもの」

「旦那様も何考えていらっしゃるのかしら……ご自分の子供を犠牲にするなんて……」

「神殺しだって……村のおばあが嘆いてたわよ……」

「旦那様は昔から山神様を信じていらっしゃらなかったって……」

幸成が側にいるとも知らず女達が口々に話している。

───お可哀想に……か…………

幸成は気付かれないように足音を殺し、部屋へ戻った。
昨夜着ていた寝巻きが床に脱げ捨てられたままになっている。

───どうせもう着る者もいなくなるのだから……捨ててしまえばいいな……

血と精液が着いたところを見えないように包み小さくして部屋の隅へ投げた。

───山神に殺されるのと……実の兄に犯され続けるのなら…………どちらがマシだろうか……

畳に座ると兄に乱暴にされた身体が痛み、幸成は忌々しそうに顔を歪めた。
昨夜は一睡もしていない。
成一郎が部屋に戻ってからも眠ることが出来なかった。
犯されている間、何度も吐き出される欲望にも、奥を突かれる度に走った痛みにも……何も考えず諦めていた。
きっと……兄にとっても、父にとっても……自分は人ですら無いのだ。
ただそれだけだ…………。
夜が来れば……全て……終わる。
そう思いながら、幸成は壁に寄りかかったまま瞼を閉じた。




日が僅かに傾き始め、部屋の縁側から庭を眺めている幸成の耳に笛の音が聞こえ始めた。
それとザワザワと人の往来も激しくなっている音も。

今年は全ての作物が不作で獣にも荒らされ、祭りどころでは無い筈だが、父の正成が例年通り決行した。
人々を労う為と……祭りの夜に差し出す生贄のために……。

「ゆきー!」

聞き慣れた声がして、庭の竹垣の小さく壊れた穴から、子供がひょこっと顔を出した。

「……清吉」

「ゆき!何してんだよ!祭り行くだろ!?みんな待ってるぞ!」

継ぎ接ぎだらけの古びた着物を身に付けた、10歳程の痩せこけた男子だ。

「……清吉………ごめん……今年は行けないんだ」

縁側の柱に身体を預けている幸成の近くまで来た小さな頭を優しく撫でる。

「何でだよっ!今年の祭りも一緒に行こうって約束したじゃねぇか!」

「本当にごめん……」

昨年の祭の日、まだ帰りたくないと駄々をこねた清吉と『来年もまた一緒に来よう』と約束をしていた。
あの頃はまさか、自分にこんな未来が待ち受けているなんて思いもしていなかった。

「………村の奴が……今年の嫁入りはゆきだって言ってた…………そんなこと無いよな!?……ゆきは男で……侍だもんな!嫁入りなんかしないよな!?」

必死な瞳が痛い程胸を打った。

「……明日からまた“じ”も教えてくれるよな……?」

清吉の手が幸成の腕を強く掴んだ。
真っ直ぐな……素直な瞳……。
幸成は無意識に清吉から目を逸らした。
寺子屋にすら通えない子供達を集め、ひらがなと簡単な計算を教えていた。
例え将来畑を耕すと決まっていても決して邪魔にはならないから……と。
父も兄も嫌な顔をしていたが、幸成にとっても唯一、心地の良い安らげる時間だった。
子供達と冗談を言い笑う。
そんなことに縋っていた。

「…………ごめんな……。寺子屋の先生には、清吉達にも教えてほしいと頼んである。……だから……明日からは寺子屋に行くんだ……」

「───なんでだよっ!?」

幸成の言葉が終わらないうちに清吉が叫んだ。

「ゆきは男だろ!?毎年村の女が嫁入りするじゃねぇかっ!!……なんでゆきなんだよっ!!」

思わず見つめた清吉の瞳に涙がいっぱいに溜まっている。
子供達は『嫁に行く』娘達が、ただの生贄だとは知らない。
純粋に山神に嫁入りしている───そう信じているだけに納得出来ないのだろう。

「…………ごめん……」

清吉の頬を伝う涙に、幸成はそう返すしか無かった。



───俺は…………なぜ…………生まれたんだろう…………




深紅の紅を注し化粧を終えると鏡の中から自分とは思えない女がじっと見つめている。

「幸成さま……お綺麗……」

化粧をする為に呼ばれた侍女が溜息と共にポツリと口にした言葉を、父の用人である黒川が視線で窘める。

「……直に迎えが参ります……」

黒川の言葉に、幸成は小さく頷くと立ち上がり屋敷の入口へと向かった。
直に……と言っていたがもう既に駕籠が待っていて、後は幸成が乗り込むばかりとなっている。
祭りの夜の生贄の為だけに作られた、彫刻が施された豪華な駕籠だ。
担ぐ柄の前後には、目印の小さな紅い提灯がぶら下げられている。
皆が祭りに行っている間にこれに乗り、森の奥深くに置いてこられる。

「…………幸成さま……」

立ち尽くしていた幸成は促されるままに、白無垢の裾を僅かに上げ、駕籠に乗り込んだ。

「ご武運を……」

黒川が辛そうに言葉を絞り出した。
幼い頃から幸成を見てきている、馴染みあるその人に紅く艶やかな唇で微笑むと幸成は自ら駕籠の戸を閉めた。


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