神殺しの花嫁

海花

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手を当てたところから、肌の温もりとは別の温かさが流れ込む心地良さに月夜は目を閉じていた。
目に見える様に痛みも薄れていく。

───これが……神に与えられた力…………。神に愛された証…………。

「私が出来るのはここまでです」

言葉と共に温かい手が離され、月夜は瞼を開けた。

「砕けた骨まで治す力は残念ながら私にはありません。しかし気の流れを良くしたので、ずっと早く治るはずです」

にっこりと微笑む「瑠璃」と名乗った顔を見つめた。
男だと言っていたが、細い腕も可愛らしい顔立ちも、男物の袴を履いてなければ女と見紛うだろう。

「……ありがとう……大分、傷みが薄れた……」

「それは良かった」

「黒曜にも……あんたみたいな力が……?」

月夜の言葉に瑠璃はキョトンと目を丸くしたが「ああ…」と理解したように頷くと

「私とはまた別ですが……黒曜にも勿論、琥珀様から授かった力があります」

またにっこりと笑った。

───黒曜にも………………

その笑顔から月夜は目を逸らした。

昨夜黒曜は一睡もせずに傍にいてくれた。
「愛してる」と言われ、心から嬉しかった。
しかし冷静になればなる程、こうして瑠璃を目の当たりにして尚更、自分が黒曜の隣に相応しくないと解る。

黒曜は真神の眷属で、自分はただの妖に過ぎない……。

「黒曜とは何処で?」

月夜の身体に布団を掛けると、徐に瑠璃が尋ねた。

「え…………あ…………おれが怪我をして……妖に襲われてたところを黒曜が……」

「黒曜らしい……」

クスッと笑うと

「あいつは良い奴ですよ」

そう言って月夜をじっと見つめた。

「…………知ってる…………。短気だし……口も悪いし……だけど…………本当はすごく優しくて……おれなんかには…………」

「その櫛は?」

少し辛そうに言葉を紡いでいた月夜の声が途切れると、瑠璃は短い沈黙の後、枕元に置かれた美しく飾り掘りされた朱色の櫛に目を向けた。

「それは───昨夜……黒曜が…………。店先で見つけて……おれに似合いそうだから買ってきたって……」

───こんな美しい櫛……おれなんかには…似合わない…………

笑ってはいるが、憂いを帯びた月夜の声に、瑠璃は嬉しそうに笑った。

「実はね……私も昨夜紫黒様からかんざしを頂きました。……それに琥珀様も幸成殿に何やら買ったそうですよ」

頬を染め、しかし照れ隠しなのか少し顔を顰めるとる

「私たちも“男”なのにね」

誰もいない部屋で耳打ちする様に小声で言った。

「…………あんたも……眷属なんだろ?」

「そうです」

「…………黒曜と同じか……」

神に愛されている者。
女と見紛みまごう様な容姿だが、その態度も背中も凛としていて、その辺の男より余程凛々しく映る。

「……そうですね……。『眷属』という事だけで言えば黒曜と同じですが……きっと立場はあなたに似ているかもしれません」

「…………おれに……?」

「黒曜は琥珀様……『真神』の眷属ですが、私は神使である紫黒様の眷属…………。つまり、紫黒様は私より遥かに大事な方がおられます」

先程と変わらない凛とした誇らしげな笑顔のまま瑠璃は口にした。

「…………大事な……」

「……私も………以前紫黒様に助けられた大瑠璃という鳥に過ぎません。けれど……紫黒様が傍に置いて下さるうちは絶対に離れません」

瑠璃から愛する者への想いの強さが、そしてそれ以上の決意が伝わってくる。

「紫黒様が愛していると言ってくれる間は……その言葉を信じ続けます」

その言葉に月夜は自分の着物をキツく握りしめた。
胸が苦しい程締め付けられ、喉の奥が熱い。

「…………おれも……黒曜の傍にいても…………いいのかな…………?」

「当たり前です。黒曜が選んだんですから」

視界がぼやけて瑠璃の顔が歪む。

「しかし…………あの方達にも困りましたね……。きっと、私たちの事が好きで好きで仕方ないんでしょうね」

そう言って朱色の櫛に目をやると、瑠璃は少し困った様な、しかし幸せそうな笑みを顔いっぱいに浮かべた。




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