神殺しの花嫁

海花

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突然立ち止まり細い枝を拾うと、琥珀は手持ち無沙汰にその枝で木の幹を“カツカツ”と、音を立て叩きながら再び男の前を歩き出した。

男に人里までの道を案内して欲しいと言われ、言葉まで交わしたこの男が妖に襲われて死んでも目覚めが悪い……と仕方なく引き受けていた。
しかしこの男の所為か琥珀の所為か、妖達は先程と同じように遠巻きにコソコソと隠れているだけで近付いてこようとはしない。

「君、名前は?」

「…………琥珀……」

「琥珀……いい名だね。君の瞳の色と同じ名だ」

「浅葱もそう言ってた」

「……そう…………」

男を振り返ることもせず、言葉だけを交わしている。

「……なぁ、あんた何者なにもんだよ」

先程の事もあるが、こんな時間にこんな山道で“荷物のひとつも持たず”迷ってることもまともでは無い。
旅人と言った言葉が嘘だと分かる。仮に本当だとしても、それなら手前の宿場で朝が来るまで留まる筈だ。

「……余程それが気になるらしいね」

琥珀は僅かに振り返り、笑っている男の顔を視界の端で捉えた。
気になって当たり前だ。
あの鹿の怪我は『この男』が治したのだ。

「そうだなぁ……まぁ確かに人では無いね」

それに隠れている妖が普段よりまだ多い。
恐らく『この男』に興味があるのに、近付けないのだ。

「……人の言葉を借りるとするなら……神と言われる存在かな……」

顎に指を当て考える素振りをしながら話す男に、全ての神経を背中に集中させながら琥珀は歩き続けた。
しかし先程まで幹を叩いていた枝を持つ手は止まっている。

「…………かみ……?」

「知ってる?」

「知らねぇ」

「そっか……」

男はまたクスクス笑っている。

「人より少しだけ、出来ることが多い……」

「………さっきの鹿の怪我を治したりか?」

「そうだね……。しかし、そんなに珍しい存在でもない。この世には八百万やおよろずもの神がいるんだからね」

優しい声は続いているが、後ろからする足音が不意に止まった。

張り詰めた空気に、琥珀は背中が痺れるような感覚を覚えていた。
確かにこの男が纏う空気は人とも獣とも違う……。

初めて感じる“匂い”と“感覚”だ。
そして足を止めてもなお、背中を向けている琥珀に

「…………君もその神の一人だ……」

男がそう言葉を続けた。


「大口真神……それが君の真実ほんとうの名前だ」

「……おおぐちの……まがみ……」

「そう……ある神が、此処を護らせる為に君を作りこの地に産み落とした」

「…………なんだそれ……」

怪訝そうな顔が振り返り、枝を持つ手には力が入り紅く染まっている。

「────何言ってんだ……あんた…………」

すると神だと名乗った男の、優しく穏やかな顔が目に入った。
初めて会った自分を慈しむように見ている。

「あんた……一体…………」

琥珀が口を開くと、男は突然前に向かって指を指し

「あ───ほら、人里の灯りだ」

琥珀の肩越しに、向こうへと視線を逸らした。
それにつられる様に琥珀は今まで向いていた方へ視線を戻した。

───そんなわけ…………

まだ山を抜けるには早すぎる。
毎日の様に狩で遊びで、走り回っているのだ。
どこをどれだけ歩いたら人里へ着くか自分が分からない訳が無い。

それなのに………………
目の前にいつも遠くから見る、見慣れた景色が拡がっている。
温かそうな灯りと、微かに聞こえる賑やかな声。

「……な……んで…………」

「浅葱にありがとう……と伝えておくれ」

耳のすぐそば聞こえた声に、身体を強ばらせ琥珀はもう一度男へ振り返った。

しかし──たった今まであった男の姿が見えない。
辺りを見回してもその姿が何処にも無いのだ。

「──また…酒でも酌み交わそうと……」

それでもまだ聞こえる声に、もう周りを見回すでもなく、琥珀はただ呆然と立ち尽くしていた。

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