神殺しの花嫁

海花

文字の大きさ
85 / 173

・・・

しおりを挟む
月が先程より高くなっているのを見上げると、琥珀は敵から見つかりづらくする為に草木で覆われ狭くなた入口から、巣穴の中へ身体を滑り込ませた。

「───琥珀ッ!」

するとすぐに浅葱の声が耳に届いた。

「お前…………何処行ってたんだ!探したんだぞッ!…………まったく…………」

声も口調も怒っているのに、安堵したように情けない顔で怒っている浅葱を、琥珀は上目遣いで窺う様に見上げた。
やはり心配させていた。
しかしそれが、申し訳なくもあり、嬉しくもある。
それが解ったのか、浅葱は溜息を吐き苦笑いすると、鼻で琥珀の額を小突いた。

「……腹は……?」

「………減ってる…………」

「まったく……飯も食わねぇで飛び出すからだ」

浅葱は隅に置かれた兎に視線を向けると、琥珀に近付き匂いを嗅ぐ様に鼻を擦り付けた。
髪に、頬に、身体に…………

「……くすぐってぇよ」

いつもより執拗に鼻を擦り付け、身体を舐める浅葱に、琥珀は嬉しそうに笑った。
本当なら自分も狼の姿に戻り、同じ様に浅葱の匂いを嗅ぎ、毛皮を舐めたい。
しかし浅葱がそれをあまり良しとしない。
琥珀がなるべく人の姿でいられる様に、狩も琥珀には余りさせたがらなかった。

「………………早く食っちまえ」

最後に頬をペロッと舐めると、鼻で琥珀の身体を押した。


乾いた草の上で相変わらず子狼の身体を舐める浅葱の姿を、肉に齧り付きながら琥珀の目がぼんやりと見つめていた。

「また……酒を酌み交わそう」

男は最後にそう言っていた。
浅葱に伝えろと………。
それはあの男が浅葱を知っている……ということだ。

琥珀は最後に残った肉を口に放り込むと、血で汚れた手をペロペロと舐め、浅葱と大分元気になってきた子狼に近付いた。
すぐ横に座りもう一度手をペロッと舐めると、子狼の傷にそっと手を当てた。
浅葱は黙ったまま琥珀のしたい様にさせている。
琥珀がこの子狼を気に入らないのは知っているが、それで何かをするとは思っていない。
琥珀は暫くそのまま手を当て、力んでみたり首を傾げたりしていたが、諦めた様に手を離し自分の手を見てまた小首を傾げている。
その様子に浅葱はクスッと笑うと

「早く来い。寝るぞ」

身体を動かし子狼と自分の間に、琥珀が入れるように隙間を開けた。
それにキョトンとしていた琥珀の顔が嬉しそうに歪み、そうかと思うと顔を紅くして照れ隠しから口をへの字にして、おずおずと浅葱の身体に寄り添うように横になった。
すると浅葱が優しく琥珀の頬をペロペロと舐めだした。

「………さっき……オレ……変な奴に会った……」

浅葱はそれに何も言わず琥珀の頬や髪を舐め続けている。

「そいつ……自分のこと“かみ”って存在なんだって言ってた……」

暗い巣穴に子狼の寝息と、浅葱が自分を舐める音が妙に響いて聞こえる。

「………そんで……オレのことも……その“かみ”とかいうモンだって言うんだ……」

顔を髪を浅葱の舌が優しく撫でる。
何も言わず、ただ優しく撫でる舌が、暖かくてひどく安心する。

「…………浅葱……?」

「早く寝ろ。……疲れたろ」

何も言わない浅葱が、やはり『あの男』を知っているように思える。
しかし琥珀はそれ以上何も言わずに浅葱の身体にぎゅっとしがみつくと

「……うん…」

それだけ答えた。
あの男からの伝言を伝えたら、浅葱が何処かへ行ってしまう様な気がしたのだ。
もしかしたら……自分を置き、あの男の元へ…………。
柔らかく温かい浅葱の毛皮に顔を埋めると、琥珀はやっと瞼を閉じた。
しかし今まで感じたことの無い不安が胸に残り、浅葱の寝息が耳に届くと漸く眠りの淵へと落ちていった────

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

野球部のマネージャーの僕

守 秀斗
BL
僕は高校の野球部のマネージャーをしている。そして、お目当ては島谷先輩。でも、告白しようか迷っていたところ、ある日、他の部員の石川先輩に押し倒されてしまったんだけど……。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

処理中です...