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しおりを挟む目を凝らし雪に隠れると、生い茂る背丈の低い木の中に微かにだが“獲物”が動いたのが分かり、白銀の毛皮の中の顔が見間違いでは無かった事にニヤッと笑った。
その気配に気付いた鼬に、しかし瞬きをする間も与えること無く、白銀の獣の口には二匹の鼬が咥えられている。
収穫があったことにホッとしたように、琥珀は美しい毛皮はブルブルと震わせた。
少し前から浅葱が体調を崩し、琥珀が餌を取りに出ていた。
艶やかな白銀の毛皮は雪の中で身を潜めるのにはもってこいだったが、いかんせん大きすぎる身体が目立つ。
その所為で獲物を見つけるまでに苦労する。
何しろ獣たちは姿が見える前から琥珀の気配に気付くのだ。
今では琥珀を気味悪がる者こそいなかったが、恐れる者は多くなっていた。
見つかったら最後、風よりも早く走る銀色の狼からどうやったところで逃げ切れないからだ。
しかし琥珀がいることで、地は潤い、春にはたくさんの木が芽吹き、秋には鈴なりに実をつける。
森の獣は皆、『大口真神』である琥珀を恐れ、それと同時に、或いはそれ以上に敬っていた。
琥珀は二匹の鼬を口に喰えると、山の下に見える人里へと視線を向けた。
山沿いの小さな丘に紅く美しい鳥居が幾つも並んでいる。
いつからか人間も『大口真神』をこの土地の守り神として祀るようになっていた。
───くだらねぇ…………
嘲笑する様に鼻を鳴らすと、琥珀は風のようにスっと姿を消した。
この年は久々に雪が降り続き、見るもの全て白く美しく飾っていた。
しかしその所為で例年の冬より獲物が少ない。その為に琥珀は頻繁に狩りに出ていた。
時には何も捕れずに巣穴に帰る日もあったからだ。
他の狼より遥かに長く生きている浅葱が心配でならなかったが、その浅葱の為にも少しでも多くの獲物が欲しい。
少しでも栄養をつけさせてやりたい。
少しでも長く傍にいてほしい……。
その思いだけで琥珀は狩りを続けていた。
巣穴の前で人の姿へ戻ると、琥珀は足元の雪を手ですくい上げた。
するとその手の中に小さな火が灯り、その雪を溶かしていく。
それを何度か繰り返し、口と身体に着いた鼬の血を洗うように落とすと漸く巣穴へ入っていった。
昔、不思議な男と出会った時に見たような、怪我を治す力は無かったが、その何年か後、火を操る力があることに気付いた。
点ける消す、だけだは無い。
必要に応じてその大きさや明るさまでも操ることが出来る。
お陰で巣穴は夜でも明るく、冬でも暖をとることが出来た。
もう既に大人の男として成熟している身体を小さく丸め、狭い入口から中へ入ると
「琥珀ッ」
二匹の子供の狼が嬉しそうに出迎えた。
親を人に殺され、小さな巣穴の中で震えながら鳴いていたこの二匹を、琥珀が連れて戻った時には目を丸くした浅葱に大笑いされた。
「お前も大人になったんだなぁ」
そして嬉しそうに言った浅葱を、照れ隠しに睨みつけたのが、もう数ヶ月前の話だ。
「ほら……仲良く食えよ」
手にしていた鼬の一匹を渡すと、琥珀は奥で眠る浅葱へ目を向けた。
昔顔を埋めた柔らかい毛並みはそこにはもう見て取れない。
年老い、パサパサになった毛皮は所々抜け落ち、身体も一回り以上小さくなった年老いた狼の姿がそこにあった。
「……帰ったよ」
近付き声を掛けると、浅葱はゆっくりと顔を上げぺろぺろと琥珀の顔を舐めた。
「……雪で大変だったろ……?」
「そうでもねぇよ。寒くねえか?」
「ああ……。お前のお陰で暑いくらいだ」
「鼬、すぐ食うか?」
「……ん…………今はいらねぇ。お前が食え」
笑う浅葱を見つめる琥珀の姿が人から狼へと変わっていく。
どれくらいの時間を共に過ごしただろう……。
幼い自分を拾い、ずっと傍にいてくれた。
“大人”と言われる姿になってから一向に歳を取らない自分とは違い、浅葱だけが少しづつ老いていく……。
隣に並ぶ様に身体を丸めると、自分より遥かに小さな愛しくて仕方の無い、老いた狼の頬や毛を琥珀はぺろぺろと舐め始めた。
「…………お前がその格好になると狭ぇよ」
苦笑いする浅葱に何も返さず、昔から何度も自分がしてもらった様に、琥珀は丁寧に優しく舐め続けた。
「……くすぐってぇな………」
目を閉じてもなお舐め続ける琥珀に、浅葱が呟く様にポツリと声にした。
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