神殺しの花嫁

海花

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お互いがお互いを見据え、その間にも真神の身体からはポタポタと血が滴り落ちている。

しかし真神の身体がほんの僅かに動いた時、どこからか狼の遠吠えが響いた。
昼間聞いた程大きくは無いか、似ている声に黒川は声の主を探す様に視線をめぐらせた。
すると門の上から、黒毛の狼がなにかを知らせる様にこちらを見ながらもう一度唸り声を上げているのが見える。

───やはり……昼間の…………

そこでやっと黒川は“真神”自体が“囮”だったのだと気付いた。
あの狼…或いは他の者が幸成を見つけ出すまでの時間を稼ぐ為にわざわざ姿を現したのだ。
黒川がそう気付き真神に視線を戻すのと同時に「チッ」と舌打ちの様な音が耳に届き、たった今までその存在感を示していた獣の姿は既に無くなっていた。
地面に他より遥かに多い血溜まりがあるだけだ。

「…………俺の部屋を見てこい」

誠一郎が誰ともなく言った言葉に一人の年老いた家人が慌てて走りだし、そう掛らずに戻って来ると

「誰も……おりませんでした……」

僅かに切らした息でそう告げた。

「……誰もか?」

「は……はい…………布団がありましたが……中にも……」

家人が言いにくそうに言葉を濁らせた。
誠一郎が部屋に幸成を囲っているの事は、既に周知の事実となっていたからだ。
しかし誠一郎はそれには何も答えず、真神の身体から垂れ続けた血溜まりに目を向けた。

「……まぁいい……。いずれ、あれは俺の手に戻る…」

ぽつりと吐いた顔が、微かに笑っている様に見える。

「………誠一郎さま………」

黒川の中に、先程真神に感じた恐ろしさとはまた別の恐ろしさが込み上げた。
この男は何人もの家臣を失い、しかもこの惨たらしい惨状に、何も感じていないのだ。


「──誠一郎………」

踵を返し、何も無かった様に部屋へ戻ろうとした誠一郎の背中を正成の声が止めた。

「……すぐに…文を出せ…………神殺しなど……取りやめだ……」

おぞましい庭に目を向けたまま、何とか平静を装いながら言った声が、まだ震えている。

「…………今更何を………気でも触れましたか……?」

「──なんだと……!?───狂っておるのは貴様であろうッ!……お前の口車に乗ったばかりに、この様ではないか!」

馬鹿にした様な 誠一郎の声に、正成は感情のままに怒鳴りつけた。

「何かを得る為には、多少の犠牲は付き物ですよ……。違いますか?」

「多少!?──目に見ることも儘ならない相手と、どう戦えと言うのだ!?……瞬時にこれだけの事をする化け物とだ!」

興奮して捲し立てる正成を、誠一郎の冷やかな瞳が見つめる。

「──とにかく神殺しなど取りやめる!勝てる見込みも無い化け物相手に、これ以上兵を無駄死にさせる訳にはいかん!」

震える身体が恐怖からなのか、それとも怒りからなのか、もう分からない程に正成は顔を紅潮させ怒鳴り続けた。





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