神殺しの花嫁

海花

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しかし黒川はその怒声を聞きながらホッと胸を撫でおろしていた。
代償は大きかったが、願った通り真神は幸成を連れ出してくれた。
神殺しが無くなれば、正成がわざわざ幸成を連れ戻そうとするとも思えない。

一通り怒鳴りつけ気が済んだのか、正成は先程誠一郎の部屋を見に行った家人けにんの男を呼び付けると、部屋へ戻ろうと立ち上がった。
その背中を誠一郎の冷たい瞳が、逸らされること無く見つめているのが気にならなくはなかったが、黒川はやっと緊張が解ける様に、刀を握っていた手の力を抜いた。
いくら誠一郎とは言え、父の決断には逆らえない筈だ。

しかし───

「黒川……刀を貸せ」

不意に聞こえた言葉に黒川は耳を疑った。
言葉の意味が解らない。
しかし惚けたように動けずにいる黒川の手から刀を取ると、誠一郎は無表情のままその刀を振り上げた。
そして微塵の躊躇いも見せず、肩を貸していた家人諸共正成の背中に振り下ろしたのだ。

「───誠一郎さまッ!!」

黒川の叫び声と共に正成の背中から血が吹き出した。
その血が瞬きひとつせず見据える誠一郎を紅く染めていく。

何が起こったか理解出来ない正成の見開いた目が振り向き、自分の返り血で紅く染まった誠一郎を見つめる。

「…………誠……一郎……」

「……お飾にもならないあなたは……生きている価値すらない……」

紅く染まった手が、今度は言葉と共に正成の胸に深々と刀を沈めた。

「……あなたなど……とっくに無用の長物なんですよ」

刀を抜くと、まるで人形の様に崩れ落ちた正成を当然の様に見下ろしている誠一郎の口が満足気に笑った。

「…………誠一郎さま…………なんてことを……」

黒川の口が意図せず言葉を吐いた。
目の前で行われた光景が理解出来ない。
誠一郎が何故こんなことまでするのか解らない。

つい昨日まで、誠一郎は出来の良い従順な息子であった。
正成もまた、誠一郎を誇り、自分の片腕の様に信頼していた。
それが何故……。

「何を言っている?」

刀の汚れを血振りして落とすと、それを黒川に差し出した。

「父上は真神の手によって無念の死を遂げた。よって神殺しは予定通り執り行う」

笑顔にも見える誠一郎の顔が黒川を見つめる。

「そうだな?黒川」

瞳の奥に見え隠れする狂気に、黒川は言葉を飲み込んだ。

ただ母に似た幸成へ執着しているだけだと思っていた。
それが……ここまで狂っているとは…………。

「悪いが出来るだけ早く庭を片付けさせてくれ。血生臭くてかなわない……。頼んだぞ、黒川」

いつもと変わらない穏やかな声でそう言うと、誠一郎は自室へと戻って行った。



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