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三人の寝息が木霊する様に耳を擽る心地好さに、幸成と並んで横になった子供たちの寝顔を見つめた。
朝から紫黒と黒曜と連れ立って出掛けた琥珀は、まだ戻ってきていない。
出掛ける間際「すぐ戻るから、心配するな」そう言って撫でてくれた髪を、幸成の指が遊ぶように絡め、やがてサラりと落とした。
ここに戻ってから数日……
相変わらず穏やかに時間は流れ、以前と何ら変わりなく思える。
しかし黒曜は毎日の様に訪れ、琥珀も家を空ける時間が増えている。
それはそう遠くない先に『神殺し』が行われようとしているのだと、何も聞かされない幸成にも解る。
子供たちの顔から庭に目を向けると、冬に近くなった日が気早に傾き始めている。
───そろそろ……夕餉の支度をしないと……
すると三人を起こしてしまわないように、そっと身体を起こした幸成の元にふわりと覚えのある香りが届いた。
甘く、それでいて鼻につく不快な香り…………
───この匂いは………………
「……用意周到………万事整えたと言うところか……」
小馬鹿にした眼差しが川向こうの屋敷から皿に戻されると、紫黒はまだ残っていた団子をパクリと頬張った。
成一郎の屋敷から川を挟んだそう遠くない場所にある茶屋で、二人はその様子を窺っていた。
ここ数日屋敷のへの人の出入りが、明らかに多くなっている。
侍や足軽だけでは無い。
ガラの悪そうな雑兵までもが多く集められている。
「まぁ……前回奴の前に姿を晒した所為で、“お前の事をよくよく理解”したんだろうよ。質より量で攻める気だろ」
紫黒の言葉を黙って聞きながら、琥珀はずっと成一郎の屋敷を見つめていた。
あの日、本当なら幸成を探し出す間、家の者の気を引いてるだけで良かった。
それが成一郎の言葉に煽られ、自らの弱点を晒してしまった。
「…………まぁ……雑魚どもは狼達だけだって事足りる」
琥珀の気持ちを汲んだのか紫黒は続けた。
「そっちは黒曜が行ってんだろ?」
「……ああ」
「もう片っ端から眷属にしちまえよ?多くて困る事は無ぇ……」
「バカ抜かしてんなよ。オレは眷属なんてもんはいらねぇ……そう言ったろ」
門から目を離すことなく、琥珀は笑った。
「…………幸成はどうするつもりだ?……人間なんぞ、あっという間に死ぬぞ?」
口にした名にも、顔色ひとつ変えずにいる琥珀に、紫黒は小さな溜息を吐いた。
琥珀が本気で幸成を想っていると分かる。
そして愛した者だけが年老いて、死んでいくのを見守る辛さも、その後の気の遠くなる様な長い時間も、琥珀より遥かに長く生きている紫黒には嫌気がさすほど解っていた。
「幸成に血を分け与えろ。そうすれば子を成すことも出来る……。親になるってのは……なかなか悪くねぇ」
「……終わりの見えない時間を生きて……大事なモンが死ぬのを見送るのは何度やっても慣れねぇよ……」
「なら余計……」
「幸成にまで……そんな思いをしろって課すか?」
微かな笑みを携えたままそう言った琥珀の顔が不意に紫黒を捉え、しかしすぐに逸らすようにまた門の方へ戻された。
「それに、オレにはもう子が成せねぇ」
「───は?……何言って……」
最初、言葉の意味が理解出来ず、口を開いた紫黒の声がすぐに止まった。
昔琥珀が捕らえられた時、主が言っていた言葉を思い出したのだ。
『真神への罰は二つ』だと。
「……当然だわな……手前ぇの子を、食うためだけに産ませてたんだから」
紫黒は自嘲気味に笑った琥珀を見つめた。
「…………雪乃と共に暮らしている時に気付いた。あれも……子供が好きだったからな……」
確かに……不思議に思っていた。
なぜ子を作らないのかと……。
ただ子供を作るだけで良いのなら、女である雪乃をわざわざ眷属にする必要も無い。
何年も連れ添って子供の話が出ないことを不思議に思っていたが……。
「それに…………主への愛情だけを残して……それまでの記憶を無くすのは寂しくねぇか?……想いあった時間も……初めて触れた記憶も……全て消えるんだろ?」
冗談ぽく言って笑った琥珀を紫黒の瞳が見つめた。
今まで当然のように眷属を従え、そんな事を考えたことも無かった。
恐らく、他の神使や神々さえ、そんな事を思ったりはしないだろう。
琥珀だから……
自分を知る者がいない恐怖を知っているからそう思うのだ。
「………まぁ……好きにするさ」
冬を連れた風が、そう言って会話を終えた琥珀の髪を揺らした。
紫黒もまた何も言えないまま、その風が時々漏らす本音を攫うままに任せ、寂しくも見える穏やかな笑顔を見つめていた。
朝から紫黒と黒曜と連れ立って出掛けた琥珀は、まだ戻ってきていない。
出掛ける間際「すぐ戻るから、心配するな」そう言って撫でてくれた髪を、幸成の指が遊ぶように絡め、やがてサラりと落とした。
ここに戻ってから数日……
相変わらず穏やかに時間は流れ、以前と何ら変わりなく思える。
しかし黒曜は毎日の様に訪れ、琥珀も家を空ける時間が増えている。
それはそう遠くない先に『神殺し』が行われようとしているのだと、何も聞かされない幸成にも解る。
子供たちの顔から庭に目を向けると、冬に近くなった日が気早に傾き始めている。
───そろそろ……夕餉の支度をしないと……
すると三人を起こしてしまわないように、そっと身体を起こした幸成の元にふわりと覚えのある香りが届いた。
甘く、それでいて鼻につく不快な香り…………
───この匂いは………………
「……用意周到………万事整えたと言うところか……」
小馬鹿にした眼差しが川向こうの屋敷から皿に戻されると、紫黒はまだ残っていた団子をパクリと頬張った。
成一郎の屋敷から川を挟んだそう遠くない場所にある茶屋で、二人はその様子を窺っていた。
ここ数日屋敷のへの人の出入りが、明らかに多くなっている。
侍や足軽だけでは無い。
ガラの悪そうな雑兵までもが多く集められている。
「まぁ……前回奴の前に姿を晒した所為で、“お前の事をよくよく理解”したんだろうよ。質より量で攻める気だろ」
紫黒の言葉を黙って聞きながら、琥珀はずっと成一郎の屋敷を見つめていた。
あの日、本当なら幸成を探し出す間、家の者の気を引いてるだけで良かった。
それが成一郎の言葉に煽られ、自らの弱点を晒してしまった。
「…………まぁ……雑魚どもは狼達だけだって事足りる」
琥珀の気持ちを汲んだのか紫黒は続けた。
「そっちは黒曜が行ってんだろ?」
「……ああ」
「もう片っ端から眷属にしちまえよ?多くて困る事は無ぇ……」
「バカ抜かしてんなよ。オレは眷属なんてもんはいらねぇ……そう言ったろ」
門から目を離すことなく、琥珀は笑った。
「…………幸成はどうするつもりだ?……人間なんぞ、あっという間に死ぬぞ?」
口にした名にも、顔色ひとつ変えずにいる琥珀に、紫黒は小さな溜息を吐いた。
琥珀が本気で幸成を想っていると分かる。
そして愛した者だけが年老いて、死んでいくのを見守る辛さも、その後の気の遠くなる様な長い時間も、琥珀より遥かに長く生きている紫黒には嫌気がさすほど解っていた。
「幸成に血を分け与えろ。そうすれば子を成すことも出来る……。親になるってのは……なかなか悪くねぇ」
「……終わりの見えない時間を生きて……大事なモンが死ぬのを見送るのは何度やっても慣れねぇよ……」
「なら余計……」
「幸成にまで……そんな思いをしろって課すか?」
微かな笑みを携えたままそう言った琥珀の顔が不意に紫黒を捉え、しかしすぐに逸らすようにまた門の方へ戻された。
「それに、オレにはもう子が成せねぇ」
「───は?……何言って……」
最初、言葉の意味が理解出来ず、口を開いた紫黒の声がすぐに止まった。
昔琥珀が捕らえられた時、主が言っていた言葉を思い出したのだ。
『真神への罰は二つ』だと。
「……当然だわな……手前ぇの子を、食うためだけに産ませてたんだから」
紫黒は自嘲気味に笑った琥珀を見つめた。
「…………雪乃と共に暮らしている時に気付いた。あれも……子供が好きだったからな……」
確かに……不思議に思っていた。
なぜ子を作らないのかと……。
ただ子供を作るだけで良いのなら、女である雪乃をわざわざ眷属にする必要も無い。
何年も連れ添って子供の話が出ないことを不思議に思っていたが……。
「それに…………主への愛情だけを残して……それまでの記憶を無くすのは寂しくねぇか?……想いあった時間も……初めて触れた記憶も……全て消えるんだろ?」
冗談ぽく言って笑った琥珀を紫黒の瞳が見つめた。
今まで当然のように眷属を従え、そんな事を考えたことも無かった。
恐らく、他の神使や神々さえ、そんな事を思ったりはしないだろう。
琥珀だから……
自分を知る者がいない恐怖を知っているからそう思うのだ。
「………まぁ……好きにするさ」
冬を連れた風が、そう言って会話を終えた琥珀の髪を揺らした。
紫黒もまた何も言えないまま、その風が時々漏らす本音を攫うままに任せ、寂しくも見える穏やかな笑顔を見つめていた。
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