神殺しの花嫁

海花

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「指一本……?……床を共にしてるのにですか!?」

「してませんッ!寝る時も、勿論別です!──俺は翡翠達と共に寝てますよ」

「…………嘘でしょ……?」

「嘘じゃありません……。眷属になる前からそうだったから…そうしろと……琥珀さまが」

どこか寂しそうに笑うその姿は、記憶を無くす前と何等変わらない様に思える。
それなのに、何故今になって突き放すのか、瑠璃には理解出来なかった。
自らも幸成の為にあれだけの怪我を負い、血塗れの幸成を抱きながら泣いていたあの姿は……

「俺が…………眷属にして頂いたのに俺が──なんの力も持たず……役に立たないから、きっと……琥珀さまを苛つかせてしまうんです」

瑠璃の胸の内を察したのか、そう言って無理に笑う幸成に、瑠璃は顔を歪めた。
いくら記憶が無くなったと言え、あれだけ愛され熱を持たされた事は身体が覚えている筈だ。
少なくとも自分はそうだった。
眷属になると決めた時の決心も、その前から愛されていた熱も身体の奥で覚えていた。
だから当然の様に紫黒を受け入れた。
この男の為だけに生きていくと受け入れられた。

「……さ、帰りましょう」

その想いを殺し、笑顔で歩き出した幸成の背中を、瑠璃はただ黙ったまま見つめ続けた。




「…………オレはなんも変わらねぇよ」

玻璃から視線を逸らすことなく琥珀は軽く笑った。

「……変わらねってこたぁねえだろ。現に幸成を傍に置くことを拒んでる」

「………拒んでなんかねぇさ」

玻璃の指から手を離し、また近付けては握らせる……そんなことを繰り返し、琥珀はゆっくりと口を開いた。

「……ただ……俺がまた勝手にあいつに血を与えた。あいつがそれを望んでいたかも解らねぇまま…………傍に置いておきてぇばっかにさ……」

感情を殺した声を、紫黒は黙って聞いていた。
眷属などいらないと、幸成を“人”のまま傍に置くと言った時の琥珀の顔が脳裏に浮かんだ。

「死なせたくなかったんだろ……?」

「オレはな…………けど幸成は解らねぇ。……本当に…………オレの傍で生きるつもりだったのか……それすらもう…確かめようがねぇ」

「お前の為に命まで捨てようって男がか?」

玻璃の声だけになった座敷で、琥珀は相変わらず細く小さな指を揶揄うように遊んでいる。

呼吸すら止まっていた幸成に血を与えた時、死なせたくない想いだけだった。
ただ幸成がいなくなることが恐かった。
しかしそれは…………そこにあったのは、間違いなく自分の“欲”でしか無かったのだ。

「けどまぁ……お前の好きにしろ。幸成を助けたのがお前の“欲”なら……こうして突き放すのは、お前の“弱さ”だ。手前ぇで決めたことなら、相手の事情なんて考えねぇで貫き通せ」

抑揚のない紫黒の声が重い沈黙を、ゆっくりと壊した。

「これは俺の持論だけどな」

そう言って立ち上がると

「ちょっと玻璃を頼むわ──ここに来る前…懐かしい顔に会ってよぉ、出掛けてくらぁ」

琥珀の返事を待もせずに座敷を後にした。

「…………玻璃……お前の親父は本当に勝手だなぁ……」

やっと捕まえた琥珀の指を、どうにか口に運ぼうとしている玻璃に笑うと

「…………相手の事情など考えずに……貫き通せだとよ…………腹立つくれぇ……良い男だよなぁ……」

自嘲気味に笑い、何かを見るように庭に咲き誇る躑躅を琥珀の瞳が見つめた。




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