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今にも雨を降らせそうな湿気を含んだ雲が空を覆い、朝干して出た洗濯物を幸成は急いで取り込んでいた。
いつ雨が降り出してもおかしくない空に加え、これが済んだらすぐに行くから、と翡翠と蒼玉を先に風呂に行かせていたからだ。
するとポツリポツリと雨粒が幸成の髪に幾つか当たり、空を仰いだ途端大粒の無数の雨が落ち始めた。
「…………雨か……」
瑠璃で出来た盃に満たした酒を口に運ぼうとして、外から聞こえ始めた雨音に耳を傾け、盃を置き徐に立ち上が
った琥珀を不思議そうに見ながら紫黒は手元の酒を一気に呷った。
「───どうした?」
「……朝、幸成が洗濯を干してたのを思い出した」
そう独り言の様に言って座敷を出ていった背中を、新しい酒を盃に汲んだ紫黒の顔がフッと笑った。
朝の、雲ひとつない青空が嘘のように降る雨に、乾いた洗濯物が濡れないように胸に抱いて隠すように取り込んだせいで、すっかりびしょ濡れになった髪が、細い首に雫を垂らした。
「……良かった……ほとんど濡れてない…」
縁側に置いた洗濯物を幾つか広げてそう口にすると、幸成はホッとしたように笑った。
そして手に取ったそれを手馴れたようにたたみ始めると
「お前がびしょ濡れじゃねぇか……」
突然掛けられた声を無意識に見上げた。
その視線の先が長い銀の髪を後ろに束ね、少しばかり呆れた顔に行き着いた。
「──あ……俺は……これを片付けたらすぐ風呂に入りますから」
そう言って笑っては見たものの、確かに言われてみれば髪だけではなく、着物まで雨を吸い肌に纏わりついている。
しかし、それを聞いているのか聞いていないのか、琥珀は洗濯の山の中から手拭いを取り出すと幸成の側に胡座をかいて座り
「ここに座れ」
自分の目の前を指で“トントン”と叩いてみせた。
「……でも…」
「いいから早く座れよ」
必要以上に琥珀の側に近づくと、胸が苦しい程騒ぐ。
しかし決して触れてはもらえないもどかしさを、この半年幾度となく味わってきた記憶が、それを躊躇わせた。
すると立ったまま動けずにいた幸成の腕を琥珀の手が掴み、縁側の縁に無理に座らせた。
そして幸成の結った髪を解くと、手拭いで 丁寧に拭き始めたのだ。
静かな息遣いが耳を撫で、決して触れてはいない筈の背中越しの肌が熱を感じさせる。
幸成は俯き、膝の上に乗せた両手を強くにぎった。
そうしていないと涙が込み上げそうになるからだ。
忘れもしない鮮明な記憶───
目が覚めた自分を今にも泣きだすのではないかと思う琥珀の顔が覗き込んでいた。
思わず手を伸ばし頬に触れた途端、強く抱きしめられた。
その時ただ安堵したのを覚えている。
温かい肌に、鼓動に……何故なのか理由は解らないのに、ただ安堵した。
しかしそれ以降、琥珀に抱きしめられることも、鼓動が聞こえる程傍に寄り添うことも無かった。
それ以前の記憶は無い……
正確に言うと深い海の底に隠れてしまっていると言った方が合ってるかもしれない。
紫黒や瑠璃、翡翠達の顔を見た時も「この人を知ってる」と思うのに、何故知っているのか、どう関わっていたのか分からない。
ただ、それが好意的な感情だった様な気がするだけだった。
いつ雨が降り出してもおかしくない空に加え、これが済んだらすぐに行くから、と翡翠と蒼玉を先に風呂に行かせていたからだ。
するとポツリポツリと雨粒が幸成の髪に幾つか当たり、空を仰いだ途端大粒の無数の雨が落ち始めた。
「…………雨か……」
瑠璃で出来た盃に満たした酒を口に運ぼうとして、外から聞こえ始めた雨音に耳を傾け、盃を置き徐に立ち上が
った琥珀を不思議そうに見ながら紫黒は手元の酒を一気に呷った。
「───どうした?」
「……朝、幸成が洗濯を干してたのを思い出した」
そう独り言の様に言って座敷を出ていった背中を、新しい酒を盃に汲んだ紫黒の顔がフッと笑った。
朝の、雲ひとつない青空が嘘のように降る雨に、乾いた洗濯物が濡れないように胸に抱いて隠すように取り込んだせいで、すっかりびしょ濡れになった髪が、細い首に雫を垂らした。
「……良かった……ほとんど濡れてない…」
縁側に置いた洗濯物を幾つか広げてそう口にすると、幸成はホッとしたように笑った。
そして手に取ったそれを手馴れたようにたたみ始めると
「お前がびしょ濡れじゃねぇか……」
突然掛けられた声を無意識に見上げた。
その視線の先が長い銀の髪を後ろに束ね、少しばかり呆れた顔に行き着いた。
「──あ……俺は……これを片付けたらすぐ風呂に入りますから」
そう言って笑っては見たものの、確かに言われてみれば髪だけではなく、着物まで雨を吸い肌に纏わりついている。
しかし、それを聞いているのか聞いていないのか、琥珀は洗濯の山の中から手拭いを取り出すと幸成の側に胡座をかいて座り
「ここに座れ」
自分の目の前を指で“トントン”と叩いてみせた。
「……でも…」
「いいから早く座れよ」
必要以上に琥珀の側に近づくと、胸が苦しい程騒ぐ。
しかし決して触れてはもらえないもどかしさを、この半年幾度となく味わってきた記憶が、それを躊躇わせた。
すると立ったまま動けずにいた幸成の腕を琥珀の手が掴み、縁側の縁に無理に座らせた。
そして幸成の結った髪を解くと、手拭いで 丁寧に拭き始めたのだ。
静かな息遣いが耳を撫で、決して触れてはいない筈の背中越しの肌が熱を感じさせる。
幸成は俯き、膝の上に乗せた両手を強くにぎった。
そうしていないと涙が込み上げそうになるからだ。
忘れもしない鮮明な記憶───
目が覚めた自分を今にも泣きだすのではないかと思う琥珀の顔が覗き込んでいた。
思わず手を伸ばし頬に触れた途端、強く抱きしめられた。
その時ただ安堵したのを覚えている。
温かい肌に、鼓動に……何故なのか理由は解らないのに、ただ安堵した。
しかしそれ以降、琥珀に抱きしめられることも、鼓動が聞こえる程傍に寄り添うことも無かった。
それ以前の記憶は無い……
正確に言うと深い海の底に隠れてしまっていると言った方が合ってるかもしれない。
紫黒や瑠璃、翡翠達の顔を見た時も「この人を知ってる」と思うのに、何故知っているのか、どう関わっていたのか分からない。
ただ、それが好意的な感情だった様な気がするだけだった。
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