神殺しの花嫁

海花

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お互い黙ったままの時間に雨音だけが音を加えていた。
ひどく心地よいのに、その心地良さが胸を締めつけ辛くさせる。
幸成の髪を拭く琥珀の手が止まり、煩い程の雨音が二人の隙間を埋めていく。

「…………幸成……」

名前を呼ばれ幸成の細い肩が僅かに震えた。
ただでさえ苦しい胸の鼓動が、琥珀に届いてしまうのではないかと思う程、強く激しくなっている。
すると風呂場の方から翡翠と蒼玉の呼ぶ声が、細い糸を張り詰めたような空気をいとも簡単に壊した。

「───翡翠達が呼んでいるので……」

振り返りもせず立ち上がると、幸成は風呂場へと逃げるように足を早めた。
本当は解っている。
翡翠達と寝所を共にさせているのも、決して触れない肌も…………
以前は違った筈だ。

───いくら鈍くても…………それくらい解る……

幸成は手早く着物を脱ぐと二人の待つ風呂へ行き、勢いよく頭から湯をかけた。
何故自分が琥珀の眷属になったのか、詳しい事は分からない。
琥珀も口にしないし、他の者も話そうとしない。
ただ、自分の身体に残るそう古くは無い傷跡が、紫黒と瑠璃の様に互いに想い契ったものでは無いと教えるのだ。
恐らく……自分の命を救うために分け与えられたものだと。

───そうでなければ……人間の俺など…眷属に選ぶはずも無い…………

幸成がかけた湯が跳ね、蒼玉がキャッキャっと笑っている。
それを見た幸成も笑い、やがてそれが僅かに歪んだ。

───どんな理由であれ……琥珀さまに助けられた命だ……俺の…………出来ることをしなければ…………じゃなきゃ……もっと…………

頭からかけたお湯が髪を伝い頬に流れ落ちた。
幾筋もの雫が頬を伝い、ぼやける視界を誤魔化すように、幸成は桶に満たしたお湯で顔を洗った。

───これ以上…………嫌われたくない…………

「……幸成?」

翡翠に呼ばれ顔を上げると、翠色の瞳が心配そうに幸成を覗き込んだ。

「泣いてるのか?」

「───え…………」

「……琥珀か!?──琥珀になにか言われたのか!?」

「──ちがッ……」

幸成が返事をする間もなく、翡翠は風呂の中で立ち上がると湯殿の外、琥珀がいるであろう方向を睨みつけた。

「───翡翠ッ!」

そして濡れた身体のまま飛び出した翡翠を止めようとした幸成の声が虚しく湯殿に響き、後を追う様に幸成も立ち上がった。



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