記憶の海

海花

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想い

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主のいない部屋でただ一人で待つというのはこんなにも居心地の悪いものかと、冬音夜は所在なさげにポケットからスマホを取り出した。
渡辺の部屋を訪れる前、案の定涼太から電話があり、このまま冬音夜のアパートへ行くと言われていた。
しかしまさか渡辺との約束をすっぽかす訳にもいかず、ことの次第を説明する冬音夜に面白くなさそうに、それでも「待ってる」と言っていた涼太を思い出し、つい笑顔になる。

───全く……別にうちに来るのなんか今日じゃなくたって良いのに……。昨日だって散々……

昨夜の事が頭をかすめ思わず顔が熱くなった。
まるで恋人同士の様に何度もキスをして、自分の中で果てた涼太とそれでもまだキスを重ねた。

───別に……恋人でもなんでもないけどさ……。

相変わらず意地悪も言われるし、準備が整わないうちに求められることもあった。
それでも以前の様にイラついたり鼻につくことは不思議と無くなっていた。

「ごめんね!中村くん…待たせちゃって……」

ドアが開く音と共に息を切らせた渡辺が顔を出し、また人の良さそうな笑顔で部屋へと入ってきた。

「大丈夫です」

慌ててそう言って笑顔を返すと、冬音夜はパンツのポケットへとスマホを戻した。
そしてそれと同時に中村の背中で部屋の鍵がカチャっと小さな音を立てた。


渡辺に教えられた通り資料を分けてまとめていく。
学内で涼太が待っていると思うと、早く終わらせなくては…と、いつも以上に目の前の事に集中して、自分のすぐ背後に渡辺が立っているのにも気付かなかった。

「……中村くん、キミ……売春してるんだってね……?」

いきなり耳元で囁かれ腰に回された腕に冬音夜は凍りついた様に動けなくなった。

「そんな風に見えなかったよ……。もっと早く……僕にも教えてくれれば良かったのに……」

いつもと違う渡辺の言葉と声に心情が痛いほど騒ぎ出す。

「……ずっとキミに興味があったって知ってただろ…?」

耳にかかる息とパンツの上から這わされる手にゾッとしながら、冬音夜は何も言えず立ち尽くした。



「お前……いつまで大学にいんの?」

講師たちが使う共同スペースの一角を陣取っている涼太に呆れた様に声を掛ける、高校からの友人と呼べる数少ない男の顔を見ながら涼太はコーヒーを口へ運んだ。
高木と言うこの男からの打診もあって涼太が好んでやることが無い講演を、『今回だけは…』と引き受けていた。
共同スペースと言っても今は涼太と高木の二人しかいない。講演も終わり数時間が経ち、この大学の講師たちでさえ既に帰路へ着いている。

「……俺が知りたいよ」

面白くなさそうに答える涼太に肩をすくめると高木も目の前のイスに腰を下ろした。

「お前の待ってる学生は何やってんだよ…。講義ならとっくに終わってるだろ……」

「……ゼミの教授に頼まれごとをしたんだとさ…。──あいつ……俺には生意気な態度ばっかりとるクセして……他の奴には素直ってか…従順ってか……」

ブツブツと文句を言う涼太を高木は目を丸くして、幽霊でも見ているかの様に見つめた。

「………涼太がそんな風に誰かのことを言うなんて…珍しいな……」

涼太に気を使い “珍しい” と言ったが、恐らく初めて見た。
まるで恋人にヤキモチを妬いているように見える。

「…何時間も待たされてみろ……文句のひとつも言いたくなるだろ……」

しかし…本人は全く気付いている様子はなく、当然の言い分だと言いたげに不貞腐れ、残り少なくなったコーヒーをまた口へ運んだ。

「…文句言うくらいなら、待ってないで帰ればいいだろ?お前の家ならそう遠くない。…そいつが終わったら迎えに来るなり……落ち合えばいい…」

「───うるせぇな……。俺の勝手だろ……」

ムスッとして口を閉じた涼太を、高木は改めて凝視した。
やはりこんな涼太を初めて見る。
高校の時からモテない男ではなかったし、恋人らしき相手も数人いたのも知っているが……誰に対しても執着しない…。凡そ、ヤキモチとか嫉妬などという所謂『独占欲』と言うモノは持ち合わせていないのかとさえ思っていた。
用事があって来ることが出来ない相手を側で待つことが、どれだけ相手にプレッシャーを与えるか……専門職の涼太に解らない訳がなかった。
しかも涼太の口ぶりから“自分以外の人間”と一緒にいること自体が気に入らないのだと推測できる。
しかし面白いのは『本人がそれに気付いている様子がない』こと……。
なかなか見ることの出来ない涼太の様子を窺っていると、高木は思わず遊び心がムクムクと湧き上がってくるのが抑えられなくなった。
不貞腐れスマホをいじり出す涼太が一体どこまで『その学生』に入れ込んでいるのか確かめてみたくなったのだ。

「その子…今頃“その教授と二人きり”かもな……」

スマホをスクロールしていた涼太の指が止まる。
高木は目を輝かせ次の手を必死で考えた。
普段講義をしている時ですら、こんなに頭をフル回転させてはいないだろうと思える。
何しろ相手は本物の精神科医だ。
直球を投げたところで打ち返されるのは火を見るより明らかだ。

「そう言えば…話変わるけど、俺ら大学の時にさ、自分の部屋に女の学生連れ込んで無理矢理やってるって噂の教授いたの覚えてる?」

高木の言葉に眉をひそめ視線を上げると

「…………ああ……。いたな…そんなヤツ……」

一層面白くなさそうに返事を返す。

「この大学にもいるんだよ。しかも男の学生相手にそれやってる教授がさぁ……どっから調べてくるんだか…学生の弱みにつけ込んで無理矢理食っちまうんだと。学生は弱みを握られてるし、同性だしで…泣き寝入りで終わり。──まぁ……そんなだから一部の講師陣しか知らないけどな」

涼太の待っている学生が本当に『噂の教授』の元にいると思っている訳ではないが、涼太を焦らせるのには格好のネタだと思えた。

「まさか講師が教授や准教相手にやり合うわけも無いから…問題にもならないって訳よ」

これは効いたかな…?と、ふざけた様に肩を竦めて見せた高木の目に映ったのは

「──そいつの部屋教えろ」

自分の胸ぐらを掴む完全に目の据わった涼太だった。



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