記憶の海

海花

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小さなシングルのベッドがキシキシと悲鳴を上げている。
狭い部屋に荒い息遣いが響く度それが途切れるようにキスを重ねる。何度も何度も息をするように唇を重ねた。
それはどう見ても『金と身体』の関係ではなかった。


「……あの時…どうして助けに来てくれたんですか?」

まだ熱い身体を涼太の腕に預けたまま冬音夜はその瞳を見つめた。

「───どうしてって……お前が助けを呼んだんだろ…」

眉を顰め涼太はどこか面白くなさそうに答えた。
冬音夜が何を聞いているのか解っていながらはぐらかしている様に見える。

「………じゃぁ……聞き方を変えます。どうして俺が助けを呼んだ時…あの場にいたんですか…?」

冬音夜の質問に目を細め余計面白くない…と言ったように

「……お前があんまりにも遅いから…探してた……。それだけだ」

そう口にした涼太に冬音夜は“クス”っと笑った。

「偶然ですか?」

「他に何がある?」

「……涼太さんが車を取りに行っている間……高木先生と色々話をしました。多分…俺に気を遣ってのことだと思いますが……あんなに必死になる涼太を初めて見たって言ってました」

───あいつ……余計なことを………

ただでさえまだ熱ってほんのり染まっていた涼太の顔が目に見えて赤くなっていく。

「お前……本当に可愛くないな……」

少し怒ったような口調でそう言って冬音夜から顔を見られない様に胸に抱きしめた。
自分でも何故あんなに必死になったのか、抑えられない程腹が立ったのか解らなかった。
冬音夜に対して少なからず好意がある。それくらいは解っていた。しかしそれが『自分のモノに対しての執着』なのか『愛情』なのか分からなかった。
ずっと……自分の中を占めている静流に対しての想いと違う。
それが涼太を混乱させていた。
今でも───静流無しでは生きていけない…そう思うのに……冬音夜をそばに置いておきたくて仕方がない。
子供の頃からずっと静流だけを見てきた。それでもお互い他に“恋人”と呼べる様な相手がいた時もあった。静流が同じ屋根の下で他の男に抱かれていたことも一度や二度ではない。しかしこんな想いに囚われたことなど無かった。

「───余計な詮索はするな」

肌を通して聞こえてくる涼太の心臓が“トクトク”と早くなっているのが分かる。

「お前は…俺が買った。その間は俺のモノだ」

触れる熱も微かに熱くなっている様に思える…。

「そうですね。俺は……あなたのモノです……」

笑いながら答えた冬音夜に

「───お前は……本当に可愛くないよ……」

また怒ったようにそう言って唇を重ねた。



渡辺とのいざこざから数週間が過ぎていた。
お互い特に騒ぎ立てることも無く『ゼミの教授と学生』という間柄に戻っていた。
涼太は以前より頻繁に冬音夜の部屋を訪れ共に過ごす時間が目に見えて増えていた。
口には出さないが“渡辺”のことを気にしているらしい。
そして相変わらず涼太からの“援助”も続いていた。


数日ぶりに帰った自宅ので、静流の部屋のいつものソファーに体を預ける。
静流がいつも仕事をしていた机の上には相変わらず愛用していた万年筆が転がっている。

「──静流さん……」

涼太の声に窓から風が吹き込むだけで、部屋の中は相変わらず沈黙だけが存在感を示している。
冬音夜と時間を共にする以前の様に静流が自分の前に姿を現さない。

「──静流…………」

もう一度名前を呼ぶが自分の声だけが部屋に響く。

「………俺を……見捨てるんですか……?」

一人の部屋で静流がいつも座っていた椅子に向かって涼太は話し続けている。

「俺は…………あなたがいなければ生きていけない……解ってるはずです……静流さん…………」

「涼太………お前に俺はもう……必要ないだろ?」

ひんやりとした優しい手が涼太の顔に触れた。

「そんな訳ない………。俺にはあなたが必要です。─ずっと……そう言ってる……あなたがいなければ……俺は生きていけない……」

静流の香りが静かな息遣いすら感じる。

「俺が愛してるのはあなただけです」

静流の手に触れそうになるのを直前で止めた。自分から触れようとすれば消えてしまうと分かっている。

「……俺はお前が嫌いだ……」

「知ってます」

そう言って笑うと静流が優しく口付ける。

「それでも……俺にはあなたが必要なんです」

開け放たれた窓からの風が再びカーテンを揺らす。
窓には幸せそうに微笑む涼太の姿だけが映し出されていた。

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