記憶の海

海花

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会場で涼太に勧められるままに、冬音夜は隅の空いた席に座り様々な研究のプレゼンを聞いている。

──こんなことなら…ノートとペンくらい持ってくれば良かった…………。

教育の現場を目指す冬音夜にとって興味深い研究が続き、いつの間にか食い入る様に話を聞いていた。
そして幾つかのプレゼンが終わると壇上に涼太が姿を現した。
冬音夜はスっと背筋を伸ばす、凛とした姿に目が離せなくなっていた。
今まで壇上に立った誰より凛々しく見える。

───…………カッコイイ………………。

ひとり頬を染め照れている自分が可笑しくて、思わずクスッと顔が綻ぶ。
いつも耳元で名前を呼ぶ声が会場に響き渡り、その姿を見つめていると、不意に目が合い一瞬涼太の言葉が止まった。
そして微笑む冬音夜から目を逸らす様にスライドの画面に目を向け再び話し出した。




休憩になり皆がトイレに立ったり、タバコを吸いに行く為に出口へと向かっている。
冬音夜はその波が収まり、出入りする人間が少なくなってようやく席を立った。

───コーヒーでも飲もうかな…………。

会場の近くの自動販売機へ向かうと

「───冬音夜!」

突然名前を呼ばれ後ろから腕を掴まれた。

「────!?………」

驚いて振り向いた冬音夜の瞳に以前自分を買っていた男が映し出された。

「………………田代さん…………」

「冬音夜…………。どれだけ探したか…………」

恰幅の良い初老とも言える、見るから金を持っていそうな男は冬音夜を掴む手に力を入れると

「こんな所で会えるとは思っていなかったよ……」

そう言って嬉しそうに微笑んだ。




冬音夜を探す涼太の目の端に見知らぬ男に腕を掴まれ歩いていく冬音夜の姿が見えた。
急いで追いかけようとする涼太に

「坂崎くん」

後ろから聞き覚えのある声がそれを引き止めた。
もう一度冬音夜が歩いていた方を気にするが既にその姿は見えなくなっている。
涼太はイラつきながら、それでも無理に笑顔を作ると声のした方へ振り向いた。

「甘利先生じゃないですか……。先生も来られているとは知りませんでした」

「イヤイヤ……。君が来ていると聞いてね。近くまで来たものだから寄ってみたんだ」

品のある老人が温厚そうな……しかし何処か人を威圧する笑顔を向けた。




「お前が姿を消してからずっと探していたんだよ……どうして突然姿を消したりしたんだ……」

会場から少し離れた誰もいない薄暗い部屋を見つけると田代と呼ばれた男は冬音夜を抱きしめ愛しそうに耳元で囁いた。

「───ちょっと待って下さい……。俺もう……そういう事は…………」

物置として使われているのか会議用の机やイスが隅に幾つも並べられている。
田代はその狭い間に押し込む様にして冬音夜が身動き出来ない様にするとその細い手を自分の股間へ触らせた。

「……冬音夜…………。私がお前に本気だったことくらい……解ってくれていただろう……?お前だって……私のコレで…あんなに善がっていたじゃないか………」

耳に掛る息に、冬音夜の手の中で反応し始めている田代のそれに、ゾッとするほど自分が拒絶しているのが解る。

「……それは…………」

「客の一人に囲われたと聞いたが、そうなのか?……いくら貰ってる?……私はそれ以上出す…………冬音夜…………お前を愛してるんだよ……解っているだろ?」

田代の手が服の中に入れられ、水気のないガサつく指が背中に腰に纏わりつく様に這わされる。

「───やめて……」

「────お前にいくら注ぎ込んだと思ってるんだ」

脅す様な声に冬音夜が言葉を飲み込んだ。
田代とは身体を売るようになってすぐに知り合った。
まだ大して稼ぐことの出来なかった冬音夜を毎晩の様に買っていた時期もあった。
その頃から好きだ、愛してると言われる度に罪悪感を隠せないでいた。
抵抗出来なくなった冬音夜のパンツのボタンを外すと、まるで反応していないそれを指で弄びながら強ばって色の薄くなった唇へと口付ける。
否応無く捩じ込まれ絡む舌に吐き気すら感じ、冬音夜は思い切り田代の身体を突き飛ばした。

「───やめてください!」

「………………冬音夜……」

まさか従順だった冬音夜にそこまで拒否されると思っていなかったのか、余程ショックだったのか、田代は尻もちをついたまはま目を見開き動けなくなっている。

「──あっ…………ごめんなさい……でも…………もう……」

服を直し、急いで部屋を出ようとする冬音夜の腕を田代は執拗に掴んだ。

「──冬音…………」

「離して下さい!!───好きな人がいるんです!その人以外……触れてほしくない」

嫌悪感を隠そうともせずそう言い、腕を振り払うと冬音夜は部屋を後にした。


───涼太さんッ…………

田代の指が息が、まだ身体に纏わりつく様に思えて冬音夜は足早に会場へと向かった。
一秒でも早く涼太の元へ戻りたかった。
涼太と違う手にも匂いにも、吐き気さえ憶えた。

「───冬音夜ッ!」

突然聞こえた愛しい声に冬音夜は足を止めた。
声のする方へ向くと、急いでこちらへ向かっている涼太の姿が見える。

「──涼太さん!」

まだ人で騒めく広い廊下で、冬音夜は人目も気にせず涼太へと抱きついた。

「どうした!? 何があった!?」

自分をキツく抱きしめ心配そうに発せられた声に、安堵から泣きそうになりながらも

「……何もありません……」

そう答えた冬音夜の身体が微かに震えている。
冬音夜が来た方向から追い掛ける様に来た男が、涼太と目が合うなりいそいそと人混みに紛れていくのが見え、恐らく冬音夜の以前の客だろうと想像がつく。

「…………すぐに追えなくて済まなかった……」

二人に向けられる物珍しそうな好奇に満ちた視線に気付きながらも、涼太はしばらくの間、冬音夜を抱きしめ続けた。





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