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過去の灼熱が今の灼熱の首を絞める
策略の果て 前編
しおりを挟む『…………………………ナルタくん、凄かったな……………………』
海音が酸欠で意識が朦朧としているのに気付いたナルタはすぐにキスをやめて、クッションを枕にして海音を横たえてからごめんごめんと謝り続けた。
今は再び少年の姿に戻っているナルタだが、海音はあの青年……色気を漂わせるイケメンに成長した姿のナルタの姿が頭に残り続けて、まだどこか上の空だった。
キスの激しさも今までとは比べ物にならなかったが、怖いとか、気持ち悪いという嫌悪感は一切無く。
むしろ更に海音の身体がナルタを欲するようになってしまった事に、少し自己嫌悪を抱いていた。
『ナルタくんの気持ち、なんだか物凄く熱くて身体が焼けちゃいそう……。でも、なんだかそれも嬉しくて……。やっぱり、私もナルタくんのこと……好き、なんだなぁ……』
ナルタが赤裸々に自分に対するあらゆる想いを伝えてくれたおかげで、海音も自分の心にあるナルタに対する想いの正体に気付き、今はとても満たされた気持ちになっていた。
「あ……そうだ、ナルタくん」
「ど、どうした?」
心配そうに顔を覗き込んでくるナルタの顔が愛おしくて、海音は頬を綻ばせた。
「えっと……さっき、もう少しだけ……えっちなキス、したよね……。私の魔力って、どうなってるのかな」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
ナルタは少し慌てながら少し海音から離れ、神経を集中させる。
「……ん、おお……確かに、今度は力が湧いてくるような感じがする。今なら、少し空も飛べそうだ」
「そっか……じゃあ、あの本に書かれていたことは本当だったんだね」
嬉しそうに笑うナルタを見て、海音は微笑んだ。
「……だ、だとしても!!今度はその……ちゃんと、色々、気持ちを揃えてから、だな!!」
「ふふっ……そうだね」
海音がナルタに手を差し出すと、ナルタはその手をそっと握った。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
『黒魔術なんて、絶対にろくな物じゃない』
電車のドア横に体重を傾けて、アランは夕陽に照らされる街並みを眺めていた。
英国の黒魔術の家系として由緒あるフォンクローゼ家の分家、シャルター家の嫡男として生まれたアランは、幼い頃に黒魔術で母がおかしくなり、当時父だったはずのフォンクローゼ当主が母を見放した時の事を今でも覚えている。
彼の本来の名はアーノルド・シャルターではあるが、彼が府城アランという名を名乗るには理由があった。
母が父だったあの男に見放された後、当時住んでいた英国のとある街にある精神病院に母は世話になることになった。
幾度もの検診と投薬治療の後、かかりつけの医師が匙を投げた時に言い放った言葉は「黒魔術の浸透していない国に移りなさい」だった。
幸いにも、母の実家が海の向こうにある東洋の島国だった事と、医師の伝で黒魔術にも詳しい精神科医がその国にいるという事でその医者への紹介状を出してくれたおかげで、生家を本家に預けさせる形でアランは幼くしてこの国に来ることとなった。
この国に移り住んでから母と共に母の実家にお世話になっているアランではあるが、現在も黒魔術の後遺症を残す母を、既に母として見ることはなくなった。
その代わり、アランは母の母……つまりアランの祖母をよく慕うようになった。
祖母はこの国でも珍しい、「占星術師」を生業としていた。
黒魔術と混合して捉えられがちではあるが、占星術は黒魔術とは全く異なるものである。
アランが祖母の行う占星術に興味を持ち始めたのも、丁度その頃からだった。
『アラン、おまえは近々、金星の導きによって不思議な出会いをするだろう。その出会いを大切にしていれば、きっとおまえの未来も良いものとなる。しがないおまえのおばあちゃんの予言を信じてくれるかい?』
祖母がアランに初めて見せてくれた占星術は、アランの今後を占うものだった。
程なくして正式に父だったあの男と母の離婚が成立し、この国の小学校に通う頃にはアランはアーノルドとは名乗らず、母の旧姓かつ祖母の姓である府城という姓と、祖母からの愛称であるアランを名乗るようになった。
その方が、この国で黒魔術とは関係の無い普通の生活が送れると信じて……。
祖母の予言は小学校に初登校した日の夕方に現実となった。
まだ基本的な言葉しか理解出来ないアランは、クラスメイトが何を話しかけてきてもその殆どは理解出来ず、ただ「ごめんなさい、分かりません」を繰り返すだけだった。
そうしてクラスメイトとのコミュニケーションは上手くいかず、興味津々に接してきたクラスメイト達は「自分の事もわかんない変なやつ」と言って途端に興味をなくした。
『何を話してるのか分からないのに、どうやってクラスに馴染んでいけばいいんだ……』
一人で家に帰る途中、明日からの生活に不安しか抱けないアランは願うように空を見上げた。
『あ……』
「いちばんぼし!!」
アランが夕暮れに染まる空に浮かぶ金星に手を伸ばそうとした時、
アランと同じように金星を指さした帰宅中の子供がいた。
「いちばんぼし、きれいだね!!」
そう言ってアランに走り寄ってきて笑う女の子こそが、海音だった。
「あっ、えっとね、わたし、さざなみうみね!!なまえはうみね!!てんこうせいのアランくんだよね?」
「えっ……あっ、あの……」
アランは思わずたじろぐ。
「がっこうにいるあいだは、ずっとみんなにかこまれてたから、わたしなかなかおはなしできなくて……」
「…………ご、ごめんなさい。分かりません。」
最早自分の身を守る為の呪いのようにアランはそう返事をしたが、海音は小首を傾げてから「あっ!!」と元気よく自分の手を合わせた。
「がいこくからきたから、ことば、わからないんだよね?だいじょうぶ、アランくんがわかるようになるまで、わたしなんどでもじこしょうかいするよ!!」
そう言って海音は再び一番星を指さす。
「アランくんとであったことは、あのいちばんぼしがおぼえてくれているの!!だから、あのいちばんぼしをみるたびに、わたしのことおもいだしてね!!」
最寄り駅から出て、アランは夕暮れに染る空を見上げ、一番星を探した。
去年、祖母が亡くなってからアランは引っ越すことになった。
未だにおかしくなったままの母を連れて。
アランは目を細めた。
……この街は高いビルが多い。
こんな景色じゃ、星空に思いを馳せる事も出来やしない。
アランは一番星を探すことを諦め、初夏のぬるい風を浴びながらそのまま帰路に着いた。
「……ただいま帰りました」
アランはいつものように帰宅すると、祖母が生きていた時から住み込みで母の看病をしてくれている、家政婦の福寺という初老の女性がすぐに玄関に顔を出した。
「アランお坊ちゃん、おかえりなさいまし。」
「ああ、福さんただいま」
「お風呂はもう出来ていますよ。……今日も暑かったですからね。夕飯の前に入られてはいかがでしょう?」
「ああ……そうだな……そうする」
アランの脱いだ靴を整えながら薄く微笑む福寺に、アランも薄く笑った。
アランは二階の自室に戻ったあと、スマホとバッグをベッドの上に放り投げてそのまま風呂へと向かった。
『……たった二日で龍が二体か……』
アランは湯船に浸かりながら眉間に皺を寄せた。
現代社会において、魔力のあるなしは体質にも左右される。
霊感があったり、人より運に恵まれていたり、予知夢をよく見たり……など、魔力の影響は人によって変わってくる。
千年前に龍を召喚した一族の分家出身のアランにも、母が期待し続ける程には生まれながらに魔力の才はあった。
それは予知夢……デジャヴとして現れ、昔から"その時になると唐突に既視感に襲われるのだ。
しかし所詮はその時に起こるデジャヴであり、起こってしまった事を未然に防ぐ事は出来ない。
『……こんな非日常な出来事を前にして、僕が既視感を覚えないなんてことあるのか?』
普段は些細な事でもデジャヴは起きるくせに、やはりあの龍の召喚については、特に既視感は感じられなかった。
かつて、本家が召喚した最悪にして至高とされる炎龍ナルヴォリエタルマス。
それをまさか魔力を持たない幼馴染、かつ腐れ縁の海音が召喚してしまうとは夢にも思っていなかった。
しかもその炎龍は幼馴染に恋をしていると暴露までしている。
『……………………。』
黒魔術はろくな物じゃない。
ひとつ屋根の下、あの炎龍が幼馴染と共に過ごしていると思うとどうも胸がざわついた。
『あの炎龍は絶対に海音を殺さないとは言っていたが……やはり、遅かれ早かれ本家は再びこの世に現れた炎龍を察知して、海音への接触を謀るだろう』
アランは重いため息を吐いた。
『そして多分、黒魔術を用いて……炎龍を手中に納めようと……』
この国に来て、初めて出来た友人がまざまざと殺されるシーンを想像してアランは奥歯を噛み締める。
『どうにか……どうにか海音を脅威から退ける手段はないのか』
ふと、脳裏にあの黒魔術書が浮かんだ。
召喚術を使って、召喚した異世界のモノと契約出来れば海音を守れるかもしれない。
少なくとも、アランには生まれ持っての魔力がある。
龍とまでは行かずとも、大精霊くらいは呼べるかもしれない。
そう考えてからアランは手桶で湯を掬い、思い切り頭に勢いよく被った。
「バカめ……。僕が黒魔術に対して黒魔術で対抗するなど、それこそ母の思うツボだろう」
……母の思うツボ?
ひとつの仮説が脳裏を掠めて、アランはどっと汗が吹き出した。
あの黒魔術書は本家の秘蔵書の正確な写しであり、ご丁寧にこの国の言葉で翻訳までされている。
秘蔵書の内容を見れるのは、現当主か、組織の重鎮か、当主の妻……つまり配偶者のみである。
「まさか……まさか!!」
離婚してからもう十年以上も経つのに、一向に母の容態は良くならない。
アランは湯船から飛び出し、急いで部屋着に着替える。
黒魔術に狂わされた母は、当時英国の精神科医に「黒魔術から離れること」と言われていた。
だから物理的に国まで離れて来たというのに。
風呂上がりの濡れた髪もまともに乾かさぬまま、アランは母の部屋に飛び込んだ。
普段は精神安定剤を服用して、一日の殆どを自室で過ごす母が、部屋の中を探しても何処にもいなかった。
「…………まさか、逃げたのか?」
しかし部屋を見渡しても、急いで出ていったような痕跡は見当たらない。
アランはすぐさま母の部屋から飛び出し、目に付いた扉を手当り次第開いた。
奏子にネットオークションで秘蔵書の写しを落札させたこと。
これが全ての始まりであり、事前に仕組まれた事だとしたら……。
アランは広い家の中を探し回った。
しかし、どの部屋にも母の姿は無い。
嫌な予感がする。汗が止まらない。
アランは急いで二階へと駆け上がる。
『あの人は元々、黒魔術を使った呪い……占星術とは別物の占いを得意にしていたと前に姉から聞いたことがある』
アランは二階の部屋を片っ端から開けては閉めを繰り返した。
アランの突然の行動に驚いた家政婦の福寺が、一階の階段下から「お坊ちゃん、どうされました?」と声を掛けてくるがアランはお構い無しだった。
『……あの人は昔から、僕に黒魔術師になる事を強要してきた……もし、もし……』
アランは自室の前で足を止める。
……もし。
全ては母の企みであり、奏子や海音は母の企ての手駒に過ぎなかったとしたら。
アランは汗ばんだ手で自室のドアノブを捻った。
「…………この魔女め……!!!!よくも……よくも僕の友人を勝手に巻き込んだな!!!!」
アランの自室に、母がいた。
召喚術の魔法陣を自らの血で床に描き、血の気の失せたその顔に恍惚の笑みを浮かべながら。
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