9 / 63
第弐章 青年と少女
生命の大前提
しおりを挟む
――――
その日の夜、トリウスは書斎の一画で、瞑想に耽っていた。
絨毯を敷いた上で、彼は正座の姿勢を取り、意識を統一している最中だ。
すると……背後の扉からノックの音が聞こえる。
ノックの仕方は、娘のそれとは違い若干強めだ。彼は音の主がラキサでないと気付く。
「鍵はかかっていないぞ、入るがいい」
トリウスの声が聞こえたのか、何者かが扉を開き部屋に入って来た。
「俺だ。朝に借りた本を返しにきた」
その正体はルーフェだった。手元には、トリウスから借りた本を持っている。
「本なら机の空いている所に置いてくれ。後で、私が片付けておくからな」
トリウスはルーフェに振り向きもせずに、そう伝えた。
言われた場所へと、ルーフェは本を置く。
「俺の用はそれだけだ。ありがとう、礼を言う」
そして、形ばかりの感謝を言うと、彼は部屋から出ようとした。
……だが、出ようとするルーフェを、トリウスは言葉で静止する。
「待て。……君のような人間が、こうした本が好きだったとは意外だったな。それは昔の君の、今のようになる前の趣味なのか? それとも…………」
そしてトリウスは、ゆっくりとルーフェへと振り向く。
「昼に話していた二人の会話――悪いが全て、聞かせてもらった。君が話していた、生き返らせたい恋人の事もだ」
まさか、あの話を聞かれていたなんて。ルーフェは僅かに動揺した。
トリウスには手に取るように、彼の動揺が分かる。
かと言って……それに構うつもりはない。
「『どうして一度死んだ人間を生き返らせたいのか? 』確か君に、これを聞く約束だったな。どうだ? 時間はたっぷりと与えた筈だが、よく考えてみたかね?」
トリウスからのあの問い、部屋にいた長い間、ルーフェは自分でもじっくり考えてみた。
しかし……行き着く結論は初めと同じ、愛する人間を取り戻すのに理由がいるのか? 細かい理由なんて、いくら考えても出てこなかった。
「そんなもの、愛する人間がいたら、取り戻したいに決まっているさ。例え――何を犠牲にしようとも。他に、理由など……」
ルーフェはそう、トリウスへと話した。
彼はそれを聞くと、成程と言うように一息ついた。
「君の言いたい事は分かった。だが、どうやら君は、一つ大切な事を忘れていないかね?」
「一体……何が言いたい。俺は何も、忘れていたりなど……
そう戸惑っているルーフェの目を見据えると、トリウスは告げた。
「つまり…………人間はいつかは死ぬと言う前提を、君は、考えた事はあるのか? 例え、上手く彼女を、蘇らせたとしてもな」
彼の重く冷淡な言葉は、まるで死神が人間に対し、自らの死期を告げるかのようである。
それを聞いた時、ルーフェの精神と心は、さながら絶対零度にまで凍り付いた。
今まで彼は、死んだ愛する人を蘇らせるために、ここまで辿りついた。
長い年月、見知らぬ土地を放浪し、手掛かりもなく……辛く苦しい旅を続けた。
だが、例え願いが叶ったとしても、いつかは死ぬ。――人間である以上。
それはとても、単純な答えだった。
しかし、そんな簡単な事にも関わらず、彼はここにいる間、いやそれ以前に旅を始めてから、ただの一度も考えた事は無かった。
彼女を取り戻す事、ただ一心にその事だけを考えていた、それも理由だ。
否、だからこそ――――無意識に考えなかった、それだけかもしれない。
トリウスは更にたたみかける。
「愛する人を取り返したい、この覚悟と信念は本物だろう。しかし……それは人間がいつか死ぬと言う事実を見ず、聞かず、考えようともしなかったからだ。仮に君が彼女を取り戻したとしても、待っている結果は死にすぎない。
一年後、十年後か分からないが、それは確実だ。それでも、君は生き返らせたいのか? 二度目の別れを、再び味わう覚悟はあるのか?」
最後の問いは、鋭いナイフのように、ルーフェの心へと突き刺さった。
「俺は、一体……どうすれば……」
彼は何も言わずに後ろへとたじろぐと、踵を返して部屋から出て行った。
「幸い、考える時間はまだ十分にある。だから、よく考えてみるのだな、もし愛した人を生き返らせたいだけなら、それは無意味かつ不毛な願いだ。今の内に諦めた方が君の為だ」
後ろから聞こえるトリウスの声を振り払い、ルーフェは逃げた。
彼の言葉からも――そして、自分の心からも。
その日の夜、トリウスは書斎の一画で、瞑想に耽っていた。
絨毯を敷いた上で、彼は正座の姿勢を取り、意識を統一している最中だ。
すると……背後の扉からノックの音が聞こえる。
ノックの仕方は、娘のそれとは違い若干強めだ。彼は音の主がラキサでないと気付く。
「鍵はかかっていないぞ、入るがいい」
トリウスの声が聞こえたのか、何者かが扉を開き部屋に入って来た。
「俺だ。朝に借りた本を返しにきた」
その正体はルーフェだった。手元には、トリウスから借りた本を持っている。
「本なら机の空いている所に置いてくれ。後で、私が片付けておくからな」
トリウスはルーフェに振り向きもせずに、そう伝えた。
言われた場所へと、ルーフェは本を置く。
「俺の用はそれだけだ。ありがとう、礼を言う」
そして、形ばかりの感謝を言うと、彼は部屋から出ようとした。
……だが、出ようとするルーフェを、トリウスは言葉で静止する。
「待て。……君のような人間が、こうした本が好きだったとは意外だったな。それは昔の君の、今のようになる前の趣味なのか? それとも…………」
そしてトリウスは、ゆっくりとルーフェへと振り向く。
「昼に話していた二人の会話――悪いが全て、聞かせてもらった。君が話していた、生き返らせたい恋人の事もだ」
まさか、あの話を聞かれていたなんて。ルーフェは僅かに動揺した。
トリウスには手に取るように、彼の動揺が分かる。
かと言って……それに構うつもりはない。
「『どうして一度死んだ人間を生き返らせたいのか? 』確か君に、これを聞く約束だったな。どうだ? 時間はたっぷりと与えた筈だが、よく考えてみたかね?」
トリウスからのあの問い、部屋にいた長い間、ルーフェは自分でもじっくり考えてみた。
しかし……行き着く結論は初めと同じ、愛する人間を取り戻すのに理由がいるのか? 細かい理由なんて、いくら考えても出てこなかった。
「そんなもの、愛する人間がいたら、取り戻したいに決まっているさ。例え――何を犠牲にしようとも。他に、理由など……」
ルーフェはそう、トリウスへと話した。
彼はそれを聞くと、成程と言うように一息ついた。
「君の言いたい事は分かった。だが、どうやら君は、一つ大切な事を忘れていないかね?」
「一体……何が言いたい。俺は何も、忘れていたりなど……
そう戸惑っているルーフェの目を見据えると、トリウスは告げた。
「つまり…………人間はいつかは死ぬと言う前提を、君は、考えた事はあるのか? 例え、上手く彼女を、蘇らせたとしてもな」
彼の重く冷淡な言葉は、まるで死神が人間に対し、自らの死期を告げるかのようである。
それを聞いた時、ルーフェの精神と心は、さながら絶対零度にまで凍り付いた。
今まで彼は、死んだ愛する人を蘇らせるために、ここまで辿りついた。
長い年月、見知らぬ土地を放浪し、手掛かりもなく……辛く苦しい旅を続けた。
だが、例え願いが叶ったとしても、いつかは死ぬ。――人間である以上。
それはとても、単純な答えだった。
しかし、そんな簡単な事にも関わらず、彼はここにいる間、いやそれ以前に旅を始めてから、ただの一度も考えた事は無かった。
彼女を取り戻す事、ただ一心にその事だけを考えていた、それも理由だ。
否、だからこそ――――無意識に考えなかった、それだけかもしれない。
トリウスは更にたたみかける。
「愛する人を取り返したい、この覚悟と信念は本物だろう。しかし……それは人間がいつか死ぬと言う事実を見ず、聞かず、考えようともしなかったからだ。仮に君が彼女を取り戻したとしても、待っている結果は死にすぎない。
一年後、十年後か分からないが、それは確実だ。それでも、君は生き返らせたいのか? 二度目の別れを、再び味わう覚悟はあるのか?」
最後の問いは、鋭いナイフのように、ルーフェの心へと突き刺さった。
「俺は、一体……どうすれば……」
彼は何も言わずに後ろへとたじろぐと、踵を返して部屋から出て行った。
「幸い、考える時間はまだ十分にある。だから、よく考えてみるのだな、もし愛した人を生き返らせたいだけなら、それは無意味かつ不毛な願いだ。今の内に諦めた方が君の為だ」
後ろから聞こえるトリウスの声を振り払い、ルーフェは逃げた。
彼の言葉からも――そして、自分の心からも。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる