10 / 63
第参章 葛藤
青年の誓い
しおりを挟む
――――
ベッドに入り、深い眠りに落ちるルーフェ。
夢の中で、少年のルーフェは屋敷の中を彷徨っていた。
確かこれは、両親からの謹慎が解かれたばかりの頃だ。
謹慎の理由は、長年のエディアとの付き合いが、両親に発覚したからだ。
ルーフェは両親に激しく説教、注意した上で、二週間もの部屋での謹慎を命じられた。
そして謹慎から解放され、彼はエディアを探していた。
自分に対する罰なんて大したことはない。問題は彼女だ、召使の身でありながらの自分の息子との付き合い、両親は絶対に許しはしないだろう……。
庭園のいつもの場所には姿がなかった。外を探しても見当たらないと言うことは、残るは屋敷の中だ。
ルーフェは屋敷のあちこちを、探してまわる。
しかし屋敷中を見て回っても、その姿はない。
そんな時、ある扉からすすり泣く声が聞こえた。その扉は、屋敷の地下室への扉だった。地下室は倉庫の一つとして使われ、日が入らず湿気の高い場所のせいで、せいぜい倉庫の整理や物の出し入れ以外では、誰も近寄らない場所だった。
ルーフェは扉を開けると、地下への階段を下りる。
空気は黴臭くまともに息をする事さえ出来ず、黒く湿った石壁には青黒い苔が生えていた。
壁にかけられた松明の薄明かりを頼りに降りると、泣き声は次第に大きくなる。
やがて、地下室に辿り着いた。そこには様々な物が乱雑に置かれている。
そして地下室の隅で、何やら動く影がある。泣き声の主は、どうやらそれのようだ。
影はルーフェに気づくと、彼に振り向く。
その正体は、エディアだった。だがその姿はやつれ、来ている服はボロボロだった。
「……ルーフェ様? 良かった……また会えるなんて」
彼女はルーフェに笑ってみせた。その喜びは本物だった、しかし笑顔の陰には、隠しきれない程に強い苦痛が垣間見えた。
それに、恐らくずっと泣いていたのか、彼女の目はひどく赤く腫れていた。
ルーフェはすぐに大丈夫かと尋ねる。
「こんな姿で申し訳ありません。でも、私は大丈夫です……」
そんなのは、嘘だ。
直観で彼はそう思った。それに、彼女からは血の匂いがする、もしかすると…………。
彼はエディアの手を引き、近くへと引き寄せた。そして背中を見ると、彼はその目を疑った。
背中には、赤く膿んでいる鞭打たれた痕、それは見ているだけでも痛ましい程だった。
エディアは傷を見られると、恥ずかしそうに目を伏せた。
これでも心配ないだって? 僕は言った。
「……大したこと、ないです。……だから……どうか心配しないで、ください」
なおも無理して笑おうとするエディア。
が、もうルーフェを誤魔化すことは、出来ないと悟った。
「ルーフェさま……私は、うっ……ぐすっ、うわぁぁっ!」
途端、胸に秘めた辛さが爆発した。
彼女はルーフェの懐で、大きく泣き出す。……やはり、彼女は、相当辛かったのだろう。
ルーフェは、エディアの気が済むまで、一緒に傍にいる。
今彼に出来るのは……それくらいだった。
しばらくした後、ようやく落ち着いたエディアは、泣き止んだ。
大丈夫? 落ち着いた――。ルーフェは彼女に、優しく声をかける。
「はい。……ありがとうございます、ルーフェさま」
エディアは十分に泣いた後、安心したような様子。
そして……彼女はようやく事情を語る。
ルーフェはただ謹慎のみで済んだが、召使いである彼女への罰は、更に過酷なものだった。
背中を酷く鞭打たれ、更にはこの地下倉庫の番を言い渡された。
他に仕事が無い限りは、ここを出てはならない倉庫の番。
じめじめと暗い、光も殆どない倉庫の番……それはまるで、殆ど囚人と同じ、いやそれ以上の扱いだ。
そして彼は気付いた。エディアがこんな目に遭ったのは自分のせいでもあると。
こんな付き合いを続けていれば、いつかこうなる事は分かっていた。それなのに…………。
ルーフェは彼女に問いかけた。
一体、これからどうすれば良い? 君の事は好きだけど、このまま続けていれば、いずれ…………。
するとエディアは、優しく彼に言った。
「私は、決して良い召使じゃありませんでしたから。仕事も上手く出来ませんでしたし、ルーフェ様に対しても、自分の身分をわきまえない事ばかり。当然の罰です」
それは違う! それは自分の望んだ事だ。ただ一人の大切な人を、手放したくなかっただけなんだ――。
必死でルーフェはそう訴える。
しかし彼女は、首を横に振った。
「だけど、そんなルーフェ様に甘えていたのは私です。それでも、私は嬉しかった、あなただけが、私の事を大切に思ってくれた。だから……」
すると、エディアは顔をルーフェに近づけて、その唇を重ねた。
ルーフェの思考は停止した。幾ら彼女でも、そんな事をされるなんて、思いもしなかった。
やがて彼女は唇を話すと、言った。
「本当に、私は召使として失格ですね。でも、もしそんな私を受け入れて下さるなら…………とても幸せです」
その言葉は、彼に対するエディアの深い愛を感じた。
本当はルーフェも、同じくらいに愛したかった。しかし、それは親や周りが許さない。
それならば…………。
ルーフェはエディアを強く抱きしめた。
それならば一緒にここから出よう、家族も家も、地位さえも捨てて。他の全てを失おうとも、絶対に、君の事を守ってみせる。
そう……あの時に誓った。
誓った、筈だった…………。
ベッドに入り、深い眠りに落ちるルーフェ。
夢の中で、少年のルーフェは屋敷の中を彷徨っていた。
確かこれは、両親からの謹慎が解かれたばかりの頃だ。
謹慎の理由は、長年のエディアとの付き合いが、両親に発覚したからだ。
ルーフェは両親に激しく説教、注意した上で、二週間もの部屋での謹慎を命じられた。
そして謹慎から解放され、彼はエディアを探していた。
自分に対する罰なんて大したことはない。問題は彼女だ、召使の身でありながらの自分の息子との付き合い、両親は絶対に許しはしないだろう……。
庭園のいつもの場所には姿がなかった。外を探しても見当たらないと言うことは、残るは屋敷の中だ。
ルーフェは屋敷のあちこちを、探してまわる。
しかし屋敷中を見て回っても、その姿はない。
そんな時、ある扉からすすり泣く声が聞こえた。その扉は、屋敷の地下室への扉だった。地下室は倉庫の一つとして使われ、日が入らず湿気の高い場所のせいで、せいぜい倉庫の整理や物の出し入れ以外では、誰も近寄らない場所だった。
ルーフェは扉を開けると、地下への階段を下りる。
空気は黴臭くまともに息をする事さえ出来ず、黒く湿った石壁には青黒い苔が生えていた。
壁にかけられた松明の薄明かりを頼りに降りると、泣き声は次第に大きくなる。
やがて、地下室に辿り着いた。そこには様々な物が乱雑に置かれている。
そして地下室の隅で、何やら動く影がある。泣き声の主は、どうやらそれのようだ。
影はルーフェに気づくと、彼に振り向く。
その正体は、エディアだった。だがその姿はやつれ、来ている服はボロボロだった。
「……ルーフェ様? 良かった……また会えるなんて」
彼女はルーフェに笑ってみせた。その喜びは本物だった、しかし笑顔の陰には、隠しきれない程に強い苦痛が垣間見えた。
それに、恐らくずっと泣いていたのか、彼女の目はひどく赤く腫れていた。
ルーフェはすぐに大丈夫かと尋ねる。
「こんな姿で申し訳ありません。でも、私は大丈夫です……」
そんなのは、嘘だ。
直観で彼はそう思った。それに、彼女からは血の匂いがする、もしかすると…………。
彼はエディアの手を引き、近くへと引き寄せた。そして背中を見ると、彼はその目を疑った。
背中には、赤く膿んでいる鞭打たれた痕、それは見ているだけでも痛ましい程だった。
エディアは傷を見られると、恥ずかしそうに目を伏せた。
これでも心配ないだって? 僕は言った。
「……大したこと、ないです。……だから……どうか心配しないで、ください」
なおも無理して笑おうとするエディア。
が、もうルーフェを誤魔化すことは、出来ないと悟った。
「ルーフェさま……私は、うっ……ぐすっ、うわぁぁっ!」
途端、胸に秘めた辛さが爆発した。
彼女はルーフェの懐で、大きく泣き出す。……やはり、彼女は、相当辛かったのだろう。
ルーフェは、エディアの気が済むまで、一緒に傍にいる。
今彼に出来るのは……それくらいだった。
しばらくした後、ようやく落ち着いたエディアは、泣き止んだ。
大丈夫? 落ち着いた――。ルーフェは彼女に、優しく声をかける。
「はい。……ありがとうございます、ルーフェさま」
エディアは十分に泣いた後、安心したような様子。
そして……彼女はようやく事情を語る。
ルーフェはただ謹慎のみで済んだが、召使いである彼女への罰は、更に過酷なものだった。
背中を酷く鞭打たれ、更にはこの地下倉庫の番を言い渡された。
他に仕事が無い限りは、ここを出てはならない倉庫の番。
じめじめと暗い、光も殆どない倉庫の番……それはまるで、殆ど囚人と同じ、いやそれ以上の扱いだ。
そして彼は気付いた。エディアがこんな目に遭ったのは自分のせいでもあると。
こんな付き合いを続けていれば、いつかこうなる事は分かっていた。それなのに…………。
ルーフェは彼女に問いかけた。
一体、これからどうすれば良い? 君の事は好きだけど、このまま続けていれば、いずれ…………。
するとエディアは、優しく彼に言った。
「私は、決して良い召使じゃありませんでしたから。仕事も上手く出来ませんでしたし、ルーフェ様に対しても、自分の身分をわきまえない事ばかり。当然の罰です」
それは違う! それは自分の望んだ事だ。ただ一人の大切な人を、手放したくなかっただけなんだ――。
必死でルーフェはそう訴える。
しかし彼女は、首を横に振った。
「だけど、そんなルーフェ様に甘えていたのは私です。それでも、私は嬉しかった、あなただけが、私の事を大切に思ってくれた。だから……」
すると、エディアは顔をルーフェに近づけて、その唇を重ねた。
ルーフェの思考は停止した。幾ら彼女でも、そんな事をされるなんて、思いもしなかった。
やがて彼女は唇を話すと、言った。
「本当に、私は召使として失格ですね。でも、もしそんな私を受け入れて下さるなら…………とても幸せです」
その言葉は、彼に対するエディアの深い愛を感じた。
本当はルーフェも、同じくらいに愛したかった。しかし、それは親や周りが許さない。
それならば…………。
ルーフェはエディアを強く抱きしめた。
それならば一緒にここから出よう、家族も家も、地位さえも捨てて。他の全てを失おうとも、絶対に、君の事を守ってみせる。
そう……あの時に誓った。
誓った、筈だった…………。
0
あなたにおすすめの小説
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】
ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る――
※他サイトでも投稿中
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
教養が足りない、ですって
たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる