常世の守り主  ―異説冥界神話談―

双子烏丸

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第参章 葛藤

魔術師の秘密

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 ――――

 ルーフェは家の中も外も探したとしたが、実は最後に一か所だけ、まだ探していない場所があった。
 それは家の主、トリウスの書斎だった。
 ラキサを探していた時、彼の姿もまた見えなかった。とすれば、書斎にはトリウスがいる可能性が高い。
 あの話をされた後、トリウスとは再び会っていない。正直、顔を合わせるのさえも、ルーフェは嫌だった。
 だがあそこには、彼女もいるはずだ。それならば、多少の嫌悪も我慢するしかない…………。
 そう考えながら二階の書斎の前へと来ると、扉を開けた。
 

 書斎には、誰もいなかった。
 トリウスも、そしてラキサも、気配すら感じられない。
 ルーフェは中に入り、辺りを見渡す。


 無数の書籍が入った幾つもの本棚に、骨董品などが置かれた棚や机、古めかしく用途不明な器具類などが部屋中に見られた。
 部屋は十分に清潔さを保たれてこそいるが、どれも歴史を感じさせる程に古びて、この部屋が使われた、途方もなく長い年月を思わせる。
 そして奥には、その中でもとりわけ年代物で、それでいて立派で、美しい装飾の施された黒い机と椅子があった。
 恐らく、トリウスがよく使っているからだろう。とりわけそれらは、綺麗に保たれ、素材も艶やかな黒瑪瑙が使われている立派な机だ。
 机の上にはインクと羽筆、古風なランプ、そして何冊も並べられ、辞書のように厚い本が置かれていた。
 それらの本は全て同じものであるらしく、ページの量も古風な銀細工の装丁も、全て同じく等しいものだ。
 その中の一冊は、机の真ん中に、置かれたまま。
 何であるか気になったルーフェは、それを手に取ると適当なページをペラペラとめくってみた。そして…………ある場所に目が留まった。
 そこにはこう書かれていた。


『この日、再びこの山へと訪問者が訪れた。かつての私と同じ、愚かな願いに憑りつかれた愚か者が。こんな事はいつまで続く? そんな願いなど無意味かつ不幸な願いだと言うのに。そんな願いの為にラキサ――――常世の守り主である哀れな娘が、いつまでも苦しみ続けなければならないのか』


 それは、ルーフェがこの家へとやって来た時に書かれた物らしく、内容からこれが日記であることが分かった。
 だが、ここに書かれている内容が一体何なのか。
 この日記の主、トリウスがかつて同じ望み、即ち愛する者を取り戻したいと言う願いを抱いていたと言うこと。そして、あの少女、ラキサが『常世の守り主』であると言う事実――。
 これは、一体……? 
 日記の謎を調べる為に、ルーフェは他の日記を次々と調べた。
 やがてついに…………彼は事の真相へと辿り着く。


 ――――

「勝手に人の部屋へと入り、盗み読みか。深手だった君を助けた礼が…………それだと言う訳か」

 ようやく日記を調べ終わった瞬間、後ろから辛辣な声が聞こえた。
 振り返ると、そこにはトリウスの姿があった。
 表情こそ無表情で抑えているが、彼の瞳には強い怒りが見えた。

「……」

 ルーフェは何も言わず、ただ顔をうつむけて沈黙している。
 それにトリウスは、悟ったような表情で、深く息をつく。

「その様子だと、どうやら全て知ったようだな。満足しただろう? かつて私が君と同じ、『愛する人を取り戻したい』という馬鹿な望みに取りつかれ、その結果破滅を迎えた、愚か者の一人だったと知って」

「……」

「ああ、私は願いを叶える為に、長旅の末にこの山へと訪れた。不治の病で失った、愛する妻を蘇らせたいという、願いを叶える為に。当時もこの山には竜が棲み、冥界への門を守護していた。私は竜を倒し、冥界へと赴き…………無事に妻を取り戻した。だが……」

「……その妻は現世に戻るとすぐに、同じ病で、また失ったんだろ」

 ルーフェは、そう呟いた。
 トリウスの表情は、未だに消えない後悔と悲しみに満ちていた。

「元々妻は病弱だった、蘇らせてもそうなるだろうと、考えれば分かる事だった。いずれは再び失う命、そんな簡単な事を、あの時の私は考えようともしなかった。結局、私が得たものは何か? それは二度目の死別という悲しみと苦しみ、そして、妻を再び死なせてしまった自分への自責と後悔だけだ!」

 最後の言葉は、もはや叫びに近かった。
 魔術師トリウス、彼の持つ過去もまた……辛いものであった。



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