6 / 9
SSランクの迷宮
しおりを挟む
「聞いてくれてありがとう」
俺がそういうと部屋の中ではすすり泣くような音が聞こえた。
なずなとアマネの女の子コンビかな。
「ぞんな事どは知らずにずばん」
と思ったら目の前の根津さんが滂沱の涙を流していた。
鼻水くらいは拭いてほしいものだ。
ふと見ると猿と要も目頭を押さえていてちょっと申し訳ない気持ちになる。
この場にいる関係者とも言える人達になら話してもいいだろうと思ったらついつい語ってしまってちょっと反省だな。
ずっと抱えて生きてきたから話し始めると止まらないもんだ。
「いえ、俺の方こそ勝手に話し始めてすみませんでした。さぁ続きをしましょう」
「ぐすっ……ああ、大体はお前達が勝手に進めてくれた中で説明出来たからあとちょっとだ」
根津さんはぐいっと袖で涙やらを拭うとそう言った。
あれは後で染みになってしまいそうだな。
「あとは……武器についてと報酬について話しておこうか」
武器……あの時の刀は折れてしまったが良い刀だったな。
「まず武器についてだが、これは現実で作られた物……例えば銃だったり、剣だったりを外部から持ち込む事は出来ない」
「え……っていう事は素手で番人と戦えっていうんですかぁ?」
アマネが信じられないといった顔で口に手を当てている。
「いや、戦うのは番人だけじゃないぞ。迷宮には番人の手下とも言える夢魔達が多数巣食っているのが常だからな」
「それを素手で手懐けるのはちょっと無理っていうかぁ……」
アマネは出てくる敵を全部手懐けるつもりでいるらしい。
「まぁ話を最後まで聞け。迷宮で作られた物質についてはデータとして取得する事が出来る」
「うーん……ほな、もしかして迷宮産の武器なんかがあるっちゅう事ですか?」
「猿、お前は見た目と違ってなかなかお利口さんだな」
根津さんも俺と同じ事を思ったようだ。
あの猿はやっぱりなかなか切れ者だ。
「迷宮内は夢素と呼ばれる未解析の物質で満たされている。それがスキルを使える理由とされているのだが、その他にもその夢素が固定化されて武器の形をとることがあるんだ。それが何故だかは分からないが、迷宮の持ち主……つまり迷宮症候群患者の助けてくれという叫び、とも言われている」
「なるほど。患者さんが自分の迷宮を攻略して欲しくて探索者を手助けをしてくれていると?」
要が顎に手を当てながら推察を口にする。
「まぁそれが本当かどうかはまだ分かっていないが、患者の趣味や仕事なんかが色濃く出る部分だからそう思われているんだな。例えば元軍人の患者の迷宮には銃火器や爆薬なんかがよく出るし、ゲームが好きな少年の迷宮では魔法使いが使うような指輪だったり杖がよく出たりする」
「患者の叫び……なんだか分かるような気がします」
俺はそう言うと瑠璃は未だ攻略されていない迷宮でどんな叫びを上げているのかと考えた。
それが顔に出てしまっていたのか横のなずながそっと手を握ってくれた。
「ああ、ごめん。大丈夫だ」
「……というように、だ。どこかの迷宮から出現した武器や物質はデータとして取得して、他の迷宮でも使い回す事が出来る。ただし、現実世界ではただのデータだから使う事は出来ないがな」
「はーい、センセー! でも私達はそういった武器をまだ持ってないですよね? 結局最初は素手って事になりません?」
「誰が先生だ……いや、でも悪くないな……」
根津さんがちょっとニヤニヤしながら何かを呟いている。
あんまり近づきたくない人の顔をしているぞ。
「ごほん。まぁ安心していい。最初は試験で使った武器をそのまま使って良いことになっている。ただ、あれらは迷宮産ではなく人為的にデータを解析して作られたものだからそう高性能ではないがな」
「はぁー念の為に剣やら銃やら沢山身に着けててよかったわぁ」
猿が一安心というような顔をしている。でも俺の使っていた刀は折れてしまっているぞ……。
「あの、武器は夢素から作られたっていう話ですけど結局のところデータなんですよね? 壊れたり……しないもんなんですかね?」
俺が恐る恐る聞いてみる。データならすぐに修復したりも出来るだろうしな。
「ふむ。データはデータなんだが消耗するし、壊れたりもする。つまりはデータの破損らしいが、夢魔を切ったり武器を打ち合わせる度に夢魔側から侵食を受けているというのが原因らしい」
「はぁ、なるほど。それを直したりは出来るんですか?」
「残念ながら今の技術でそれをするには時間と金が掛かり過ぎる。つまり相当な事情がない限りは使い捨てという事だな」
という事は、俺はあの折れた刀で戦わないといけないのか?
「あ、そういえばなずなは何の武器を選んだんだ?」
「私はね、武器じゃないんだ。ティアラっていうかサークレットっていうか頭に着けるアクセサリにしちゃった。だって可愛かったんだもん……。りっちゃんはもちろん刀だよね?」
「お、おう。もちろんだ」
まぁ折れた刀、だけどな。
「報酬はそういった迷宮で取得した武器や道具を売る事で得られるほか、迷宮攻略の進捗についても都度支払われる。つまりは新しいセーブポイント……心の隙間を見つけた、とか番人を倒した、とかだな」
「おおっ! 探索者はかなり実入りがいいらしいし期待できそうやなぁ」
「はは、猿はやっぱり金目的か? 探索者は命という代償を支払っている以上、稼ぎもそれに見合ったものだから期待していいぞ」
「ひゃっほー! 毎日キャバクラで豪遊するんが夢やったんや」
いや、毎日行っていたら探索が進まないだろう……というツッコミは無粋か。
「期待しているところ悪いが新人のウチはそれなり、だからな。結局のところ強さがものをいうのさ」
根津さんが逸る猿を諌めているが猿は既に舞い上がっていてそれどころじゃなさそうだ。
「あとは攻略中の迷宮情報なんかはパソコンから専用サイト『探索者ネット』にアクセスする事で見ることが出来るし、相談員がここの建物の窓口にいるから新人のうちはそこで斡旋してもらうのが一般的だ。迷宮には攻略ランクがあって自分のランク以上の迷宮攻略は請けられない。新人はFランクスタートだから気をつけろよ。まぁこんなもんかな?」
根津さんは手に持っている資料に目を通して漏れがないかを確認しているようだ。
俺達が好き勝手進めてしまったようだから順番とかがめちゃくちゃなんだろうな。
「よし、それじゃ最後に迷宮に入るためのアダプターを配るぞ。これを着けていないと今後はこの建物に入る事も出来ないから失くさないように注意してくれ」
そういいながら根津さんが腕輪型の機械を一人一人に配ってくれた。
「横のボタンを三回押すと大きさがアジャストするようになっているからまずは装着してくれ」
そう言われたので俺は腕に通してボタンを三回押した。
するとシュンっといったように腕輪が縮んでピッタリと腕にフィットしてくれた。
横のなずなは腕が細すぎるのかぶかぶかといった感じだったけどボタンを押すと瞬時に腕のサイズに調整されていた。凄い技術力だな。
「さて、これで諸君も探索者の一員というわけだ! 特別な事情がない限り腕輪は外さない事を推奨する。これは心拍数や現在地なんかを計測していて探索者の安全を確保するものだったりもするからな」
「あのー、センセーは腕輪をしてないと思うんですけど探索者なんですよね?」
アマネが根津さんの手首に何もないことを指摘する。
「あぁ、ベテランにもなってくると独自に加工する人も多いんだよ。ちなみに俺はベルト型だ」
そういってスーツを少しまくって俺達に見せてくれた。
「ほら、なんだ……その……夜のスポーツをする時の状態なんかをわざわざ知られたくないだろ? だから特別な事情がある時に必ず外せるようベルト型にしているんだ。あっはっは」
「うわぁセンセーってばサイテーだね」
アマネが引きつった笑顔で辛辣な言葉を口にする。
うん、確かに合格者講習でする発言としてはサイテーか。
横のなずなは顔を赤くしているけど意味が分かっているんだな。
まぁもう俺達も21だから経験の1つや2つあってもおかしくはないか。
なずなからは彼氏がどうとか聞いたことがないけど、まぁわざわざ幼馴染に話す事でもないだろうからな。
俺は瑠璃の事で頭が一杯でそんな浮ついた話は一切ない。
というか瑠璃があの状態なのに俺が毎日楽しく過ごしていたら自分に罪悪感すら湧いてくるだろうしな。
「という事で、これで初心者講習は終わりとする! 今後よく分からない事があったら相談員に聞くか、探索者ネットにアクセスして俺や、他の先輩探索者に聞いてくれればいい。あとここや、探索で知り得た情報を一般の人に口外すると厳しい処罰が待っているから絶対にしないように。それじゃ解散!」
根津さんはサイテーな事を口走った後ろめたさからか一気に言い切ると講習を終わりにした。
猿は腕輪を興味深そうに指先でいじり、アマネは、んーっと伸びをしている。
要は試験の前に貰った資料を整理して鞄に入れているみたいだな。
そうやって皆を観察していると根津さんが近づいてきた。
「不破……妹さんの事、力になれなくてすまんな」
「いえ、理由にも納得しているんで大丈夫です。さすがに入った人全員が出てこれないとなると無理は言えませんよ」
「いや、違うんだ。妹さんの迷宮ランクはな……現在確認されている中では唯一の最高難度SSランクなんだよ」
「SSランク?」
そのランクがどういうものかは分からないけどその響きからは凄そうだ、という印象を受ける。
「ああ、自分のランク以上の迷宮攻略は受けられないとさっき言ったが、俺はSランクの探索者なんだ。だから潜りたくても潜ってやれなくてな」
「そう……だったんですね」
「まぁランク制が出来たのは5年程前だからその前なら潜れたが……その頃は俺もBランク辺りだったからな。ちなみに今SSランクの探索者なのはここの会長だけさ」
「会長……寅市さんだけという事ですか」
「そうだ。もしかして寅市さんと面識があるのか?」
「ええ。昔にちょっとだけ、ですけど」
妹の件があって、昔から探索協会の人と会う機会が多かったからな。
そしてその時、あの人に言われたんだ「妹を救いたければ強くなれ」と。
それからは狂ったように刀を振った。寅市さんと同じ師匠にも師事を仰いだ。
あれから少しは強くなれただろうか。
「そうか。あの人は確かに強いけどさすがに一人でSSランクの迷宮に入るのは自殺行為だからな。責めないでやってくれ」
「はい。もちろん分かっています」
俺は知っているんだ。
無言で飴をくれたあの探索者が……寅市さんの息子だって事を。
だから正直、申し訳ないって気持ちすらある。
こうして探索者になれた今……俺自身で必ず瑠璃の迷宮を……
そう考えた所で根津さんにガッと強く肩を掴まれた。正直痛いくらいだ。
「だから、待っていてくれ。俺はもうすぐSSランクになれる。そうしたら妹さんの迷宮に潜るつもりだ」
「えっ……!? 根津……さん」
「君が探索者になった理由も分かっているつもりだ。だけどな……早まらないでくれ。今、君が出来る事は強くなる事、それだけだ」
「…………はい」
「よし、ちゃんと伝えたからな! なんかあったら探索者ネットから俺に直接連絡をくれ。それじゃあな」
そういって根津さんは颯爽と部屋から出ていった。
早まらないでくれ……か。
その言葉は俺の胸に深く刺さった。
瑠璃……ごめん、もう少しだけ待っていてくれ。
俺は強くなって、必ず君を救うから。
そしたら舌っ足らずなその声でまた呼んでくれよ、おにちゃんってさ。
俺がそういうと部屋の中ではすすり泣くような音が聞こえた。
なずなとアマネの女の子コンビかな。
「ぞんな事どは知らずにずばん」
と思ったら目の前の根津さんが滂沱の涙を流していた。
鼻水くらいは拭いてほしいものだ。
ふと見ると猿と要も目頭を押さえていてちょっと申し訳ない気持ちになる。
この場にいる関係者とも言える人達になら話してもいいだろうと思ったらついつい語ってしまってちょっと反省だな。
ずっと抱えて生きてきたから話し始めると止まらないもんだ。
「いえ、俺の方こそ勝手に話し始めてすみませんでした。さぁ続きをしましょう」
「ぐすっ……ああ、大体はお前達が勝手に進めてくれた中で説明出来たからあとちょっとだ」
根津さんはぐいっと袖で涙やらを拭うとそう言った。
あれは後で染みになってしまいそうだな。
「あとは……武器についてと報酬について話しておこうか」
武器……あの時の刀は折れてしまったが良い刀だったな。
「まず武器についてだが、これは現実で作られた物……例えば銃だったり、剣だったりを外部から持ち込む事は出来ない」
「え……っていう事は素手で番人と戦えっていうんですかぁ?」
アマネが信じられないといった顔で口に手を当てている。
「いや、戦うのは番人だけじゃないぞ。迷宮には番人の手下とも言える夢魔達が多数巣食っているのが常だからな」
「それを素手で手懐けるのはちょっと無理っていうかぁ……」
アマネは出てくる敵を全部手懐けるつもりでいるらしい。
「まぁ話を最後まで聞け。迷宮で作られた物質についてはデータとして取得する事が出来る」
「うーん……ほな、もしかして迷宮産の武器なんかがあるっちゅう事ですか?」
「猿、お前は見た目と違ってなかなかお利口さんだな」
根津さんも俺と同じ事を思ったようだ。
あの猿はやっぱりなかなか切れ者だ。
「迷宮内は夢素と呼ばれる未解析の物質で満たされている。それがスキルを使える理由とされているのだが、その他にもその夢素が固定化されて武器の形をとることがあるんだ。それが何故だかは分からないが、迷宮の持ち主……つまり迷宮症候群患者の助けてくれという叫び、とも言われている」
「なるほど。患者さんが自分の迷宮を攻略して欲しくて探索者を手助けをしてくれていると?」
要が顎に手を当てながら推察を口にする。
「まぁそれが本当かどうかはまだ分かっていないが、患者の趣味や仕事なんかが色濃く出る部分だからそう思われているんだな。例えば元軍人の患者の迷宮には銃火器や爆薬なんかがよく出るし、ゲームが好きな少年の迷宮では魔法使いが使うような指輪だったり杖がよく出たりする」
「患者の叫び……なんだか分かるような気がします」
俺はそう言うと瑠璃は未だ攻略されていない迷宮でどんな叫びを上げているのかと考えた。
それが顔に出てしまっていたのか横のなずながそっと手を握ってくれた。
「ああ、ごめん。大丈夫だ」
「……というように、だ。どこかの迷宮から出現した武器や物質はデータとして取得して、他の迷宮でも使い回す事が出来る。ただし、現実世界ではただのデータだから使う事は出来ないがな」
「はーい、センセー! でも私達はそういった武器をまだ持ってないですよね? 結局最初は素手って事になりません?」
「誰が先生だ……いや、でも悪くないな……」
根津さんがちょっとニヤニヤしながら何かを呟いている。
あんまり近づきたくない人の顔をしているぞ。
「ごほん。まぁ安心していい。最初は試験で使った武器をそのまま使って良いことになっている。ただ、あれらは迷宮産ではなく人為的にデータを解析して作られたものだからそう高性能ではないがな」
「はぁー念の為に剣やら銃やら沢山身に着けててよかったわぁ」
猿が一安心というような顔をしている。でも俺の使っていた刀は折れてしまっているぞ……。
「あの、武器は夢素から作られたっていう話ですけど結局のところデータなんですよね? 壊れたり……しないもんなんですかね?」
俺が恐る恐る聞いてみる。データならすぐに修復したりも出来るだろうしな。
「ふむ。データはデータなんだが消耗するし、壊れたりもする。つまりはデータの破損らしいが、夢魔を切ったり武器を打ち合わせる度に夢魔側から侵食を受けているというのが原因らしい」
「はぁ、なるほど。それを直したりは出来るんですか?」
「残念ながら今の技術でそれをするには時間と金が掛かり過ぎる。つまり相当な事情がない限りは使い捨てという事だな」
という事は、俺はあの折れた刀で戦わないといけないのか?
「あ、そういえばなずなは何の武器を選んだんだ?」
「私はね、武器じゃないんだ。ティアラっていうかサークレットっていうか頭に着けるアクセサリにしちゃった。だって可愛かったんだもん……。りっちゃんはもちろん刀だよね?」
「お、おう。もちろんだ」
まぁ折れた刀、だけどな。
「報酬はそういった迷宮で取得した武器や道具を売る事で得られるほか、迷宮攻略の進捗についても都度支払われる。つまりは新しいセーブポイント……心の隙間を見つけた、とか番人を倒した、とかだな」
「おおっ! 探索者はかなり実入りがいいらしいし期待できそうやなぁ」
「はは、猿はやっぱり金目的か? 探索者は命という代償を支払っている以上、稼ぎもそれに見合ったものだから期待していいぞ」
「ひゃっほー! 毎日キャバクラで豪遊するんが夢やったんや」
いや、毎日行っていたら探索が進まないだろう……というツッコミは無粋か。
「期待しているところ悪いが新人のウチはそれなり、だからな。結局のところ強さがものをいうのさ」
根津さんが逸る猿を諌めているが猿は既に舞い上がっていてそれどころじゃなさそうだ。
「あとは攻略中の迷宮情報なんかはパソコンから専用サイト『探索者ネット』にアクセスする事で見ることが出来るし、相談員がここの建物の窓口にいるから新人のうちはそこで斡旋してもらうのが一般的だ。迷宮には攻略ランクがあって自分のランク以上の迷宮攻略は請けられない。新人はFランクスタートだから気をつけろよ。まぁこんなもんかな?」
根津さんは手に持っている資料に目を通して漏れがないかを確認しているようだ。
俺達が好き勝手進めてしまったようだから順番とかがめちゃくちゃなんだろうな。
「よし、それじゃ最後に迷宮に入るためのアダプターを配るぞ。これを着けていないと今後はこの建物に入る事も出来ないから失くさないように注意してくれ」
そういいながら根津さんが腕輪型の機械を一人一人に配ってくれた。
「横のボタンを三回押すと大きさがアジャストするようになっているからまずは装着してくれ」
そう言われたので俺は腕に通してボタンを三回押した。
するとシュンっといったように腕輪が縮んでピッタリと腕にフィットしてくれた。
横のなずなは腕が細すぎるのかぶかぶかといった感じだったけどボタンを押すと瞬時に腕のサイズに調整されていた。凄い技術力だな。
「さて、これで諸君も探索者の一員というわけだ! 特別な事情がない限り腕輪は外さない事を推奨する。これは心拍数や現在地なんかを計測していて探索者の安全を確保するものだったりもするからな」
「あのー、センセーは腕輪をしてないと思うんですけど探索者なんですよね?」
アマネが根津さんの手首に何もないことを指摘する。
「あぁ、ベテランにもなってくると独自に加工する人も多いんだよ。ちなみに俺はベルト型だ」
そういってスーツを少しまくって俺達に見せてくれた。
「ほら、なんだ……その……夜のスポーツをする時の状態なんかをわざわざ知られたくないだろ? だから特別な事情がある時に必ず外せるようベルト型にしているんだ。あっはっは」
「うわぁセンセーってばサイテーだね」
アマネが引きつった笑顔で辛辣な言葉を口にする。
うん、確かに合格者講習でする発言としてはサイテーか。
横のなずなは顔を赤くしているけど意味が分かっているんだな。
まぁもう俺達も21だから経験の1つや2つあってもおかしくはないか。
なずなからは彼氏がどうとか聞いたことがないけど、まぁわざわざ幼馴染に話す事でもないだろうからな。
俺は瑠璃の事で頭が一杯でそんな浮ついた話は一切ない。
というか瑠璃があの状態なのに俺が毎日楽しく過ごしていたら自分に罪悪感すら湧いてくるだろうしな。
「という事で、これで初心者講習は終わりとする! 今後よく分からない事があったら相談員に聞くか、探索者ネットにアクセスして俺や、他の先輩探索者に聞いてくれればいい。あとここや、探索で知り得た情報を一般の人に口外すると厳しい処罰が待っているから絶対にしないように。それじゃ解散!」
根津さんはサイテーな事を口走った後ろめたさからか一気に言い切ると講習を終わりにした。
猿は腕輪を興味深そうに指先でいじり、アマネは、んーっと伸びをしている。
要は試験の前に貰った資料を整理して鞄に入れているみたいだな。
そうやって皆を観察していると根津さんが近づいてきた。
「不破……妹さんの事、力になれなくてすまんな」
「いえ、理由にも納得しているんで大丈夫です。さすがに入った人全員が出てこれないとなると無理は言えませんよ」
「いや、違うんだ。妹さんの迷宮ランクはな……現在確認されている中では唯一の最高難度SSランクなんだよ」
「SSランク?」
そのランクがどういうものかは分からないけどその響きからは凄そうだ、という印象を受ける。
「ああ、自分のランク以上の迷宮攻略は受けられないとさっき言ったが、俺はSランクの探索者なんだ。だから潜りたくても潜ってやれなくてな」
「そう……だったんですね」
「まぁランク制が出来たのは5年程前だからその前なら潜れたが……その頃は俺もBランク辺りだったからな。ちなみに今SSランクの探索者なのはここの会長だけさ」
「会長……寅市さんだけという事ですか」
「そうだ。もしかして寅市さんと面識があるのか?」
「ええ。昔にちょっとだけ、ですけど」
妹の件があって、昔から探索協会の人と会う機会が多かったからな。
そしてその時、あの人に言われたんだ「妹を救いたければ強くなれ」と。
それからは狂ったように刀を振った。寅市さんと同じ師匠にも師事を仰いだ。
あれから少しは強くなれただろうか。
「そうか。あの人は確かに強いけどさすがに一人でSSランクの迷宮に入るのは自殺行為だからな。責めないでやってくれ」
「はい。もちろん分かっています」
俺は知っているんだ。
無言で飴をくれたあの探索者が……寅市さんの息子だって事を。
だから正直、申し訳ないって気持ちすらある。
こうして探索者になれた今……俺自身で必ず瑠璃の迷宮を……
そう考えた所で根津さんにガッと強く肩を掴まれた。正直痛いくらいだ。
「だから、待っていてくれ。俺はもうすぐSSランクになれる。そうしたら妹さんの迷宮に潜るつもりだ」
「えっ……!? 根津……さん」
「君が探索者になった理由も分かっているつもりだ。だけどな……早まらないでくれ。今、君が出来る事は強くなる事、それだけだ」
「…………はい」
「よし、ちゃんと伝えたからな! なんかあったら探索者ネットから俺に直接連絡をくれ。それじゃあな」
そういって根津さんは颯爽と部屋から出ていった。
早まらないでくれ……か。
その言葉は俺の胸に深く刺さった。
瑠璃……ごめん、もう少しだけ待っていてくれ。
俺は強くなって、必ず君を救うから。
そしたら舌っ足らずなその声でまた呼んでくれよ、おにちゃんってさ。
0
あなたにおすすめの小説
死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜
のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、
偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。
水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは――
古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。
村を立て直し、仲間と絆を築きながら、
やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。
辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、
静かに進む策略と復讐の物語。
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
転生先はご近所さん?
フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが…
そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。
でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる