迷宮症候群—Labyrinth Syndrome— <目覚めぬ最愛の妹を救うためならSSランクの迷宮だって攻略してやる>

梓川あづさ

文字の大きさ
7 / 9

絶望の足音

しおりを挟む
 合格者講習が終わった後、俺達はなんとなく集まって話をしていた。

「結局、なずなちゃんのスキルってなんなんやろうなぁ?」

 そう切り出した猿の顔は若干緩んでいる。
 キャバクラで豪遊するのが夢と言っていた事から女好きなんだろう。

「いや待て猿、お前はなずなのスキルというよりなずな自身に興味があるだけだろ」
「え、そうやけど?」

 俺はなずなへの距離を詰めようとする猿を牽制するも、それが何か?みたいな態度で来られると逆に返す言葉が見つからない。
 なずなは、と見ると顔をほんのり桜色に染めているから満更でもないのか?
 まぁそれなら俺が出しゃばる事でもないか。
 でもなずなが他の男と話しているのを見るとなんとなくイガイガした気持ちになるんだよな。

「まぁ確かに天堂さん……だっけ、のスキルも気になるけどみんな練習なりすれば何かしらのスキルを使いこなせるという事なんだろう」
「あら、要は自分が魔法を使えるからって随分と余裕ね」
「そういう神崎さんだって無意識的にだとしてもスキルを使ったんじゃないかな? 何も使わずにあのミノタウロスを手懐けられるとは思わないけど……」
「そう言われれば。……じゃあアタシのジョブは獣使いなのね!?」
「お、それならワイはクラフターやな!」

 アマネと猿がよく分からない事を言いだした。ジョブというと職業か?
 聞いてみるとどうやらゲームの中の設定らしい。
 俺はみんながするようなゲームはほとんど、というか全くやらずにひたすら剣を振っていたからどうもこういう話題には疎い。

「そうか、陸はゲームをやらないのだな。勿体無い。陸は刀を使ったといっていたから侍という事でどうだろうか?」

 要が何故か気を使って俺のジョブとやらを考えてくれた。

「お、侍っていうとぜになげやな!」

 猿が乗っかっているが何故侍が銭を投げるのかがさっぱり分からない。富豪なのか?
 どちらかといえば武士は食わねど高楊枝という言葉がある様に清貧せいひんなイメージだけど。
 何にせよこのゲームトークはしばらく続きそうだからその間になずなと話をしておこう。

「なぁ、なずなも探索者になったわけだけどこの先どうするつもりだ?」

 俺がそう聞くとなずなは不思議そうに首を傾げた。

「どうって、りっちゃんと一緒に迷宮に行けたらなぁって思ってるけど? それで最終的には瑠璃ちゃんの迷宮を、ね?」
「おい、隣に居たんだからさっきの話聞こえてたろ? 瑠璃の迷宮は最高難度SSなんだってよ」
「え、聞いてたよ? でもりっちゃんはそれでも瑠璃ちゃんを助けに行くでしょう?」
「それはそうだけど……」
「それなら私もやっぱり行くよ! 今までだってずっとりっちゃんと一緒に居たのに今更除け者にするの?」
「まさか! そんなつもりはないけど……やっぱり危険だろう」

 そういうとなずなは大げさなため息を吐いた。

「だからこそ私も行くって言ってるの! りっちゃんこそ聞いてた? 私は治癒系のスキルが使えるんだって。りっちゃんは無茶するから私が治してあげないと」

 なずなはそういって笑った。

 そうだった、昔からずっとこの笑顔に助けられてきたんだよな。
 学校では迷宮菌が移るって言われていつも一人だった。
 そんな俺に笑顔で手を差し伸べてくれたのもなずなだ。

「……わかったよ。でも俺が一緒に連れていけるって確信したらだからな。それまではさっき言われたみたいに簡単な迷宮で力を付ける。それでいいか?」
「うん、りっちゃん。分かったよっ」

 なずながそういうと、さっきまでゲームの話で盛り上がっていたはずの三人が静まりかえっている事に気がついた。

「うわぁ……ワイら見せつけられてるでぇ」
「これはお熱いねぇというしかないかな?」
「アタシはリア充爆発しろって思った。猿、爆弾ないの?」
「へい姉御。ただいまっ! ってあれは現実世界ではデータだったぁぁ」

 どうやら全部聞かれていたようだ。
 お熱いような事は言っていないつもりだけど冷やかされているのは分かるので少しバツが悪いな。

「じゃあ俺達はそろそろ帰るよ」

 繕うようにして俺はそう口にした。
 なずなはウチの二軒隣に住んでいるから一緒に帰ればいいだろう。

「はぁ、ワイの恋は始まる前に終わってもうたぁ……要、姉御、今日は祝勝会としてヤケ酒や!」

 祝勝会でヤケ酒を飲むのはどうかと思うが。
 俺となずなはみんなと探索者ネットでまたやり取りする約束をして会議室を出た。

「なずなは電車か? 俺はバイクだから後ろ、乗ってけよ」
「……うんっ」

 こうして試験を受けに来た俺達は無事、探索者となって家路に着くことが出来たわけだ。


「りっちゃん、送ってくれてありがとうね! 早速明日から探索行く?」
「うーん、出来ればすぐにでも行きたいけど……まぁ後で連絡するよ。一人で探索したりするなよ?」
「もう、分かってるって! じゃあね」

 そういってなずなが家に入るのを見届けて俺も家に帰った。
 帰宅してまずしなくちゃならないのは瑠璃の状態を確認する事だ。
 ずっと同じ体勢で寝かせておくと褥瘡じょくそう、つまり床ずれになるかもしれないからな。

「入るよ」

 もちろん瑠璃には聞こえていないだろうが、毎回声を書けるのはマナーだ。
 部屋に入るとシン、とした部屋の中で瑠璃が眠っている。
 俺は机の上からくしを取ると、瑠璃を抱え起こして髪をかす。

 瑠璃が眠りについたのは5歳の時。そして今はもう18になる歳だ。

 不思議な事に、瑠璃は食事も点滴もしていないがキチンと成長を続けた。
 そのおかげであんなに幼かった瑠璃も今では立派な女性だ。
 俺は髪を梳かし終え、瑠璃をゆっくりと枕に戻す。

「瑠璃……兄ちゃんな、探索者になったんだ。だからもう少しだけ待っていてくれよ。俺が必ずお前を……」

 そう言った所で不意に右の手首に着けたアダプターが振動を始めた。
 カタカタ……という振動はどんどんと激しくなっていく。

「ま、まさかこれはっ!?」

 そう叫んだ瞬間————俺の意識は消失した。


          *


 目覚めるとそこは深い森の中だった。
 右眼の視界の端っこに何かが映っているのでそこを注視してみると文字や数字が書かれた半透明のウインドウが表示された。
 これは根津さんが言っていたステータスと言われるものではないだろうか?

【名 前】不破陸
【レベル】1
【体 力】140/140
【夢 力】33/33
【攻撃力】29
【防御力】12
【心拍数】110
【消費カロリー】27kcal
【迷宮所有者】不破瑠璃
【所持スキル】光刃<Lv.1>

 消費カロリーだと……くそ、こんなものを知った所で何の役に立つっていうんだ。
 それよりも迷宮所有者が不破瑠璃となっているな。
 それじゃここはあの最高難度SSランクだという瑠璃の迷宮だっていうのか?
 未だ誰も帰って来ていない瑠璃の……そう考えた瞬間、体中に震えが走った。

 でも考えてみればこれはチャンスじゃないか。
 ここで俺が攻略してしまえば瑠璃は助かるんだ。
 そもそも出る方法が分からないんだから……

「やるしかないか」

 声に出して呟くことで俺は自分に喝を入れた。
 とりあえず周りを見渡してみるとやはり森の中……だな。
 木々の間から何か高い建物のような物が見えている。
 とりあえずあそこを目指そう。
 そう決めた俺は周囲に警戒しながらゆっくり歩き始めた。

 森の中は暗い。それは分かるのだがなぜか視界は良好だ。
 まぁここは迷宮の中だからそういう事もあるんだろう、と無理矢理納得はしたけど何か変な感じだ。
 そういえば確か迷宮の中には夢魔という敵が現れるんだったな。
 とはいえ俺は現在無手そのものだ。どうしたもんか。

 試験で使った武器はそのまま使っていいって話だったけど……そう考えた俺はステータスとは逆、左目の視界の端に映っているを注視した。
 すると目の前に半透明のウィンドウが広がり、リストが表示された。
 そこには無銘刀と略刀体の文字がしっかりと書かれていた。
 これは所持品リスト、という事で間違いないだろう。
 どうすれば実体化するのだろうか。
 とりあえずウィンドウを呼び出す際やっているように視線を無銘刀に集中してみると、右手首のアダプターに軽い衝撃を感じた後、何かが地面に落ちた。
 リストから視線を外して落ちた物を確認すると、確かに俺が試験で使っていた刀だった。
 どうやらやり方は合っていたらしい。

 続いて略刀帯も呼び出すと、体に巻き付けて刀を固定する。
 刀を鞘からゆっくり引き抜いてみるとそれはやっぱり折れていた。
 実は治ってないかな、とちょっと期待していたんだが。
 恐らく元は70センチほどだった刃が今は半分以下になっている。
 まぁ脇差わきざしと考えて使えば使えない事もないか。なにより無手よりはマシだ。
 よし、これで今出来る限りの準備が出来た。

 そんな俺の準備を待ち構えていたかのようにガサッという音を立てて右側の茂みが揺れた。
 咄嗟にバックステップを踏んで後ろに飛ぶと何かが勢いよく飛び出してきた。
 一撃で獲物を仕留められなかったのが気に入らないのか低い唸り声を上げている。

「狼!? いや、これが……夢魔か」

 俺は思わず呟いてしまった。
 低い唸り声で震える空気、そして張り詰めた緊張感。まさに現実世界そのものだ。
 汗が頬、そして顎を伝って地面に落ちる。
 それが合図となったか俺と狼は同時に飛び出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

転生先はご近所さん?

フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが… そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。 でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

処理中です...