御者転生 〜俺が勇者より強いのはわかったから、そんなことより人を運ばせてくれ〜

梓川あづさ

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ロッカの街〜アイオール皇国

第22話 もっとみんなを頼っていい

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 フィズが熱にうなされていたその夜。
 俺は村の外にいた。
 なんでかって、そりゃ魔獣の襲撃があったからだ。

 そいつらを片手間で殴り倒しながらなんとなく気付いた事があった。
 いつも襲撃を受けるのはリリアが馬車の外にいる時ばかりだ。
 もしかしたらリリアが馬車の中にいれば【生贄】の効果は発動しないんじゃないだろうか?と。

「とりあえず明日から試してみるか」

 そんな事を呟きながら、俺は最後の魔獣の横っ面を殴り飛ばした。

 村長の家に戻ると、リリアが震えていて、その側には暗い顔をしたミルカが控えていた。

「お、おう。戻ったぞー」
「っ! カケルさん、大丈夫でしたかっ!?」
「ああ、いつも通りなんの問題もなかったよ」

 俺は出来る限り明るい調子でそういった。
 また自分のせいだと思っていそうだったからな。

「すまない、本来ならば私が守らねばならないのに……」
「何言っているんだ、ミルカはもう近衛をクビになったんだろ?」
「ク、クビではないッ! 自分から辞めたのだ!」
「まぁどっちにしてもそれだったら守る義務はないんじゃないか?」

 そんな俺の言葉にミルカは顔をさらに曇らせた。

「そうだな……確かにそれはそうかもしれない。しかしッ、私の姫様への思いはそんな立場などまるで関係ないのだッ!!」
「もう少し肩の力を抜けよ」
「えっ?」

 俺の言葉にミルカは驚いた顔をした。

「自分が守らないといけない、なんて思い込まなくてもいいだろう。ここには俺がいるし、ジャックもローズも、フィズだっている。みんなそこらの魔獣には負けないくらいに強いぞ?」
「フ、フィズちゃんもだと!?」
「ああ。フィズだって熱さえ下がれば、キングボアくらいは顎パッカーンで一発KOだ」
「あのキングボアを一発、だと……?」
「もっと頼っていいんだぞ? 俺は自分の乗客は必ず守ると決めているしな」
「…………そうか、わかった。私はどこか心の中で君をことを侮っていたようだ」
「ほう?」
「普通の御者には乗客を守る力なんてないし義務もない。君は強いようだけど、危なくなれば結局最後は姫様を置いて逃げるんじゃないか、なんて思っていたのだ」
「確かにそれは俺を、というより御者という仕事を侮られている気がするな」
「だから謝罪させてもらいたい! そして正式にお願いする、姫様を国まで守ってくれ! 元近衛としては悔しいけれど……御者の君はどうやら私よりも遥かに強いようだから……」

 ミルカは頭を深く下げてそんなお願いをしてくる。
 けど、俺は言われなくてもそうするつもりだしな。

「結局は得手不得手の問題なだけなんだよ」
「なに?」
「俺も馬車はひけないし、空だって飛べない。人を治すことも出来なきゃ家具も作れない。おまけに料理だってダメダメだ。だからできない事はみんなに頼ってる。なんでもできて俺TUEEEして無双するだけなんてくそつまらないじゃないか。だからミルカもそれでいいんだぞ。お前にしかできないことだってきっとあるだろう? 結局、俺にできるのは人を運ぶことだけだ」
「できるのは人を運ぶことだけって……そんな事はないように見えるが。でも、私にしかできないことか……見つかるだろうか?」
「見つかるわけないだろう」
「……っ!!」
「そんな暗い顔してうつむいてたら見つかるわけがない。下に落ちてるわけじゃないんだから顔をあげていけよ」
「……ああ。そうする……そうしてみるよ!」

 さて、陰気臭い顔をしていたミルカが元気を取り戻したようなので、俺はさっさとフィズの所に行かせてもらおう。
 柄にもないことを喋りすぎたからなんかこっ恥ずかしいし。

「入るぞー」

 俺は一応声をかけてから部屋に入る。
 裸くらいは何度も見ているけど、それでもこれはマナーだ。
 部屋に入ると、フィズは見られちゃいけない事をしていた……なんて事はなくて。
 やっぱりベッドの上でうんうん、とうなされているようだ。

 この世界には体温計なんてものはない。
 だからこうやって手をおでこに当てて測るしか……測るしか……。

「はぁっ?」
「あ、ご主人さま……おかえり」
「あ、ああ。それよりフィズ、体調はどうだ?」
「もう、平気……なの、よ」
「いや平気じゃないだろう……汗すごいぞ? それに……」
「それ、に?」

 俺はこれを言っていいものかどうか悩んだ。
 まぁどうなろうがフィズはフィズだし、それはこれからも変わらないからいいか。

「あのさ、フィズ……おでこに角が生えてきてるぞ?」
「ふぇっ!?」

 フィズはのろのろとした動きで自分の額を弄ると、角の突起を見つけたらしい。

「あ、本当だぁ」
「フィズの種族……スレイプニルは成長すると角が生えるのか?」

 そう聞くとフィズは「うーん……」と考え、仲間を思い浮かべているようだ。
 それから「……生えない」といった。

 ならどういうことだろう?
 俺が鞭で叩いたことで人間に変化したばかりじゃなく元からの種族まで変えてしまったのだろうか?
 もしそうだったとしたらなんか申し訳ないな。

「ううん、ご主人さまのせいじゃ……ないんだから、ね?」
「そ、そうなのか?」
「フィズもおかしいなぁ……ってずっと思ってたのよ」
「おかしいっていうのは?」
「やっぱあの色のお父さん、お母さんからフィズみたいな色の子が生まれるなんてないよなぁって」
「ああ、そういうことな」

 確かにあそこにいた馬はフィズを除けばみんな黒に近い色をしていたな。

「だからこれが生えてきたならむしろ納得……なのよ」

 フィズは角を触りながら寂しそうにそういった。

「フィズはスレイプニルじゃないのね。あのお父さんとお母さんの子じゃ……ないのね」
「フィズ……」

 俺はフィズの頭をゆっくりと撫でた。

「で、でも今はご主人さまがいて、ジャックがいてローズがいて……あとリリアもミルカもいるから幸せなんだからねっ! 悲しくなんてないんだからっ!」
「うん」
「だから……フィズの隣にきて。今はもうちょっとだけ頭を撫でなさいよ……」

 俺はフィズと同じベッドに入ると、頭を胸の中に抱え込んで、その桃色の髪をそっと撫で続けた。
 時折、角が胸に刺さって痛かったけど、フィズの気が済むまで頭を撫で続けた。
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