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ロッカの街〜アイオール皇国
第29話 獅子身中の虫
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「そう……それじゃあミノムシのように簀巻きにされている時に助けてもらったのね」
「はい、お母様……」
どうやらこの国の皇女殿下だったらしいセフィーとその母君が感動の対面をしている。
場所はなんと俺の馬車の中だ。
親子の感動の再開を邪魔したくないので、セフィーを送り届けたら街に戻ると伝えた。
しかし城の中よりも馬車の方が安全だと押し切られ、こうなってしまった。
あんな堅牢そうな城の中よりも馬車のほうが安全なわけないと思うんだがな。
セフィーに話を聞いた母君——ラフィリス様というらしい——はスッと椅子から立ち上がると、セフィーの後ろに控えていた俺たちになんと頭を下げた。
こういう偉い人っていうのはなかなか頭は下げないような気がするけど、そうでもないのかな。
「この度は娘を助けて下さっただけではなく、ここまで無事に送ってくださりありがとうございました」
「いえ、とんでもないです。こちらこそセフィー……セフィラス様には世話になりまして……」
俺がそういうとセフィーは指を唇にあてて『しー』というポーズを取った。
「セフィーが世話をするとはどういうことでしょうか? まさかあなた……伽の相手を!?」
「お母様っ! そんなわけないじゃないですかっ!」
セフィーは顔を真っ赤にして、顔の前で手をわたわたさせている。
伽っていうのはつまり……そういうことだよな?
まだ十にもなっていない少女にまさか手を出すわけがないだろうに。
いや、十になればいいってワケじゃないんだけどな。
「ではどういったことですか?」
「……人です……」
「ハッキリとなさい!」
「しょ、商人をさせて頂きましたっ!」
そのセフィーの言葉にラフィリス様は目を白黒させている。
「商……人? あなたがなりたいと言い続けていた、あの?」
「はい。わたしがカケルさんに夢を語ったところ、ここに来るまでの間だけ叶えてくれる、と」
「……そう、でしたか。その夢は私には叶えてあげられないものね。カケルさんというのね? 娘の夢を叶えて頂いたあなたには重ねてお礼を」
「いえ、少しだけ夢を見て頂いただけですから」
そう、きっと同じ夢でも叶えるほうではなく見る方の夢だったな。
人が見る夢をきっと儚いというんだろう。
だからセフィーの夢もここに帰ったことで儚く散ってしまったということになる。
「そうだ、ここまでで稼いだ利益分を渡さないといけませんね。王女様の小遣いにも満たないかもしれませんが——」
そういって金貨を取り出そうとすると、セフィーは今にも泣き出しそうな顔をした。
そして口を開くとポツリといった。
「それは……受け取れません」
「どうしてだ……いや、どうしてですか?」
「それを受け取ってしまうとわたしはもう皆さんの仲間ではなくなってしまいます」
「…………」
「それとお願いがあります」
「お願い……ですか?」
「はい。どうかいつも通りの喋り方をしてもらえませんか?」
セフィーはもうほとんど泣いていた。
そうか、こういう喋り方をすることで距離を感じさせてしまっただろうか。
「わ、わかった。ここでだけはそうしよう。それでいいですか?」
「ええ。セフィーが願うならば、そうしてあげてください」
一応ラフィリス様に許しを乞うたから平気、かな。
「そう、あなたが商人として利益をあげたのね? それは素晴らしいことね」
「全てはカケルさんがいたからです。それにこの馬車があって、驚くほどの量を運べたからです。そしてそれをひいてくれたフィズさんが、守ってくれたジャックさん、ローズさん、それにミルカさんがいて。いつも美味しい料理を作ってくれるリリアさんもいたからです」
「そう、素敵な旅をしてきたのね」
ラフィリス様は目を細めて我が子を見つめている。
「はい。だからそんなみんなの中で、わたしにもできることがあって……よかった、です」
「別れたくないのね?」
「…………はい。でもわたしは皇女だから……家のことを、国のことを考えるとそういえないのも分かっています」
「ええ、そうね」
「もうあと五年もしたら私はレイダス帝国に嫁ぐのですよね?」
「…………その話なのですけど……」
ちらりとラフィリス様が俺たちに視線を送ったのは、聞かれたくない話ということだろうか。
「じゃあ俺たちは外に出ていようか……」
「いやっ! カケルさんも聞いていて欲しい」
「……ふぅ、いいでしょう。あなたは言い出したら聞かない子ですものね」
ラフィリス様は溜め息をつきながらも俺たちの同席を許してくれたようだ。
いや、でも重大な話ならむしろあんまり聞きたくないんだが……。
「では……あなたの婚約はなくなりました」
「……? …………えぇっ!?」
セフィーは一瞬理解が及ばなかったかぽかんとした顔をして、それから盛大に驚いた。
「どうして……あっ、まさかわたしが盗賊にさらわれたからですか?」
「そうです。それを理由にレイダス帝国は婚約を破棄してきました」
「つまり手篭めにされた可能性を考えて?」
「……理由としてはそういうことになるのでしょうね」
「ではここまでがあの人の描いた絵なのでしょうか?」
ほら、聞きたくなさそうな単語が出てきたぞ。
それにしてもセフィーはちょっと賢すぎる気がするな。
人生何周目なんだ?ってくらいだ。
「こら、セフィー。口に出してはいけません。それに今はそこまでは断定できません」
「でもお母様、盗賊たちは我が国の剣を所持しておりましたよ?」
「……そう、ですか。頭を隠して尻隠さずというところでしょうか。ではその盗賊を尋問すれば何か分かるかもしれませんね」
「あの者達はリベールのロールヒルという街で官憲に引き渡しました」
「隣の国となると少し時間がかかるかもしれませんね……」
俺は目の前で繰り広げられるよく分からない話をぼーっと聞いていた。
いや、俺が最初にいた国はリベールっていうんだなぁなんてはじめて知る程度には聞いていたはずだ。
それなのになんで……。
「お母様、ではわたしはカケルさんたちと一緒に行ってもよいでしょうか?」
「…………いいでしょう。でもカケルさんがいいと言えば、ですよ」
「ねぇ、カケルさん。わたしも一緒に行っていいでしょうか?」
なんでそうなっちゃうんだ!?
「そ、それは……というか何故そうなるんだ?」
「聞いていませんでしたか?」
「いや、聞いていてなお分からないんだが……」
「そうですか……」
セフィーはそういうと俺にこの国の現状を説明してくれた。
今は次代皇位争いの真っ最中らしい。
そしてセフィーは帝国との同盟を最重視する第一皇子派なんだそうだ。
対して、皇位を争っている渦中の第二皇子は帝国ではなくランディス連邦を支持している。
セフィーは帝国との結びつきをより強固にするために帝国側へ嫁ぐはずだったが、おそらく第二皇子の手引であろう盗賊に襲われ、結果として婚約を破棄させられた、ということだった。
「つまり獅子身中の虫、なのですよ」
ラフィリス様が静かな声でそういった。
つまり敵は獅子……つまり獅子城の中にいる、ということか。
「だから迂闊に城へ戻れないのです。もう婚約を破棄されているのであれば用済みかもしれませんが……」
セフィーはなぜか嬉しそうにそんなことをいっている。
家のために結婚をするといっていたから心の底では嫌だったのだろうが。
「ですので、城の中よりも安全な馬車で旅を続けたいのです。せめて国内が落ち着くまでの間だけでもいいので、わたしをもう一度馬車に乗せてもらえませんか?」
「はい、お母様……」
どうやらこの国の皇女殿下だったらしいセフィーとその母君が感動の対面をしている。
場所はなんと俺の馬車の中だ。
親子の感動の再開を邪魔したくないので、セフィーを送り届けたら街に戻ると伝えた。
しかし城の中よりも馬車の方が安全だと押し切られ、こうなってしまった。
あんな堅牢そうな城の中よりも馬車のほうが安全なわけないと思うんだがな。
セフィーに話を聞いた母君——ラフィリス様というらしい——はスッと椅子から立ち上がると、セフィーの後ろに控えていた俺たちになんと頭を下げた。
こういう偉い人っていうのはなかなか頭は下げないような気がするけど、そうでもないのかな。
「この度は娘を助けて下さっただけではなく、ここまで無事に送ってくださりありがとうございました」
「いえ、とんでもないです。こちらこそセフィー……セフィラス様には世話になりまして……」
俺がそういうとセフィーは指を唇にあてて『しー』というポーズを取った。
「セフィーが世話をするとはどういうことでしょうか? まさかあなた……伽の相手を!?」
「お母様っ! そんなわけないじゃないですかっ!」
セフィーは顔を真っ赤にして、顔の前で手をわたわたさせている。
伽っていうのはつまり……そういうことだよな?
まだ十にもなっていない少女にまさか手を出すわけがないだろうに。
いや、十になればいいってワケじゃないんだけどな。
「ではどういったことですか?」
「……人です……」
「ハッキリとなさい!」
「しょ、商人をさせて頂きましたっ!」
そのセフィーの言葉にラフィリス様は目を白黒させている。
「商……人? あなたがなりたいと言い続けていた、あの?」
「はい。わたしがカケルさんに夢を語ったところ、ここに来るまでの間だけ叶えてくれる、と」
「……そう、でしたか。その夢は私には叶えてあげられないものね。カケルさんというのね? 娘の夢を叶えて頂いたあなたには重ねてお礼を」
「いえ、少しだけ夢を見て頂いただけですから」
そう、きっと同じ夢でも叶えるほうではなく見る方の夢だったな。
人が見る夢をきっと儚いというんだろう。
だからセフィーの夢もここに帰ったことで儚く散ってしまったということになる。
「そうだ、ここまでで稼いだ利益分を渡さないといけませんね。王女様の小遣いにも満たないかもしれませんが——」
そういって金貨を取り出そうとすると、セフィーは今にも泣き出しそうな顔をした。
そして口を開くとポツリといった。
「それは……受け取れません」
「どうしてだ……いや、どうしてですか?」
「それを受け取ってしまうとわたしはもう皆さんの仲間ではなくなってしまいます」
「…………」
「それとお願いがあります」
「お願い……ですか?」
「はい。どうかいつも通りの喋り方をしてもらえませんか?」
セフィーはもうほとんど泣いていた。
そうか、こういう喋り方をすることで距離を感じさせてしまっただろうか。
「わ、わかった。ここでだけはそうしよう。それでいいですか?」
「ええ。セフィーが願うならば、そうしてあげてください」
一応ラフィリス様に許しを乞うたから平気、かな。
「そう、あなたが商人として利益をあげたのね? それは素晴らしいことね」
「全てはカケルさんがいたからです。それにこの馬車があって、驚くほどの量を運べたからです。そしてそれをひいてくれたフィズさんが、守ってくれたジャックさん、ローズさん、それにミルカさんがいて。いつも美味しい料理を作ってくれるリリアさんもいたからです」
「そう、素敵な旅をしてきたのね」
ラフィリス様は目を細めて我が子を見つめている。
「はい。だからそんなみんなの中で、わたしにもできることがあって……よかった、です」
「別れたくないのね?」
「…………はい。でもわたしは皇女だから……家のことを、国のことを考えるとそういえないのも分かっています」
「ええ、そうね」
「もうあと五年もしたら私はレイダス帝国に嫁ぐのですよね?」
「…………その話なのですけど……」
ちらりとラフィリス様が俺たちに視線を送ったのは、聞かれたくない話ということだろうか。
「じゃあ俺たちは外に出ていようか……」
「いやっ! カケルさんも聞いていて欲しい」
「……ふぅ、いいでしょう。あなたは言い出したら聞かない子ですものね」
ラフィリス様は溜め息をつきながらも俺たちの同席を許してくれたようだ。
いや、でも重大な話ならむしろあんまり聞きたくないんだが……。
「では……あなたの婚約はなくなりました」
「……? …………えぇっ!?」
セフィーは一瞬理解が及ばなかったかぽかんとした顔をして、それから盛大に驚いた。
「どうして……あっ、まさかわたしが盗賊にさらわれたからですか?」
「そうです。それを理由にレイダス帝国は婚約を破棄してきました」
「つまり手篭めにされた可能性を考えて?」
「……理由としてはそういうことになるのでしょうね」
「ではここまでがあの人の描いた絵なのでしょうか?」
ほら、聞きたくなさそうな単語が出てきたぞ。
それにしてもセフィーはちょっと賢すぎる気がするな。
人生何周目なんだ?ってくらいだ。
「こら、セフィー。口に出してはいけません。それに今はそこまでは断定できません」
「でもお母様、盗賊たちは我が国の剣を所持しておりましたよ?」
「……そう、ですか。頭を隠して尻隠さずというところでしょうか。ではその盗賊を尋問すれば何か分かるかもしれませんね」
「あの者達はリベールのロールヒルという街で官憲に引き渡しました」
「隣の国となると少し時間がかかるかもしれませんね……」
俺は目の前で繰り広げられるよく分からない話をぼーっと聞いていた。
いや、俺が最初にいた国はリベールっていうんだなぁなんてはじめて知る程度には聞いていたはずだ。
それなのになんで……。
「お母様、ではわたしはカケルさんたちと一緒に行ってもよいでしょうか?」
「…………いいでしょう。でもカケルさんがいいと言えば、ですよ」
「ねぇ、カケルさん。わたしも一緒に行っていいでしょうか?」
なんでそうなっちゃうんだ!?
「そ、それは……というか何故そうなるんだ?」
「聞いていませんでしたか?」
「いや、聞いていてなお分からないんだが……」
「そうですか……」
セフィーはそういうと俺にこの国の現状を説明してくれた。
今は次代皇位争いの真っ最中らしい。
そしてセフィーは帝国との同盟を最重視する第一皇子派なんだそうだ。
対して、皇位を争っている渦中の第二皇子は帝国ではなくランディス連邦を支持している。
セフィーは帝国との結びつきをより強固にするために帝国側へ嫁ぐはずだったが、おそらく第二皇子の手引であろう盗賊に襲われ、結果として婚約を破棄させられた、ということだった。
「つまり獅子身中の虫、なのですよ」
ラフィリス様が静かな声でそういった。
つまり敵は獅子……つまり獅子城の中にいる、ということか。
「だから迂闊に城へ戻れないのです。もう婚約を破棄されているのであれば用済みかもしれませんが……」
セフィーはなぜか嬉しそうにそんなことをいっている。
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