御者転生 〜俺が勇者より強いのはわかったから、そんなことより人を運ばせてくれ〜

梓川あづさ

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ロッカの街〜アイオール皇国

第34話 馬車メテオ

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 低い体勢で肩を突き出しながら突っ込んできた鉄巨人。
 俺は巨人のその殺意を体全体で受け止めた。

 ドスンという重い衝撃を受けて、思わずひっくり返りそうになったがどうにかこらえる。
 鎧の表面に触れた手が、胸が、爆ぜたように熱を持ち、すぐにでも離れてしまいたいほどだ。

「ぐあぁぁぁっ! で、でもそんなわけには……行かねぇんだ……ッ!」

 叫ぶことで自分に喝をいれ、全身を使ってどうにかその巨体を押しとどめようとする。
 しかし質量差が大きいからか、俺の体はズルズルと後ろへと押されていく。
 じわり、と溢れた俺の血が鉄巨人の鎧をつたって、地面に赤い花を咲かせる。
 鉄臭い花畑の中でラッセル車のような鉄の塊とランデブー。
 そんなの願い下げだ。

「オラァッ!!」

 俺は地面を強く踏みしめ、自分の足を杭にするかのように地面へと突き刺した。
 これで少しは堪えられるだろうと思った俺の考えを裏切るように、杭となった足が地面を深くえぐり取りながら少しずつ押されて行く。
 信じられないエネルギーだ……でも最初の勢いはもう残ってはいない。
 やがて運動エネルギーは枯渇を迎え、巨体は俺の眼前でぴたりと止まった。

「ふう、なんとかギリギリ止まったか……」

 そう呟く俺のすぐ真後ろには馬車があった。
 地面には三十メートルほどの真っ直ぐな線が引かれている。
 それだけの距離を押されていた、ということだろう。

「くっ……」

 俺は鉄巨人の鎧から手を引き剥がす。
 ベリベリ、というような音がしたから手がどうなってしまっているのか見るのが怖い。

「ゴアァァァァァッ!!」

 鉄巨人は全力タックル(トゲ付き)を止められたのが気に入らないのか叫び声をあげた。
 そして右手に持った剣を振り上げて、上段から叩きつけてくる。

「おっと…………っ!」

 俺がその場を飛び退いてかわすと、目標を失った剣はそのままの勢いで馬車を強かに打った。
 しまった、馬車が壊される!と思った次の瞬間……ガギンッという大きな音が響いて、巨人は大きく後ろに弾かれた。
 馬車には傷一つついていない。

「ほら見ろ! やっぱりあの馬車はあんなもんじゃ傷付かねぇんだよ!」

 ゴンザさんのそんな声が耳に届いた。

「あ、みんなまだここに居たのか……危ないからちょっと離れていてくれ!」

 馬車の周りにいたみんなにそう声をかけると、俺は馬車を小さくしてポケットにねじ込む。

「マスター! 大丈夫でしたか!?」
「ああ、なんとかな。ジャックこそ頭の怪我は大丈夫か?」
「ええ。もう止血も済んでおりますゆえ……」
「そうか、じゃあ無理をいってもいいか?」
「もちろんですとも。その為に私はいるのですから」


 自分の剣を弾かれた事に驚いたのか動きを止めていた鉄巨人が、再び俺たちを叩き潰さんと動きはじめた。

「それじゃあ頼むぞ、ジャック!」
「お任せくださいッ!」

 そう強く応えてくれたジャックの両手にはメイスという武器が握られている。
 武器がないジャックに馬車から取り寄せて、持たせておいたのだ。

「それでは、行きます」

 ローズは短くそういうと俺の体を抱きながら空へと飛び上がった。
 それを見ていた鉄巨人は、そうはさせまいと剣を投げ飛ばしてくる。

「くそ、それは想定外だ……。あ、そうだ! こんな使い方……出来るか!? いや、やるしかない!」

 俺は両手を突き出して、くるくる回転しながら迫ってくる剣を迎え入れる。
 集中してその動きを見極め——。

「ここだっ!!」

 その剣に触れた瞬間、俺は叫んだ。
 すると、圧倒的な破壊力を持っていたであろう剣が、俺の前から突如消失した。

「マスター……な、何をしたんですか!?」
「ああ、ちょっとあの剣を馬車に収納してやったんだ」

 俺を抱きながら飛んでいるローズにそう説明すると、少し驚いて「流石です」と褒めてくれた。

「では、ついでに体を治しておきますね。その姿はちょっと見ていられません……」
「お、おう……そんなひどかったか」

 ローズによる回復魔法を受けながら、俺はさらに上昇を続ける。
 地面ではジャックが必死に鉄巨人の動きを釘付けにしてくれているのが見えた。
 この作戦はジャックが肝だから頑張って貰わないとな。

 それからさらに上空へいったところで、ローズへ声をかける。

「ま、この辺でいいだろう。さぁローズ、手を離してくれ」
「な、何を言っているのですか?」
「これくらいの高さなら落ちても死ぬことはないだろ。今の俺はかなり頑丈みたいだしな」
「し、しかし……」
「残念だな、俺を信じてくれないのか」
「……さあ、では行きますよ! マスター!!」

 ローズは素晴らしい気持ちの切り替えを見せてすぐに手を離してくれた。
 こうして俺は一度目、二度目の人生を合わせても初となるスカイダイビングをする。
 もちろんパラシュートはなしだ。

「うおお、すげえスピードだ……」

 俺は冷静にそんな事を考えながらポケットから馬車を取り出すと、大きくしてその上に乗った。
 そうしている間にぐんぐん地面が近づいてくる。

「ジャック! 離れろ!」

 俺がそう叫ぶとジャックは鉄巨人を攻撃していた手を止めて、サッと距離を取った。
 そして次の瞬間、隕石のような馬車が鉄巨人を押しつぶした。

「どうなったっ!?」

 俺は確認するために馬車の上から飛び降りた。
 上空から落ちてちょっと足が痛いくらいで済むなんてやっぱり頑丈に出来ているようだな。

 馬車の下を覗き込むと、鉄の鎧を着た巨人は自分より硬い馬車に潰され胴体と下半身とが泣き別れになっていた。

「うわ、ちょっとグロことをしちゃったな……」

 そう思いながら薄目で巨人を見ると、血が出ていない。
 目を開いてよくみると、鎧の中はがらんどうだった。
 中身が逃げたわけでもなさそうだから鎧がそのまま動いていたということだろうか?
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