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ロッカの街〜アイオール皇国

サイドストーリー ゼルディアの暗躍

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 アイオール皇国の象徴ともいえる獅子城の三階。
 ゼルディアの執務室の扉がノックされ、兵士が部屋に入ってくる。
 その顔は暗く沈んでおり、これからなされる報告がいいものではない事がすぐに分かるほどだった。


「何っ!? セフィラスがロールヒルの街で目撃されただと?」
「はい、街に潜ませている間者からの報告ですので間違いないかと」

 報告にきた兵士は身を縮こませながらそんな報告をした。

「一体どういうことだ!?」

 ゼルディアは苛立ちを顕にして机を叩く。

「既にセフィラスはさらって殺した、という連絡が来ていたはずだぞ!?」
「間者からの報告をまとめたところ、奴らが身も心も盗賊に成り下がってしまった結果ではないかと考えられます」
「つまり偽ってセフィラスを生かし、奴隷商にでも売ろうとしたのか……? あの馬鹿どもめが!」

 ギリギリと音を立てながら握られる拳は、血が滲みだしそうなほどの強さで握られている。
 それはゼルディアの怒りの程度を如実に表していた。

「で、その馬鹿どもは今どうなっている?」
「はっ、ロールヒルの街で憲兵に捕縛されているようです」
「……余計な事を口走る前に始末しろ」

 兵士はかつての同僚を始末するという命令を受け、一瞬だけ狼狽えた。
 しかし、口答えなど許されていない。
 結果として兵士は胸に手を当てて、下命を拝する。

「り、了解致しましたッ!」


 兵士が足早に部屋を出ていくと、部屋の中に低い声が響いた。

「もう向こうには情報を流したんだろう?」
「ああ。既に盗賊に慰みものにされて死んだという情報を掴ませてある」
「じゃあどうするんだ? バレる前に俺が行ってやろうか?」

 ゼルディアの側に控えていた熊のような体躯をした男は、自分の盛り上がった筋肉を誇示しながらそういった。

「いやカルヴァンは俺の側にいろ。今は何があるか分からんのだぞ?」
「はは。いつの間にか椅子にふんぞり返るようになったと思えば、臆病な所だけは昔っから変わらねえなぁ」
「慎重皇子だと言ってくれないか?」

 カルヴァンは小馬鹿にするように肩をすくめる。
 皇子であるゼルディアがそれを諌めないところをみると、二人は気が置けない関係なのだろう。

「へいへい。でも本当にどうするんだよ?」
「とりあえず……向こうに流れる情報を制限しながらセフィラスの動向を見張る」
「おいおい、そんな甘くていいのか?」
「いいさ。セフィラスはおそらくこの国に帰ってくるだろう? そうしたら今度こそ確実に始末すればいい」
「前は慎重に、とかいって部下を盗賊に仕立てあげたってのに今回はえらく大胆だな」
「戴冠するためには時に大胆さも必要だろう?」
「失敗を挽回しようともがいているようにしか見えんがな……」
「はは、それも必要なんだよ」


 * * * * * *


 ゼルディアは兵士から定時報告を受けた。
 その報告は悪いものではなかった。

「つまり、妙な馬車に乗ってこの国に向かっているんだな?」
「はい。真っ直ぐではありませんが、確実にここへ向かっているかと」
「真っ直ぐではないというのはどういう事だ?」
「どうやら小さな村々を一つ一つ経由してきているようなのです」
「なんの為に?」
「いえ、それはなんとも……ただ、村に着くと行商のようなことをして武器や食料などを村人達に売っているそうです」
「つまりセフィラスは行商人の馬車で行動しているということか」
「いえ、商品はセフィラス様が売っておられるようです」
「…………はぁ? 意味が分からん」

 ゼルディアは昔からセフィラスをよく思っておらず、ほとんど口もきかなかった。
 それは自分が側室の子であったことも多分に影響している。
 歪んだ羨望にも似た欲望は、成長するに従って悪意をはらんだ。
 今のゼルディアには正妻の子を出し抜いて自分が国を統べるという考えしかなかった。
 そして、その結果として国がどうなろうとどうでもよかった。

 ゼルディアはセフィラスが商人になりたいと願っていたことなど知らない。
 だから彼はセフィラスの行動の意味が分からない。

「つまり行商人のフリをした帝国の狗……そういうことだろうな」

 結局ゼルディアはそう結論づけた。
 特に、魔獣の襲撃を御者が簡単に殲滅した、という話はゼルディアの予想を裏付けるのに充分だった。

 それから数日過ぎ、セフィラスがついに街まで戻ってきたという報告が入った。

「くくく、飛んで火にいるなんとやらだな」

 セフィラスが城に帰ったら買収してあるメイドを使って毒を盛ることになっていた。
 そのためにンガロ族から解毒薬のない"踊る断末魔ダンシングキラー"を手に入れてある。
 しかし、いつまで経ってもセフィラスは城へ入ってこなかった。
 焦れたゼルディアは、自ら状況を確認しに行くことにした。

 そこにはゼルディアが一番憎いといっても過言ではない女……いや、女狐が居た。

「おや、セフィラスが生きて戻ったと聞いて出迎えに来たのですがね——」

 ゼルディアは女狐の腹の底を探る。
 どうやら女狐はセフィラスが帰ってきたことを隠したいらしかった。
 それどころか、そのままどこかへ送り出したようだった。
 行く場所なんて決まっている——帝国だ。

 ゼルディアは一度そうだと思うと、もうそうだとしか思えなくなった。
 やはりあの御者は帝国の狗で、女狐と秘密の会話を交わしたに違いない、そう考えた。

「全員まとめて殺さないといけない……」

 そう考えたゼルディアはの方から貰った魔石を使うことにした。
 この中には街を一体で滅ぼせるほど強力なゴーレム——ヨトゥンが封印されているらしい。使い切りでいざというときの切り札になり得る魔石だが、念には念を入れたかった。

 そして次の日、城付きの高位魔術師に隠蔽魔術をかけさせて弓兵を隠し置いた。
 それから自分たちにも隠蔽をかけ、馬車が来るのを待つ。

 ようやく来た馬車、その御者に向けてゼルディアは問う。
 なぜセフィラスを乗せているのか?と。
 その答えは「仲間だから」。
 やはり帝国の狗だった、とゼルディアは確信した。
 確認が済んだゼルディアはすぐさま作戦を実行に移す——。

 そして作戦は成功した。
 弓兵の奇襲は、御者の男の異常な動きで危うく回避されかけたが、どうにか弓の一本がセフィラスをかすめたのだ。
 とりあえずの目標は達成したといっていい。
 だが、容赦はしない。
 ゼルディアは懐からヨトゥンの魔石を取り出し——趨勢は決した。

 遠くからヨトゥンが暴れ回るのを確認して、ゼルディアは満足感を覚えながら城へと戻った。



 彼は知らない。
 この後、馬車が空から落ちてくることなど。
 彼は知らない。
 ユニコーンが毒を浄化できることなど。

 彼は知らない。
 彼は知らないのだ。

 知ったときにはもう……。
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