御者転生 〜俺が勇者より強いのはわかったから、そんなことより人を運ばせてくれ〜

梓川あづさ

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アイオール皇国〜ニエの村

第49話 包囲

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 すんでのところでリリアを奪った俺は、急いで祭壇を降りようとする。が、それを許さんとするドラゴンの咆哮が空気を震わせる。

「ゴオオォォォアアアァァァッ!!」

 ビリビリと背中が痺れるほどの叫び声を聞いて思わず振り返ると、ドラゴンは既に体勢を立て直していた。
 そして口腔内になにやらゆらゆらと揺らめくものを溜めている。あれは……。

「っ!? おい、やばいっ! あいつ炎かなんかを吐くつもりだっ!」

 ドラゴンががばりとその口を開くと口元から熱が溢れ出し、周囲の景色を歪ませていく。

「と、飛べぇッ!!」

 そう叫ぶのとほぼ同時に、ドラゴンの口から火球が発射された。
 火球は空気を焦がすような音をあげながら祭壇へと吸い込まれていく。
 あれに当たったらさすがに俺でもやばかったかもしれない。

 なんとか火球に飲まれる寸前に、リリアを抱えて祭壇を飛び降りた俺のすぐ後ろで、フィズもほぼ同時に着地していた。
 ジャックの姿は見えないが……まぁあいつは飛べるから心配ないか。

 突然現れたと思ったらリリアをさらい、挙げ句の果てにはドラゴンの火球を受けて祭壇から飛び降りる。
 そんなイレギュラーすぎる存在の俺たちを、周りの騎士たちはぽかんとした顔で見つめている。
 あまりの展開に頭が追いついていないのかもしれない。
 そんな騎士たちが一斉にその視線を上に送る。
 釣られるようにして俺も頭上を見上げると……。

「うおっ!?」

 祭壇が先程の火球によって破壊されたようで、その一部であろう大きな瓦礫が頭上から迫ってきていた。
 先ほど轟音を立てながら祭壇に着弾した火球は、見た目通り……いや、それ以上の威力があったようだ。
 咄嗟に瓦礫を腕で殴り飛ばそうとしたが、俺の腕の中にはリリアがいて、腕の自由が効かない。

「やばいっ!」

 ぶつかる直前、せめてリリアをかばおうと丸くなり、背中で全ての衝撃を受け止めようとする。

「………………ん?」

 が、いつまでたってもその衝撃は来なかった。
 その代わりに背後でバゴンという何かが割れるような鈍い衝撃音が響いた。
 恐る恐る顔を上げると、フィズが足を上げた体勢でニコリと微笑んでいる。

「今日は下着を履いてるからこうしてもいいんでしょ?」
「……あ、ああ」

 どうやらフィズが後ろ回し蹴り一発であの大きな瓦礫を粉砕してくれたようだ。
 俺はまだしも、リリアに当たったら危なかったかもしれないから助かったぞ。

「ありがとうな。……っと気を抜いてる場合じゃないな」

 周囲を見ると、呆気にとられていた騎士たちがようやく正気を取り戻したか、俺たちを囲もうとしていた。
 当然だが、その手には抜き身の剣が握られている。
 この騎士たちの包囲を抜けなければ馬車には辿り着けないということだ。

「前には騎士、後ろにはドラゴン……か」

 騎士たちは戦闘に勝つだけであれば簡単だろう。
 ただ、敵対しているわけではないのだからなるべくなら殺したくない。
 その条件だと、全力でドラゴンと戦うよりも難しいかもしれない。

「でも仕方がないか……モードチェンジ——ソード!」

 覚悟を決めて鞭を剣へと変える。
 邪魔をするなら切り捨てる……そういう覚悟だ。

「フィズ、突破するぞ!」
「分かったわ!」

 剣を握る手に力を込め、走り出そうとすると、目の前を塞ぐ騎士たちの後方がにわかに騒がしくなる。
 そして次の瞬間、一人の騎士が叫び声と共に空を飛んだ。

「なんだ!? あれは……馬車の方か」
「あ、もしかしたらローズが魔法で飛ばしているんじゃない?」

 フィズと小声でそんな会話を話している間にも、一人、また一人と騎士が飛ばされていく。
 確かに人を軽々と飛ばす、なんて人間業じゃないからローズの魔法なんだろう。
 馬車を守るようにいっておいたが、状況をみて助太刀をしてくれたというのはありそうな話に思えた。

「よし、ならこの隙をつくぞ!」

 騎士が飛んでいく仲間に気をとられているうちに、俺は広場を駆け抜ける。
 剣は鞭に戻しておいた。
 正対しないならば剣は必要ないだろう。
 俺はスピードを緩めずに走り、直角に曲がり、そしてまた走った。
 振られる剣を屈み、跳びかわしていく。
 フィズを狙った奴は、鞭でおしおきをするのも忘れない。

「よし、もうすぐで包囲を突破できるぞ!」

 広場の端が近くなると、段々と包囲も薄くなり……やがて馬車が見えた。

「よし、抜けたっ!!」


 兵士たちの包囲を抜けると、そこには意外な人物が立っていた。

「ゴンザ……さん?」
「ああ、無事でよかった。ドラゴンが火ぃ吹いたのには驚いちまったが……まぁ無事で良かったぜ」
「え、ええ。…………で、これはなんです?」

 ゴンザさんの横にはなんとゴーレムがいた。
 正確にはヨトゥンだったか?
 この前ギリギリでなんとか勝てたあいつの、そのミニチュア版ともいえる物体がそこにいた。

「ああ、今修復作業中でな。ナリは小さくなっちまったけどその力はなぁ……っと来やがったか。ちょうどいい、見てろよ?」

 ゴンザさんがそういうと、ゴーレムは近づいてきた騎士をがしりと掴み、空へ放り投げた。

「あー……これってゴンちゃんがやってたのね!」
「おうよ!」
「そうだったんですか、助かりました」
「おう、これを作った甲斐って奴があったってことだな」

 そういってゴンザさんは豪快に笑った。っていうかフィズのやつ、いつの間にゴンちゃん呼びになったんだろう……まぁいいか。

「よし、それじゃ急いで馬車に戻ろ……」

 ——ドスン!!

 馬車に戻ろうとする俺たちの目の前に、突然空から何かが降ってきた。
 さっき投げ飛ばした騎士が落ちてきたのか?
 衝撃で舞った砂埃が晴れていくと、そこには見慣れた顔があった。

「マ、マスター……あいつが……ドラゴンが来ます……力及ばず申し訳……」
「なっ、ジ……ジャックッ!!」

 なんと空から降ってきたのは、ボロボロになったジャックだった。
 そういえばドラゴンが追ってこないと思ったらジャックが足止めをしていてくれたのか。

「みんな、馬車まで走れッ! フィズはジャックを!」

 俺の叫びでみんなが走り出し、なんとか馬車まで辿り着いたが…………あぁ、一足遅かった。
 ふっ、と頭上に影が差したと思った次の瞬間、ドラゴンが空から降りてきたのだ。

「……逃さぬぞ」

 これは……やるしかない、のか?
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