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アイオール皇国〜ニエの村
第50話 呪いの鎖
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逃さぬ、そういったドラゴンの頬からは微かに血が滲んでいるように見える。
「ジャック……」
きっと死闘だったのだろう。
ボロボロになるまで戦った結果、負わせた傷があれだけ。
単騎で勇者二人を手玉に取ったこともあるジャックは、そこらの騎士が束になっても負けないくらいの実力はあるはず、それなのに。
それほどまでにあのドラゴンは強いというのだろうか。
思わず身震いをしてしまいそうになる。
それにしても、こうして実際に相対するとその大きさに圧倒されてしまう。
質量はそのまま威力にも、耐久力にも関わってくる。
つまりデカい、ということはそれだけである程度の強さは担保されるわけだ。
だから俺は誇りたい。
こんな巨大なドラゴンに何も言わず、単騎で挑み、そして散っていったジャックを俺は誇りたい。
「ジャック、お前のことは忘れないぞ……」
俺がしんみりと呟くと、後方から抗議の声が上がった。
「マスター! 生きてます! 生きてますから!」
どうやら馬車付近に待機していたローズが駆けつけて治してくれたらしく、ちらり見やるとピンピンしたジャックがそこにいた。
まぁアイツはあれくらいじゃ死んだりしないだろ。
「おお……近くで見るとやっぱデケェな!」
いつの間にか馬車を降りていたルシアンが俺の横に並びながらそういうと、ドラゴンの鼻あたりがピクリと動く。
「この匂い……。お前は……あの時の犬かっ!? 貴様のせいで……ッ!」
ドラゴンは怒気を帯びた声で叫び、ルシアンを睨み付ける。
「犬じゃない! フェンリル……いや、ボクは……ボクの名前はルシアンだ!」
ルシアンも負けじと言い返す。
その体は四肢が半分ほどフェンリルに変化しつつある。
どうやらやる気らしい。
「あの時に仕留めたと思ったが、少し手加減しすぎたか……ならば今度こそ!」
「やってミロ……!」
完全にフェンリルへと変態したルシアンが、いきなり先制の氷を放ち、戦いの口火はルシアンが切ることになった。
先が尖った弾丸のような形をした氷は、確かな殺傷能力があっただろう。
しかし、そんな氷の弾丸はドラゴンの体に触れるとジュッという音を残して霧散してしまう。
対するドラゴンは、お返しとばかりにルシアンを目掛けてその巨腕を振るう。
それをフェンリルらしい機敏な動きで飛び上がってかわしたルシアンは、氷を纏った爪で腕を切りつけた。
「効かぬわっ!」
完璧に入ったルシアンの攻撃だったが、まるで効いていないようだ。
ルシアンは地面に着地するなり、バックステップでドラゴンから距離を取った。
「んー、炎が相手だとちょっと相性が悪そうダな……」
「一旦下がってろ!」
俺がそういうとルシアンは地面を一つ蹴って、素直に後方へと下がった。
「どうしてもリリアを連れて行っちゃダメなのか? 今まで散々生贄を貰ったろ……もう充分じゃないか?」
「くどい!」
「そうか……なら仕方ないな。お前を倒してこの国を縛っているお前という呪いの鎖を断ち切るしかない!」
鞭を持つ手に力を込め、飛び出そうとした時、ドラゴンがなぜかひどく悲しそうな顔をしているのに気づき、思わず足を止めてしまった。
「妾が呪いとな……?」
妾……あいつ女だったのか?まぁ性別があるのかどうかは分からないが、先程までの殺意が萎んでいる。
今のやりとりの何かが心の琴線に触れたのかもしれない。
もしかしたらこのまま説得できるか!?
「そうだろう? 国を守ってやる、なんて甘言でどれだけの人を悲しませたんだ!? もう終わりにしろ!」
もしかしたらドラゴンにも人を思いやる心があって、話し合いでなんとかなるかもしれない……なんて思ったのが馬鹿だった。
「……本質を分からぬ愚か者め。やはり死ね! 呪いの鎖、お前などでは切れん!」
ドラゴンは先程までの悲しそうだった表情を、再び殺意で塗り替えると、その巨腕を薙ぎ払うように振るう。
「結局、行き着くところはここなのか」
俺は少し残念な気持ちになりながら、ドラゴンの腕をバックステップでかわした。
あの巨体にしては早いが、俺の目なら避けるのは簡単だ。
「シッ……!」
攻撃をかわすのと同時に振るった鞭は、ドラゴンの振り切った腕を強かに打った。
が、奴はなんの痛痒も感じていなさそうだ。
人に変化して忠誠を誓う、なんて事ももちろんなかった。
この鞭は魔物にしか効かないって話だし、ドラゴンは魔物じゃないだろうしな。
まぁそれは分かっていた事。なら……。
「チェンジ——ソード! これならどうだ!?」
鞭を剣へと変えて斬りかかると、ドラゴンは煩わしそうに腕を振り回す。
まるで羽虫でも追い払うかのように、無茶苦茶な軌道で振られる腕をかわすのは容易いが……。
「くっ……お前ら下がれ!」
そう指示を出すと、自分も後方へと飛んだ。
俺がさっきまでいた場所をドラゴンの腕が通り過ぎると、遅れて煉獄の炎がその空間を焼いた。
「あいつ、この森を燃やし尽くす気か!?」
ブンブンと振り回された腕は、少し遅れて炎を連れてくる。
どうやらその身に炎を纏っているようだ。
ドラゴンから放たれる熱波が、周囲の温度を急激に上げていく。
そして巻き上げられた火の粉が周囲の木に燃え移り始めたのをきっかけに、俺達はジリジリと後退させられる羽目になった。
常に身体の周りに薄く炎を展開しているので近づくのすら難しいのだ。
気付けば広場の中心、祭壇近くまで押し込まれていた。
「……逃げているだけでいいのか? 呪いの鎖、そんなに脆くはないぞ!」
ドラゴンは嘲笑うかのようにそういうと、炎とともに尻尾を滅茶苦茶に振り回す。
「うわぁ!」
「もっと下がれ! 邪魔だ!」
それは周囲で様子を伺っていた騎士たちをも巻き込むもので、広場には悲鳴や怒号が響きわたった。
結果として、ドラゴンと戦う俺たちと、それを遠巻きに見つめる騎士という状況になった。
騎士たちに手を出されなくなったのはいいが……馬車までは随分と遠くなってしまった。
馬車の中にはまだ新人メイドのクーリアや、セフィーらが乗っているので、放って逃げ出すわけにもいかない。
近くの森は燃え始めているし、馬車の中が心配だ。
しかし目の前のドラゴンは俺たちをみすみす行かせてはくれないだろう。
やはりここで倒しきるしかないのか……でもどうやって?
「おりゃぁぁぁぁ!」
そんな膠着した状況の中、可愛らしい叫び声が響いた。
声の主は……フィズだ。
体術で戦うフィズにとって、炎の鎧を纏うあいつは相性最悪のはず。
「おい、燃えるぞ! やめろ!」
そんな俺の心配をよそに、フィズはドラゴンへ向かって飛び上がると、くるりと横に回転しながら蹴りを放った。
その見事なソバットがドラゴンの横面を打ちつけると、その巨体がぐらりと揺れる。
フィズの攻撃はそれだけでは終わらない。
ドラゴンの顔を踏み台にしてジャンプすると、今度は縦に一回転。
そのままの勢いでドラゴンの脳天に踵を突き刺した。
ズドンという重い音を響かせて、ドラゴンの頭は地面にめりこんだ。
それを成した本人——フィズはドヤ顔をしながらスタスタとこちらへ向かってくる。
火傷していないか、とよく見るとフィズの周りにはキラキラとした白銀が舞っている。
「氷……か?」
「うん、犬っころに魔法をかけてもらったのよ!」
「おいっ、ボクは犬じゃないっ! くそぅ、ワザとやってるだろ!」
ルシアンは後ろの方でプンスカ怒っているが、仲が悪かった二人が協力して打ち込んだ一撃は、確かにドラゴンへ届いた。
だから……気を抜いてしまったのかもしれない。フィズの背後から迫ってくる火球に気付くのが遅れてしまった。
「フィズッ!!」
「あっ!?」
フィズを抱えて回避する?いや、間に合わない。それならこれしかない!
フィズに駆け寄るとその腕を引いて後ろへ投げ飛ばす。
俺はその反動で自分から火球に突っ込んでいった。
「ぐっ、あぁぁぁぁっ!」
「ご、ご主人さまぁぁぁぁっ!!」
「ジャック……」
きっと死闘だったのだろう。
ボロボロになるまで戦った結果、負わせた傷があれだけ。
単騎で勇者二人を手玉に取ったこともあるジャックは、そこらの騎士が束になっても負けないくらいの実力はあるはず、それなのに。
それほどまでにあのドラゴンは強いというのだろうか。
思わず身震いをしてしまいそうになる。
それにしても、こうして実際に相対するとその大きさに圧倒されてしまう。
質量はそのまま威力にも、耐久力にも関わってくる。
つまりデカい、ということはそれだけである程度の強さは担保されるわけだ。
だから俺は誇りたい。
こんな巨大なドラゴンに何も言わず、単騎で挑み、そして散っていったジャックを俺は誇りたい。
「ジャック、お前のことは忘れないぞ……」
俺がしんみりと呟くと、後方から抗議の声が上がった。
「マスター! 生きてます! 生きてますから!」
どうやら馬車付近に待機していたローズが駆けつけて治してくれたらしく、ちらり見やるとピンピンしたジャックがそこにいた。
まぁアイツはあれくらいじゃ死んだりしないだろ。
「おお……近くで見るとやっぱデケェな!」
いつの間にか馬車を降りていたルシアンが俺の横に並びながらそういうと、ドラゴンの鼻あたりがピクリと動く。
「この匂い……。お前は……あの時の犬かっ!? 貴様のせいで……ッ!」
ドラゴンは怒気を帯びた声で叫び、ルシアンを睨み付ける。
「犬じゃない! フェンリル……いや、ボクは……ボクの名前はルシアンだ!」
ルシアンも負けじと言い返す。
その体は四肢が半分ほどフェンリルに変化しつつある。
どうやらやる気らしい。
「あの時に仕留めたと思ったが、少し手加減しすぎたか……ならば今度こそ!」
「やってミロ……!」
完全にフェンリルへと変態したルシアンが、いきなり先制の氷を放ち、戦いの口火はルシアンが切ることになった。
先が尖った弾丸のような形をした氷は、確かな殺傷能力があっただろう。
しかし、そんな氷の弾丸はドラゴンの体に触れるとジュッという音を残して霧散してしまう。
対するドラゴンは、お返しとばかりにルシアンを目掛けてその巨腕を振るう。
それをフェンリルらしい機敏な動きで飛び上がってかわしたルシアンは、氷を纏った爪で腕を切りつけた。
「効かぬわっ!」
完璧に入ったルシアンの攻撃だったが、まるで効いていないようだ。
ルシアンは地面に着地するなり、バックステップでドラゴンから距離を取った。
「んー、炎が相手だとちょっと相性が悪そうダな……」
「一旦下がってろ!」
俺がそういうとルシアンは地面を一つ蹴って、素直に後方へと下がった。
「どうしてもリリアを連れて行っちゃダメなのか? 今まで散々生贄を貰ったろ……もう充分じゃないか?」
「くどい!」
「そうか……なら仕方ないな。お前を倒してこの国を縛っているお前という呪いの鎖を断ち切るしかない!」
鞭を持つ手に力を込め、飛び出そうとした時、ドラゴンがなぜかひどく悲しそうな顔をしているのに気づき、思わず足を止めてしまった。
「妾が呪いとな……?」
妾……あいつ女だったのか?まぁ性別があるのかどうかは分からないが、先程までの殺意が萎んでいる。
今のやりとりの何かが心の琴線に触れたのかもしれない。
もしかしたらこのまま説得できるか!?
「そうだろう? 国を守ってやる、なんて甘言でどれだけの人を悲しませたんだ!? もう終わりにしろ!」
もしかしたらドラゴンにも人を思いやる心があって、話し合いでなんとかなるかもしれない……なんて思ったのが馬鹿だった。
「……本質を分からぬ愚か者め。やはり死ね! 呪いの鎖、お前などでは切れん!」
ドラゴンは先程までの悲しそうだった表情を、再び殺意で塗り替えると、その巨腕を薙ぎ払うように振るう。
「結局、行き着くところはここなのか」
俺は少し残念な気持ちになりながら、ドラゴンの腕をバックステップでかわした。
あの巨体にしては早いが、俺の目なら避けるのは簡単だ。
「シッ……!」
攻撃をかわすのと同時に振るった鞭は、ドラゴンの振り切った腕を強かに打った。
が、奴はなんの痛痒も感じていなさそうだ。
人に変化して忠誠を誓う、なんて事ももちろんなかった。
この鞭は魔物にしか効かないって話だし、ドラゴンは魔物じゃないだろうしな。
まぁそれは分かっていた事。なら……。
「チェンジ——ソード! これならどうだ!?」
鞭を剣へと変えて斬りかかると、ドラゴンは煩わしそうに腕を振り回す。
まるで羽虫でも追い払うかのように、無茶苦茶な軌道で振られる腕をかわすのは容易いが……。
「くっ……お前ら下がれ!」
そう指示を出すと、自分も後方へと飛んだ。
俺がさっきまでいた場所をドラゴンの腕が通り過ぎると、遅れて煉獄の炎がその空間を焼いた。
「あいつ、この森を燃やし尽くす気か!?」
ブンブンと振り回された腕は、少し遅れて炎を連れてくる。
どうやらその身に炎を纏っているようだ。
ドラゴンから放たれる熱波が、周囲の温度を急激に上げていく。
そして巻き上げられた火の粉が周囲の木に燃え移り始めたのをきっかけに、俺達はジリジリと後退させられる羽目になった。
常に身体の周りに薄く炎を展開しているので近づくのすら難しいのだ。
気付けば広場の中心、祭壇近くまで押し込まれていた。
「……逃げているだけでいいのか? 呪いの鎖、そんなに脆くはないぞ!」
ドラゴンは嘲笑うかのようにそういうと、炎とともに尻尾を滅茶苦茶に振り回す。
「うわぁ!」
「もっと下がれ! 邪魔だ!」
それは周囲で様子を伺っていた騎士たちをも巻き込むもので、広場には悲鳴や怒号が響きわたった。
結果として、ドラゴンと戦う俺たちと、それを遠巻きに見つめる騎士という状況になった。
騎士たちに手を出されなくなったのはいいが……馬車までは随分と遠くなってしまった。
馬車の中にはまだ新人メイドのクーリアや、セフィーらが乗っているので、放って逃げ出すわけにもいかない。
近くの森は燃え始めているし、馬車の中が心配だ。
しかし目の前のドラゴンは俺たちをみすみす行かせてはくれないだろう。
やはりここで倒しきるしかないのか……でもどうやって?
「おりゃぁぁぁぁ!」
そんな膠着した状況の中、可愛らしい叫び声が響いた。
声の主は……フィズだ。
体術で戦うフィズにとって、炎の鎧を纏うあいつは相性最悪のはず。
「おい、燃えるぞ! やめろ!」
そんな俺の心配をよそに、フィズはドラゴンへ向かって飛び上がると、くるりと横に回転しながら蹴りを放った。
その見事なソバットがドラゴンの横面を打ちつけると、その巨体がぐらりと揺れる。
フィズの攻撃はそれだけでは終わらない。
ドラゴンの顔を踏み台にしてジャンプすると、今度は縦に一回転。
そのままの勢いでドラゴンの脳天に踵を突き刺した。
ズドンという重い音を響かせて、ドラゴンの頭は地面にめりこんだ。
それを成した本人——フィズはドヤ顔をしながらスタスタとこちらへ向かってくる。
火傷していないか、とよく見るとフィズの周りにはキラキラとした白銀が舞っている。
「氷……か?」
「うん、犬っころに魔法をかけてもらったのよ!」
「おいっ、ボクは犬じゃないっ! くそぅ、ワザとやってるだろ!」
ルシアンは後ろの方でプンスカ怒っているが、仲が悪かった二人が協力して打ち込んだ一撃は、確かにドラゴンへ届いた。
だから……気を抜いてしまったのかもしれない。フィズの背後から迫ってくる火球に気付くのが遅れてしまった。
「フィズッ!!」
「あっ!?」
フィズを抱えて回避する?いや、間に合わない。それならこれしかない!
フィズに駆け寄るとその腕を引いて後ろへ投げ飛ばす。
俺はその反動で自分から火球に突っ込んでいった。
「ぐっ、あぁぁぁぁっ!」
「ご、ご主人さまぁぁぁぁっ!!」
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