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アイオール皇国〜ニエの村
サイドストーリー2 村祭り
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私は、このニエの村に留まることに決めた。
ミルカは<生贄>ではないし、もう私の近衛でもないんだから、てっきりカケルさんと一緒に行くかと思っていた。
それなのに。
「姫様を置いていけるわけがありません!」
そうやって、当たり前のように自分も残るといった。
いや、素直になろう。
そういってくれた。
本当はちょっぴりそれを期待していたのかな。
だってそういってくれた時、私……ほっとしちゃったから。
でも嫌になったらすぐに外の世界に戻るんだよって伝えたら、複雑な顔をしてた。
「ごめん……」
だからすぐに謝った。
私ってズルい。
その後、カケルさん達はすぐに村を出て行こうとした。
カケルさんのことだから、余所者が長くいちゃいけないなんて考えたのかもしれない。
「ま、待ってくださいっ!」
私は無意識のうちに、背中を向けたカケルさんの腕を掴んだ。
「あと一日……あと一日だけみんなと一緒に居させてもらえませんか?」
「それはいいけど……」
カケルさんはそういうとばつが悪そうな顔をして、ちらりと村の方へ視線を這わせた。
やっぱり居づらいよね。
そんな時、ロズリンダおばさまがポンとひとつ手を叩いた。
「ミコト様、そういえば今年はやってませんでしたよね?」
「ん、何をじゃ?」
「ほら、いつもの"お祭り"ですよ! 本当は一月前にやる予定だったじゃないですか」
「ああ、妾がリリアを落としてしもうたから中止にしたんじゃったな」
ミコト様は落とした、の時にちらりと私を見た。
まるで怒られる子供のような顔をしてたから、思わず吹き出しそうになっちゃった。
私は怒っても恨んでもいないのに。
それどころか感謝してる。
だってそのおかげでカケルさんに、みんなに会えたんだから。
「して、それがどうしたのじゃ?」
「こうしてせっかくリリア様が無事にお戻りになられたのですから……お祭りをやりませんか? 今日すぐに」
「うむぅ……しかし準備など出来ておらぬではないか」
「ええ、でもまだ完全に片付けてはいないんです。倉庫にあるものを出して組み立てればすぐですよ」
「そうか、すぐに出来るというならばやろうではないか!」
こうしてミコト様の鶴……いや、龍の一声でお祭りというのをやることになったらしい。
でもお祭りってなんだろう。
「さぁ、忙しくなるね! リリア様もお料理、手伝って頂けますか?」
おばさまはそういうと、私にパチリとウインクをした。
え、お祭りでお料理が出来るの!?
それなら最後に……私が作った料理を食べてもらえる!
「ありがとう、ロズリンダおばさま!」
「いいんだよ、急だから盛大には出来ないかもしれないけれど……」
「ううん。気持ちだけで嬉しい!」
「それじゃついでにみんなに紹介しましょう。着いてきてくださいな」
「行こう、ミルカ!」
私がミルカを連れて村の方へ歩を進めると、カケルさんはミコト様と話しこんでいた。
邪魔をするのも悪いから、私は後ろ髪を引かれながらロズリンダおばさまの後にについて行った。
「まずは食材が必要ですね」
おばさまはそういうと、村の中心へ続く道とは逆方向に歩き始めた。
「こっちには狩りをしている人たちが集まっているんですよ。"ごちそう"を用意してもらわないと」
「この辺りでは何か獲物が獲れるのですか?」
「もう聞いたかもしれないけど、この村と、その周りの森の一部には魔獣避けの守りがあります。ですが、魔を纏わない普通の獣には効きません。ですので……」
「そう、じゃあ守りの内側で普通の獣を狩るのね?」
「ええ、そうなりますね」
おばさまとそんな話をしていたら、どうやら目的地に着いたらしい。
「狩りの予定がなければ、見張りも兼ねてここにいるはずです」
見れば、目の前にすこし小さめの家が建っている。
外壁には、泥で汚れ、ひしゃげてしまった盾が立て掛けられている。
どうやらここは村の一番外側らしく、目と鼻の先には鬱蒼と茂った森がある。
あの森の中で狩りをするのだろうか。
「失礼するよ!」
おばさまってば、国にいた時はお淑やかだったのに、ここにきて少しワイルドというか豪快になっている気がする。
だって思い切って開かれた扉が、まだギシギシと音を鳴らしているんだもの。
「お、ロズじゃないか。ん、後ろの二人は?」
「ああ、こっちの方は新しく村に加わったリリア様だよ」
「リリア様!? あらまぁ、こんなに大きくなられて……」
目の前の女性は私を知っているらしい。
うーん、誰かに似ているような……あ、ミルカだわっ!
そう思って後ろを振り向いたら、ミルカは目を見開いたまま固まっていた。
「お……おがっ……おがぁじゃんっ……!」
「!? ミ、ミルカ!? あんたミルカなのかい!?」
「うんっ、うんっ! あだじだよぉぉぉ」
ミルカがお母様をどう呼ぶか悩んでいたのは知っていたけど、やっぱり自分が呼びたいように呼ぶのが一番ね。
格好をつける必要なんてないもの。
「あら、ライラの子だったのかい。あんたずっと小さい子を置いてきたって随分と長い間塞ぎ込んでいたみたいだからねぇ。良かったじゃないか……」
ロズリンダおばさまはそういうと、ぐすりと鼻を湿らせた。
そういう私も視界が歪んでしまって。
袖口で目元を拭っても、拭っても溢れてくるからしまいには流れるままにした。
お母様……はしたない私を許してね。
そんな幸せな再会のあと、おばさまがお祭りのことを伝えると、ライラさんは仲間を引き連れて張り切って出掛けていった。
大物を獲るぞーっていっていたけど、無理だけはしないでほしい。
「さて、次は料理ですね。メインの肉はライラに任せるとしても、それだけじゃ寂しいですからね」
「料理なら私も出来るので手伝いますね!」
「そうされたらきっと喜びますよ」
料理長という人は村の中心に近いところに住んでいた。
村の端から歩くと結構な距離があって、この村の大きさが感じられた。
「邪魔するよ!」
おばさまは今回もノックすらせずに扉を開け放った。
「誰かと思えばロズか。びっくりするじゃないのさ」
「あっ、リムレットさんっ!!」
「リ、リリア様……なぜここに!?」
「えへへ、私も<生贄>になってしまいまして……」
明るく装ってそういうと、リムレットさんは頭をぽんぽんとして、それから優しく撫でてくれた。
その手が暖くって、また少し泣いちゃった。
「リム、リリア様のために祭りをすることにしたよ!」
「いつだい?」
「……今日さ」
「はっ、また急ね。でもそうね……やってやるわ!」
「リムレットさんっ! 私にも手伝わせて下さい!」
つい、大きな声を出してしまった。
でも今日は、今日だけはどうしても料理が作りたいから。
「……リリア様、私が教えたお料理は続けていますか?」
「はい! 色々な事があって、ここ最近は毎日していました!」
馬車に乗って、料理担当大臣に任命されて……こんなこと話したら驚かれちゃうだろうな。
「それじゃあリリア様にも手伝ってもらいましょうか」
「は、はい! ありがとうございます!」
「それじゃ、村に貯蔵してある食材を取りに行きがてら他の料理係にも声をかけましょう」
リムレットさんは、そういうと大きな麻袋を引っ張り出して、出かける準備を始めた。
「それじゃ私は他にやる事があるから行くよ! リム……リリア様を頼んだよ」
ロズリンダおばさまはそういうと、足早にどこかへと向かっていった。
「リリア様、それではついてきて下さい」
私はリムレットさんの後に続くように、歩き始めた——その時だった。
「あ、あぁっ……」
「リリア様っ!」
膝から崩れ落ちそうになった私を、ミルカが何とか支えてくれる。
「どうして……?」
どうしてカケルさんの馬車がドラゴンに……いや、ミコト様に運ばれているの?
どうして今、この村を出ていってしまったの?
どうして?どうして?どうして……。
「リリア様、気分が優れないようでしたら少し休んで……」
「……いいえ、大丈夫です」
例え、もうみんなが出て行ってしまったとしても、それでも私は料理を作ろう。
みんなが美味しいって笑顔で食べてくれた料理を、作ろう。
今やれることをやって、ミルカと泣けばいい。
* * * * * *
「こっちはもう煮えるよ! ほら、そこはもう盛り付けちゃって!」
村の料理係だという五人と私とで、沢山の料理を作った。
村人の数を考えると、それでも少ないかもしれないけど、それでもやれることはやりきった。
「おーい、料理班! おまたせぇっ!」
威勢の良い声を上げながらライラさんが戻ってきた。
その手にはロープが握られている。
「ちょっと運ぶのに手間取っちゃってねぇ。ほら、今日の獲物はこれさ!」
ライラさんがロープを引くと、ゴロゴロという音と共に獲物が姿を表す。
「キ、キングボア!?」
「見ただけで分かるとはリリア様は博識ですねぇ」
「あ、ありがとう……」
ミコト様の手から落ちたあと、キングボアに襲われたなんていう話はしないでおいた。
あまり心配させたくないものね。
「魔獣ってのはあんまり美味しくないんですけどね、実はこいつだけは別なんですよ!」
あまり知られてないですけどね、とライラさんは続けた。
「あれ、でもこの村には魔獣避けの結界があるから魔獣は近づけないんじゃ?」
「え!? あ、えぇっと……」
ライラさんは明らかにごまかしと分かる態度を取り出した。
その口笛……鳴ってないよ。
「あ、ライラ! あんた魔獣避けの外に出たろ!」
「まさか! 一歩だけだよ!」
「出てるじゃないか! 自分の匂いで釣ったね?」
「う……まぁそうだけど……狩ったのはみんなで、だよ?」
「全くもう……怒りたいけど、今日はやめとく」
リムレットさんは振り上げかけた腕をゆっくりと降ろした。
「やっぱり肉がないと祭りじゃないもんね!」
大きなお肉が到着したので、あとは味を付けて豪快に直火で焼くらしい。
これで村の人みんながたくさん食べても充分な量の料理が揃った。
窯が足りなくてパンが焼けなかったのは少し寂しいけど、急だったから仕方ないと思うしかない。
それでここまでやれたんだから充分!
壁の屋根だけの調理場を出ると、村の真ん中にある広場には用途のわからない、大きい建物が建てられていた。
「お疲れ様です、リリア様。こっちもなんとか準備ができましたよ!」
建物らしきものを見上げていると、どこかへ行っていたロズリンダおばさまが、顔を見せてくれた。
「あれは何ですか?」
「それは見てのお楽しみ! それより、リリア様とミルカはこっちへ」
私とミルカは、おばさまに連れられて一軒の家に入った。
「それでは服を脱いでください」
「えっ!?」
「また私がすぐに着せますので! お任せ下さい」
おばさまに半ば押し切られるように、私とミルカは服を脱いだ。
「あら、こちらの方もこんなに大きくなられて……」
「だ、だめっ! ロズリンダおばさまはあっちにいっておいて下さい!」
「同じ女だっていうのにどうしてです?」
「だっておばさまの触り方、エッチなんだもの……」
こうしてお祭りというものの準備が整ったらしい。
ミコト様はまだ帰ってきていなけど、いつもフラッと出てフラッと帰ってくるそうなので、気にせず始めちゃうらしい。
主役の私がいるならそれでいいんだって。
「さぁはじめよう。ではリリア様、最初の乾杯をお願いします」
「わかりました。では……みなさん、今日は私のために集ま……って! 待って! 聞こえる……」
おーい。
そんな誰かを呼ぶ声は、次第に大きくなっていく。
ふと空を見れば、ミコト様に握られている馬車の、その窓からカケルさんが手を振っているのが見える。
来た、帰ってきてくれた!
「いやぁあぶないあぶない。なんとか間に合った……よな?」
馬車を降り、村まで来てくれたカケルさんがホッとした顔で微笑んでいる。
「ちょっとロールヒルまで買い物にいっててさ。時間がないから馬車で作りながら帰ってきたんだけど……」
馬車の中から、布を上にかけられた大皿を運び出しているカケルさんは、とても満足そうな顔をしている。
「追加の皿はそれで全部かい? じゃあリリア様、改めて続きをお願いします」
ロズリンダさんに促された私は、みんなに向かって大きな声でこれからよろしくお願いします、と叫んだあと、乾杯!といった。
「じゃあ……俺たちの方も開けるか」
「うん、みんな食べてくれるかしらね?」
「大丈夫さ、フィズ。これの美味さが分からない人はいないさ」
大皿にかけられていた布を取ると、それは——ライヌボールだった。
「ミコトがどうしてもっていうからさ」
「妾は早速頂くぞっ!」
大皿の布を取ると同時にミコト様がきて、ライヌボールを三つも取っていった。
私もつられて一つ貰ったら……やっぱりライヌボールは美味しかった。
最後になるかもしれないその味を、私はしっかりと噛み締めた。
「お、この芋の料理うまいな! リリアが作っただろう?」
「わ、分かるんですか?」
「当たり前だろう。いつも美味い料理を作ってくれるおかげで舌がだいぶ肥えてしまったけどな」
市井の出のお母様が唯一教えてくれた庶民の料理。
今までは、ちょっと恥ずかしくて作らなかった。
でも最後に料理を食べてもらえるって思ったら、これしかないってそう思った。
それをカケルさんに褒めて貰えたなら……もうこれが最後に食べさせる料理でもい……。
不意に響いたドン!という大きな音が、私のそんな考えをバラバラに砕いた。
そのうちドン、ドンというお腹の中をかき混ぜるような音が断続的に聞こえてきた。
「お、こりゃ太鼓だな……」
カケルさんがいうには、この音はどうやら太鼓という楽器の音らしい。
「なぁミコト、やぐらがあって太鼓もあって……これは祭りってより盆踊りだろ」
「かのぅ? でも楽しいならなんでも良いのじゃ! それにほれ、見てみぃ!」
カケルさんとミコト様がよく分からない会話をして、それからミコト様が指をさしたのは……わ、私!?
「うん、もちろん気付いてたさ。浴衣姿……とっても似合っているよ、リリア」
どうやら今私が着ているのは、浴衣というらしい。
少しお腹が苦しいけど、カケルさんに褒めてもらえなら着て良かった!
「あれ、そういえばミルカはどこいったんだ?」
「ミルカならあそこで……」
「ああ。……こんな日でもいつも通りひたすら食ってるのか」
馬車から降りたルシアンと競い合うようにして料理を食べているミルカを見て、カケルさんは寂しそうに笑った。
その笑顔を見ていたらお腹じゃなくて、今度は胸が苦しくなる。
やっぱり連れて行って。
もう一度私をさらって。
そんな言葉が口から出かかって。
だから慌てて蜂蜜水で飲み下した。
もう迷惑をかけるわけにはいかないもの。
たくさん食べて、いっぱい飲んだらあたりが暗くなってきた。
だから少し泣いてもバレないよね?
そう思ったら突然地面から炎が飛んでいって……そして空で光が踊った。
「お、これは花火……みたいなミコトの炎か。あいつ急にどっか行ったと思ったらこんな粋な事を……ん?」
急に明るくなったから、カケルさんに泣いてるところを見られちゃったみたい。
慌てて浴衣の袖で隠そうとしたのに……。
「っ!?」
「あんまり頼りがいのない胸だけどさ……女の子の涙くらいは受け止められるかなって」
そんなことをいわれたら、もっと泣けちゃって。
だから私はカケルさんの胸に顔を埋めて、いっぱい泣いた。
「やっぱり私……っ!」
「迎えに来るよ。俺がそんな生贄なんていう呪いをどうにかしてやるから。そしたらまたみんなで一緒に旅をしよう、な」
どうしてこの人は私のいって欲しい事をいってくれるのだろう。
この人は嘘をつかない。
私のことも約束通り、ずっとずっと守ってくれた。
だから私は信じられる。
呪いをどうにかするなんて、それがどんなに困難なことかは分かっている。
だけど私は信じられる。
「はい。待っています……いつまでも」
こうして私は、少しの間だけ馬車を降りた。
ミルカは<生贄>ではないし、もう私の近衛でもないんだから、てっきりカケルさんと一緒に行くかと思っていた。
それなのに。
「姫様を置いていけるわけがありません!」
そうやって、当たり前のように自分も残るといった。
いや、素直になろう。
そういってくれた。
本当はちょっぴりそれを期待していたのかな。
だってそういってくれた時、私……ほっとしちゃったから。
でも嫌になったらすぐに外の世界に戻るんだよって伝えたら、複雑な顔をしてた。
「ごめん……」
だからすぐに謝った。
私ってズルい。
その後、カケルさん達はすぐに村を出て行こうとした。
カケルさんのことだから、余所者が長くいちゃいけないなんて考えたのかもしれない。
「ま、待ってくださいっ!」
私は無意識のうちに、背中を向けたカケルさんの腕を掴んだ。
「あと一日……あと一日だけみんなと一緒に居させてもらえませんか?」
「それはいいけど……」
カケルさんはそういうとばつが悪そうな顔をして、ちらりと村の方へ視線を這わせた。
やっぱり居づらいよね。
そんな時、ロズリンダおばさまがポンとひとつ手を叩いた。
「ミコト様、そういえば今年はやってませんでしたよね?」
「ん、何をじゃ?」
「ほら、いつもの"お祭り"ですよ! 本当は一月前にやる予定だったじゃないですか」
「ああ、妾がリリアを落としてしもうたから中止にしたんじゃったな」
ミコト様は落とした、の時にちらりと私を見た。
まるで怒られる子供のような顔をしてたから、思わず吹き出しそうになっちゃった。
私は怒っても恨んでもいないのに。
それどころか感謝してる。
だってそのおかげでカケルさんに、みんなに会えたんだから。
「して、それがどうしたのじゃ?」
「こうしてせっかくリリア様が無事にお戻りになられたのですから……お祭りをやりませんか? 今日すぐに」
「うむぅ……しかし準備など出来ておらぬではないか」
「ええ、でもまだ完全に片付けてはいないんです。倉庫にあるものを出して組み立てればすぐですよ」
「そうか、すぐに出来るというならばやろうではないか!」
こうしてミコト様の鶴……いや、龍の一声でお祭りというのをやることになったらしい。
でもお祭りってなんだろう。
「さぁ、忙しくなるね! リリア様もお料理、手伝って頂けますか?」
おばさまはそういうと、私にパチリとウインクをした。
え、お祭りでお料理が出来るの!?
それなら最後に……私が作った料理を食べてもらえる!
「ありがとう、ロズリンダおばさま!」
「いいんだよ、急だから盛大には出来ないかもしれないけれど……」
「ううん。気持ちだけで嬉しい!」
「それじゃついでにみんなに紹介しましょう。着いてきてくださいな」
「行こう、ミルカ!」
私がミルカを連れて村の方へ歩を進めると、カケルさんはミコト様と話しこんでいた。
邪魔をするのも悪いから、私は後ろ髪を引かれながらロズリンダおばさまの後にについて行った。
「まずは食材が必要ですね」
おばさまはそういうと、村の中心へ続く道とは逆方向に歩き始めた。
「こっちには狩りをしている人たちが集まっているんですよ。"ごちそう"を用意してもらわないと」
「この辺りでは何か獲物が獲れるのですか?」
「もう聞いたかもしれないけど、この村と、その周りの森の一部には魔獣避けの守りがあります。ですが、魔を纏わない普通の獣には効きません。ですので……」
「そう、じゃあ守りの内側で普通の獣を狩るのね?」
「ええ、そうなりますね」
おばさまとそんな話をしていたら、どうやら目的地に着いたらしい。
「狩りの予定がなければ、見張りも兼ねてここにいるはずです」
見れば、目の前にすこし小さめの家が建っている。
外壁には、泥で汚れ、ひしゃげてしまった盾が立て掛けられている。
どうやらここは村の一番外側らしく、目と鼻の先には鬱蒼と茂った森がある。
あの森の中で狩りをするのだろうか。
「失礼するよ!」
おばさまってば、国にいた時はお淑やかだったのに、ここにきて少しワイルドというか豪快になっている気がする。
だって思い切って開かれた扉が、まだギシギシと音を鳴らしているんだもの。
「お、ロズじゃないか。ん、後ろの二人は?」
「ああ、こっちの方は新しく村に加わったリリア様だよ」
「リリア様!? あらまぁ、こんなに大きくなられて……」
目の前の女性は私を知っているらしい。
うーん、誰かに似ているような……あ、ミルカだわっ!
そう思って後ろを振り向いたら、ミルカは目を見開いたまま固まっていた。
「お……おがっ……おがぁじゃんっ……!」
「!? ミ、ミルカ!? あんたミルカなのかい!?」
「うんっ、うんっ! あだじだよぉぉぉ」
ミルカがお母様をどう呼ぶか悩んでいたのは知っていたけど、やっぱり自分が呼びたいように呼ぶのが一番ね。
格好をつける必要なんてないもの。
「あら、ライラの子だったのかい。あんたずっと小さい子を置いてきたって随分と長い間塞ぎ込んでいたみたいだからねぇ。良かったじゃないか……」
ロズリンダおばさまはそういうと、ぐすりと鼻を湿らせた。
そういう私も視界が歪んでしまって。
袖口で目元を拭っても、拭っても溢れてくるからしまいには流れるままにした。
お母様……はしたない私を許してね。
そんな幸せな再会のあと、おばさまがお祭りのことを伝えると、ライラさんは仲間を引き連れて張り切って出掛けていった。
大物を獲るぞーっていっていたけど、無理だけはしないでほしい。
「さて、次は料理ですね。メインの肉はライラに任せるとしても、それだけじゃ寂しいですからね」
「料理なら私も出来るので手伝いますね!」
「そうされたらきっと喜びますよ」
料理長という人は村の中心に近いところに住んでいた。
村の端から歩くと結構な距離があって、この村の大きさが感じられた。
「邪魔するよ!」
おばさまは今回もノックすらせずに扉を開け放った。
「誰かと思えばロズか。びっくりするじゃないのさ」
「あっ、リムレットさんっ!!」
「リ、リリア様……なぜここに!?」
「えへへ、私も<生贄>になってしまいまして……」
明るく装ってそういうと、リムレットさんは頭をぽんぽんとして、それから優しく撫でてくれた。
その手が暖くって、また少し泣いちゃった。
「リム、リリア様のために祭りをすることにしたよ!」
「いつだい?」
「……今日さ」
「はっ、また急ね。でもそうね……やってやるわ!」
「リムレットさんっ! 私にも手伝わせて下さい!」
つい、大きな声を出してしまった。
でも今日は、今日だけはどうしても料理が作りたいから。
「……リリア様、私が教えたお料理は続けていますか?」
「はい! 色々な事があって、ここ最近は毎日していました!」
馬車に乗って、料理担当大臣に任命されて……こんなこと話したら驚かれちゃうだろうな。
「それじゃあリリア様にも手伝ってもらいましょうか」
「は、はい! ありがとうございます!」
「それじゃ、村に貯蔵してある食材を取りに行きがてら他の料理係にも声をかけましょう」
リムレットさんは、そういうと大きな麻袋を引っ張り出して、出かける準備を始めた。
「それじゃ私は他にやる事があるから行くよ! リム……リリア様を頼んだよ」
ロズリンダおばさまはそういうと、足早にどこかへと向かっていった。
「リリア様、それではついてきて下さい」
私はリムレットさんの後に続くように、歩き始めた——その時だった。
「あ、あぁっ……」
「リリア様っ!」
膝から崩れ落ちそうになった私を、ミルカが何とか支えてくれる。
「どうして……?」
どうしてカケルさんの馬車がドラゴンに……いや、ミコト様に運ばれているの?
どうして今、この村を出ていってしまったの?
どうして?どうして?どうして……。
「リリア様、気分が優れないようでしたら少し休んで……」
「……いいえ、大丈夫です」
例え、もうみんなが出て行ってしまったとしても、それでも私は料理を作ろう。
みんなが美味しいって笑顔で食べてくれた料理を、作ろう。
今やれることをやって、ミルカと泣けばいい。
* * * * * *
「こっちはもう煮えるよ! ほら、そこはもう盛り付けちゃって!」
村の料理係だという五人と私とで、沢山の料理を作った。
村人の数を考えると、それでも少ないかもしれないけど、それでもやれることはやりきった。
「おーい、料理班! おまたせぇっ!」
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その手にはロープが握られている。
「ちょっと運ぶのに手間取っちゃってねぇ。ほら、今日の獲物はこれさ!」
ライラさんがロープを引くと、ゴロゴロという音と共に獲物が姿を表す。
「キ、キングボア!?」
「見ただけで分かるとはリリア様は博識ですねぇ」
「あ、ありがとう……」
ミコト様の手から落ちたあと、キングボアに襲われたなんていう話はしないでおいた。
あまり心配させたくないものね。
「魔獣ってのはあんまり美味しくないんですけどね、実はこいつだけは別なんですよ!」
あまり知られてないですけどね、とライラさんは続けた。
「あれ、でもこの村には魔獣避けの結界があるから魔獣は近づけないんじゃ?」
「え!? あ、えぇっと……」
ライラさんは明らかにごまかしと分かる態度を取り出した。
その口笛……鳴ってないよ。
「あ、ライラ! あんた魔獣避けの外に出たろ!」
「まさか! 一歩だけだよ!」
「出てるじゃないか! 自分の匂いで釣ったね?」
「う……まぁそうだけど……狩ったのはみんなで、だよ?」
「全くもう……怒りたいけど、今日はやめとく」
リムレットさんは振り上げかけた腕をゆっくりと降ろした。
「やっぱり肉がないと祭りじゃないもんね!」
大きなお肉が到着したので、あとは味を付けて豪快に直火で焼くらしい。
これで村の人みんながたくさん食べても充分な量の料理が揃った。
窯が足りなくてパンが焼けなかったのは少し寂しいけど、急だったから仕方ないと思うしかない。
それでここまでやれたんだから充分!
壁の屋根だけの調理場を出ると、村の真ん中にある広場には用途のわからない、大きい建物が建てられていた。
「お疲れ様です、リリア様。こっちもなんとか準備ができましたよ!」
建物らしきものを見上げていると、どこかへ行っていたロズリンダおばさまが、顔を見せてくれた。
「あれは何ですか?」
「それは見てのお楽しみ! それより、リリア様とミルカはこっちへ」
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「えっ!?」
「また私がすぐに着せますので! お任せ下さい」
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ミコト様はまだ帰ってきていなけど、いつもフラッと出てフラッと帰ってくるそうなので、気にせず始めちゃうらしい。
主役の私がいるならそれでいいんだって。
「さぁはじめよう。ではリリア様、最初の乾杯をお願いします」
「わかりました。では……みなさん、今日は私のために集ま……って! 待って! 聞こえる……」
おーい。
そんな誰かを呼ぶ声は、次第に大きくなっていく。
ふと空を見れば、ミコト様に握られている馬車の、その窓からカケルさんが手を振っているのが見える。
来た、帰ってきてくれた!
「いやぁあぶないあぶない。なんとか間に合った……よな?」
馬車を降り、村まで来てくれたカケルさんがホッとした顔で微笑んでいる。
「ちょっとロールヒルまで買い物にいっててさ。時間がないから馬車で作りながら帰ってきたんだけど……」
馬車の中から、布を上にかけられた大皿を運び出しているカケルさんは、とても満足そうな顔をしている。
「追加の皿はそれで全部かい? じゃあリリア様、改めて続きをお願いします」
ロズリンダさんに促された私は、みんなに向かって大きな声でこれからよろしくお願いします、と叫んだあと、乾杯!といった。
「じゃあ……俺たちの方も開けるか」
「うん、みんな食べてくれるかしらね?」
「大丈夫さ、フィズ。これの美味さが分からない人はいないさ」
大皿にかけられていた布を取ると、それは——ライヌボールだった。
「ミコトがどうしてもっていうからさ」
「妾は早速頂くぞっ!」
大皿の布を取ると同時にミコト様がきて、ライヌボールを三つも取っていった。
私もつられて一つ貰ったら……やっぱりライヌボールは美味しかった。
最後になるかもしれないその味を、私はしっかりと噛み締めた。
「お、この芋の料理うまいな! リリアが作っただろう?」
「わ、分かるんですか?」
「当たり前だろう。いつも美味い料理を作ってくれるおかげで舌がだいぶ肥えてしまったけどな」
市井の出のお母様が唯一教えてくれた庶民の料理。
今までは、ちょっと恥ずかしくて作らなかった。
でも最後に料理を食べてもらえるって思ったら、これしかないってそう思った。
それをカケルさんに褒めて貰えたなら……もうこれが最後に食べさせる料理でもい……。
不意に響いたドン!という大きな音が、私のそんな考えをバラバラに砕いた。
そのうちドン、ドンというお腹の中をかき混ぜるような音が断続的に聞こえてきた。
「お、こりゃ太鼓だな……」
カケルさんがいうには、この音はどうやら太鼓という楽器の音らしい。
「なぁミコト、やぐらがあって太鼓もあって……これは祭りってより盆踊りだろ」
「かのぅ? でも楽しいならなんでも良いのじゃ! それにほれ、見てみぃ!」
カケルさんとミコト様がよく分からない会話をして、それからミコト様が指をさしたのは……わ、私!?
「うん、もちろん気付いてたさ。浴衣姿……とっても似合っているよ、リリア」
どうやら今私が着ているのは、浴衣というらしい。
少しお腹が苦しいけど、カケルさんに褒めてもらえなら着て良かった!
「あれ、そういえばミルカはどこいったんだ?」
「ミルカならあそこで……」
「ああ。……こんな日でもいつも通りひたすら食ってるのか」
馬車から降りたルシアンと競い合うようにして料理を食べているミルカを見て、カケルさんは寂しそうに笑った。
その笑顔を見ていたらお腹じゃなくて、今度は胸が苦しくなる。
やっぱり連れて行って。
もう一度私をさらって。
そんな言葉が口から出かかって。
だから慌てて蜂蜜水で飲み下した。
もう迷惑をかけるわけにはいかないもの。
たくさん食べて、いっぱい飲んだらあたりが暗くなってきた。
だから少し泣いてもバレないよね?
そう思ったら突然地面から炎が飛んでいって……そして空で光が踊った。
「お、これは花火……みたいなミコトの炎か。あいつ急にどっか行ったと思ったらこんな粋な事を……ん?」
急に明るくなったから、カケルさんに泣いてるところを見られちゃったみたい。
慌てて浴衣の袖で隠そうとしたのに……。
「っ!?」
「あんまり頼りがいのない胸だけどさ……女の子の涙くらいは受け止められるかなって」
そんなことをいわれたら、もっと泣けちゃって。
だから私はカケルさんの胸に顔を埋めて、いっぱい泣いた。
「やっぱり私……っ!」
「迎えに来るよ。俺がそんな生贄なんていう呪いをどうにかしてやるから。そしたらまたみんなで一緒に旅をしよう、な」
どうしてこの人は私のいって欲しい事をいってくれるのだろう。
この人は嘘をつかない。
私のことも約束通り、ずっとずっと守ってくれた。
だから私は信じられる。
呪いをどうにかするなんて、それがどんなに困難なことかは分かっている。
だけど私は信じられる。
「はい。待っています……いつまでも」
こうして私は、少しの間だけ馬車を降りた。
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面白く読ませてもらっています。
が、セフィラスがセフィリスになっている箇所があったので報告しました。
これからも頑張ってください。
お読みいただきありがとうございます。
予測変換が悪さをしていたみたいです…急いで直しました!
ご指摘ありがとうございます。
今後ともよろしくお願いします。