異世界に招かれしおっさん、令嬢と世界を回る

いち詩緒

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第二章 魔族領編

第28話 裏切りの商人

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 長雨の止まぬ昼下がり。四日が経ち、商人と会う約束をしていたので商館にやってきた。雨で太陽が出ていない分、廊下が暗いがそれにも増して何やら不穏な空気が漂っている。
 商館に出入りする人間も何やら疑心暗鬼になっている表情をしており、こちらの顔色も伺っているのが分かる。

 こうなるとトラブルが起こる前兆だが、悪が栄える場所では日常茶飯事だ。予想はしていたので変装した駐屯兵を周囲に配置し怪しい動きが無いかも確認してもらう事にした。
 廊下を進むと商人の部屋がある。ノックすると返事があったので入った。

「失礼します。……今、ドアに鍵をかけました。盗聴対策とかは大丈夫ですか?」

「……はい。大丈夫なようです。あれから情報を流して様子を伺っていたのですが、ライリーさんの仰るように例の商人が価格操作をしていたという情報を掴みました。直接、悪評を流していたのは同じ商売をしている商人でした。
 実行犯になった理由は私があの商品について取引をしなければ商品を有利な価格で卸す事が出来ると誤解させたようで、取引価格が向こうの方が高くなっており人気があるからとか言っていたようです。優しそうな顔をしてあんな狡猾な人間だったとは思いもしませんでした」

「前の世界で私のいた会社とかではよくある事でしたからね。噂の出所を分からないようにして真綿で首を締めるように苦しめていく。自分は優秀だからとか、地位があって特別な人間だからとかで勘違いした人間がよくやる手口です。
 結局は最後は悲惨な事になる事も多いのですが、あなたのように被害を受ける筋合いが無い人は無駄な苦労は避けた方が無難です」

「いえ。これは良い勉強になりました。これが片付いたら是非、エドワーズ領との取引を最優先にさせてください」

「それは嬉しい限りです。ところで私の正体にも気が付かれましたか?」
「王国軍所属の転移者の方ですよね? あの商人の後ろに魔族が居るとか?」

「ご内密にお願いします。先ほどから仰っている事からして例の商人の後ろに魔族が居るのは確実です。あなたに付け込んで王国への物品の密輸を目論んでいます。
 筋書としてはライバルの商人とかを利用して徐々にあなたの立場を悪化させ、追い詰められた時に判断ミスを誘発させる。そこであなたを徹底的に弱らせて密輸に加担させるというところでしょう」

「私も舐められたものですね。どうして私を利用しようと思ったのでしょう?」

「彼らのように地位、学歴、財産。多くを持っている人間は自分が特別だと勘違いしやすいものです。逆に言えば汚い人間しか知らなかったりします。善い人間には善い人が集まりやすいという事はあまり考えていません。
 善人は赤子のようにモノを知らない。だから純粋だというように考えがちです。本当に心から純粋に人のために何かしようという人がどれほど苦しんで汚いものを見て成長しなければそういう心境に至らないかを知りません」

「ああ。私も王国領へ移住すればこんな思いをする事も無くなるのかもしれません。しかし、炊き出しは続けたい」

「移住は時が来ればいずれ出来るでしょう。やりたい事とか、やるべき事というのは終わったりしないと物事が動かないというのはよくある事ですから。
 さて、問題はここからです。これからあなたを一時的に王国軍の保護対象者とし、監視を付けます。腕の良い冒険者と透視が出来るプリーストがついて何かあっても早めに対処できるようにしますが、自分の身は自分で守ってください」

「それはもちろん。といってもこの街は治安が良い方なので向こうもあまり表立っては動けないでしょう。目立ちますし」

「魔族が本気になれば暗殺も考えられますが、この街は王国領から近いだけに極端な事は出来ないと思いますが、嫌がらせで何かされても面倒ですからね」

 そう言うと、ライリーは冒険者とプリーストを呼び、商人に紹介した。冒険者は格闘に長けた者で警護に近い動きをする。プリーストはなるべく商人の近くに居て遠隔で何かされていないかの確認を行う。

 遠隔での盗聴、行動の透視をされている可能性もあるからだ。プリーストは商人と行動を共にすると怪しまれるのでさながらスパイのような動きをし離れすぎないようにする。

 その後、駐屯兵とこちらの派兵されたメンバーで敵の商人の動きを探る事になる。ライリーらは敵の商人の場所を聞き出し、動きを探る事になった。

 今回の作戦の指揮を執るのはカセムになるので彼を隊長として行動する事になった。ライリーはカセムに言った。

「カセム、嵌められそうになっていた商人からの情報は大体、渡した通りだ。今後の作戦はどうするんだ?」

「本国にこの情報を渡したら、この魔族の出方を見ろって話になったな。もしかしたら気が付いて利用するヤツを変えるかもしれない。その場合は、また新たな犠牲が出るのだろうが、考えにくいな」

「そうだなあ。その場合、おそらく悪徳商人の方も共倒れにして姿を消す可能性の方が高くないか?」
「やっぱりそう思うか?」

「分からないようにして姿を消すなら王国の国力低下も狙ってやるのも考えられるが、この王国に近い街でそれは考えにくい気がするな。まあ、魔族が気が狂っているなら別だが」

「そうなるとあまり警戒も必要なさそうだな」

「俺もそう思うが、魔族はどうするんだ? 倒すのか?」

「いや。倒す指示は出ていない。それに出方を見ろって話だから倒さずにその魔族の後ろで何が行われているかを見るのも目的じゃないかと思うぞ」

「なるほどな。見えない敵は厄介なもんだ」

 その後、二週間が経過した雨も上がり石畳も乾いた暑い日差しが照りつける日々が続いたある日、敵の魔族は姿を消した。例の商人との共倒れを装って。

 こちら側の商人はというと、おかげ様で嫌な目に遭う事もなく済んでよかったと喜んでいた。商品の王国との取引についてはこちらから国に事情を説明していたので彼が損失を被る事は一切、無かった。

 悪徳商人はあの後、買い付け価格を上げられ続けたが買い付けを続けた。その際、これは魔族とは関係のない取引だったのだが、別の悪徳商人に騙されて破産する事になった。

 その際、白い猫が近くに居るのを何度か目撃したという監視役からの話があったのでこの街にいた幸運の妖精のクレールの仲間だったのかもしれない。

 あの妖精のクレールは正しい行いをしている人には幸運を運ぶが、悪人には試練をもたらすので魔族領では不幸の猫のように言われているところもあるという。もしかしたら見え方も違うのかもしれない。

 事が終わったので、商人も交えて海岸のレストランで食事をする事になった。

「ねえ、ライリー。今回、私の出番無かったよね?」

「いいや。あったぞ、この作戦期間中は気が張っていたからな。ソフィアがいないと緊張と気苦労でやってられなかった。可愛い子が近くにいつも居てくれるってのはこんなに違うんだなって思っていたぞ」

「え? 嬉しい! 最近そんな事、言ってくれなかったし。一緒にいても重たい話ばっかりだったし」

「だからだよ。作戦中は気が抜けない。どこからか攻撃されても困るからな。ベッドに潜り込んできた時は流石に驚いたが」

「あれはごめんね。あんなに驚くとは思わなかったよ」

「暗殺されたり、幻惑魔法で嵌められたらどうするんだよ。まあ、この街じゃそこまで警戒する必要も無いってのを知らなかった俺もなんだけどな?」

「私だって怖かったんだから。だから一緒に寝たかったんだよ」

「まあ、でも潜り込んで来てよかったと思う。気が張り詰めていたからソフィアの香りで落ち着いてぐっすり寝られたからな」

「前に甘い爽やかな匂いって言ってたよね? 結構、鼻が利くよね?」
「前の世界からなんだが、どういうわけか利くんだよな。どこに行けばモテるのとかはサッパリだったが」

「さて、料理が来たぞ! 乾杯だ!」

 カセムがそう言うとビールを掲げて乾杯をした。暑い日なので揚げた魚と相性が良く、本当に美味い。
 料理と酒が美味いのもあったが前の世界と違い、ソフィアが居てくれると辛い感覚がこんなにも少ないのかと思うライリーだった。
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