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第十二話 「その服、おばあさんみたいよ」

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 ところが、色めく彼女の勢いを封じるかのようにスティーナが言ったのだ。
 
「その前に、アンニーナさんは着替えた方がいいんじゃないかしら?」
「え?」

 ――どういう意味かしら?
 
 自分の首元までボタンを留めたワンピースを見下ろす。鼠色の生地はどこも傷んでいないし汚れていない。だが、スティーナの率直な物言いは、終わってはいなかったのだ。

「その服。控えめに言って、おばあさんみたいよ」
「え……?」

 ――おばあさん!?

 アンニーナは、全身が総毛だつほどのショックを受けた。スティーナは紅茶を飲み干すと、音を立てずにカップをソーサーに戻す。上流階級のような優雅な動きだった。

「わたしは王都にも知り合いがいるんだけど、鼠色の無地のワンピースが流行っているなんて聞いたことないわ。しかも、その古くさい型、十年は遅れているわね。どうして若いあなたがそんな服着ているの?」

 問われて、あわあわと記憶をよみがえらせる。
 
「夫の祖母が結婚したら女性は落ち着いた色を着た方がいいと、これをくださったんです。それからは、家政婦のマルヤさんが何枚か買ってきてくれて……それで」

 頭が混乱する。そういえば、市場で働くリーアは既婚なのに身体の線が出るタイトな服を着ていた。パヤソン家の家風だと思い何も考えずに従っていたが、周りからおばあさんのように見られていることはとても恥ずかしい。

 ――ラウリあの人にもそう思われていたってこと!?
 
 ショックを隠せないアンニーナに、スティーナはこれみよがしに大きなため息をついた。
 
「結婚したからって、女を捨てるわけじゃないわよ。むしろ、結婚したあとのほうが服や化粧を楽しめるはず。アンニーナさん、あなたいくつかしら?」
「二十歳です」
「やだ。わたしより六歳も若いじゃないの。ちょっと、トランクのなかを見せてくれる? 昨日着いたばかりでまだ荷解きしてないでしょ?」

 アンニーナは言われるままに、トランクを開ける。タオルやコートに交じって外出用のワンピースが四枚入っていたが、いずれもグレーか焦げ茶色の無地だった。スティーナはあらかじめ予測していたのか、無表情である。
 
「化粧品は?」
「あ、紅なら持ってます」

 アンニーナはラウリの祖母からもらった紅入れを見せた。しかし、スティーナの渋面から合格はもらえない。

「下着は?」
「もう一つのトランクの中に……あ、スティーナさん、ダメです! 開けたら……きゃああ……っ!」

 絶叫するアンニーナの横で、スティーナは目の前の『おばあちゃんセレクション』に痛まし気な視線を送る。
 
「予定は変更よ。まずはアンニーナさんの衣服を買いに行きましょう」

 *

 一通りの買い物を済ませ、アンニーナとスティーナはこじんまりとした定食屋で、昼食後のコーヒーを飲んでいる。買ったものは後で家まで運んでくれるよう、スティーナが手配してくれた。
 アンニーナはこれまで生きてきた中で、今日ほど買い物をした日はなかった。払った札束の重みに、今でも動悸が止まらない。だが、買い物自体はスムーズにできた。スティーナはこの店の商品はあの店より質が高い、あなたの肌にはこの色が映える、と懇切丁寧にアドバイスしてくれたから。
 そのスティーナが、コーヒーをソーサーに戻して意外なことを言う。

「パヤソン補佐官の奥さんっていうから補佐官の女版みたいな人を想像していたけれど、アンニーナさんは普通の人よね」

 アンニーナは小首をかしげた。

 ――あの人には、相応しくないって意味かしら? たしかに、釣り合っていないけれど。

 鼠色のスカートのうえで、青白い手を組み合わせる。スティーナはアンニーナの微妙な反応に、目をすがめた。

「貶してるんじゃなくて、褒めているのよ。あのタイプは満たされることを知らないの。底の抜けた水差しを一生懸命満杯にしようともがいているのが、ある意味可哀そうなくらいよ」

 ――満たされることがない?

 スティーナの抽象的な言い回しが気になった。ラウリを憐れむ人は滅多にいない。『あんたみたいな嫁を貰って、ラウリさんは可哀そうね』という言葉はたまに投げられるが、それはアンニーナを貶めるためであってラウリを憐れんでいるわけではない。

「スティーナさんは、他に主人のような人を知っているんですか?」
「知ってるわ。……もういないけどね」

 そう言ったスティーナの顔が寂しそうで、彼女には率直や明朗以外の一面もあるのだとアンニーナは気が付いた。もういない、というのがどこかへ引っ越ししてしまったのか、亡くなってしまったのかはっきりしないが、それ以上聞いてはいけない壁を感じる。
 スティーナがコーヒーを飲んだので、アンニーナもなんとなくカップを唇に当てた。スティーナがフフッと笑う。
 
「アンニーナさんは優しい人ね。パヤソン補佐官が、大事にするのもわかるわ」

 羨望が入り混じった心からの言葉に、アンニーナは目を見開いた。まさか自分がそんなことを言われる日が来るとは思いもしなかったからだ。
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