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三浦

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「でも、どうして酷い事されても
平気なのですか?」と、ななは
それを加藤に聞いた。


「感じないんですね」と、加藤は
意外な事を言った。


「穏やかで、感受性豊かに見えますけど」と
ジョナサンが言う。


加藤は、ありがとう、と言いながら


「でも、何も感じないんです。自然に慣れたのかもしれません。」



ななは、そこに凄みを感じた。


一緒にバイトしてる時も、重役の愛人が
意地悪く、偉そうな態度で何かを言っても
腹を立てるでもなく、平然としていたので

それが、愛人をさらに怒らせた。


そんな事があった。


そういうクレーマーは、相手が怒ったり
傷つくのを見て喜ぶのだけど


自身が劣等感の持ち主だからだ。


だが、加藤のように
平然と無視(笑)されると

それが、劣等感を刺激するらしい。



「何を言われても気にしないって事ですか?」ジョナサンは聞く。



「いえ、気にしないと言うか
自分は自分なので、誰かに評価される必要は
ないですし、大抵は聞くに値しない事ですね」と、加藤は科学的に述べた。



加藤は、遠くを歩く目つきの悪い
中年女を視線で示唆する。


手入れの悪い、油っけのない髪は
茶色に染めて、白髪混じりの断髪。


細い目と荒れた肌、雀斑だらけを隠そうともせず
ただ、化粧で覆う。

短いズボンをはいて、若い雰囲気を
出しているが


嫌な目つきで加藤の方を見た。




ななも、変に思う。


ジョナサンも「なんですか、あれ?」




加藤は笑って「ああ、少し変なんだね。
部長の秘書だから自分が偉いと思っているのさ。
派遣とか、契約の研究員を見下していて
ああいう目つきで睨む。


んだけど、僕は精神分析を学んでるから
ああいう女の心理が解る。
見下すって事は、劣等感があるからさ。
何かに追われるように、抑圧されてるから
ああいう風に、顔つきが強張っている。
目つきも悪くなる。


本当は、部長だって若くて美人な秘書に
変えたいんだろうけどね。
面倒臭いからしてない、ってだけで。
正社員だって、ああいう風に追われて
不幸になる。心で虐待されてるからさ。
そんな世の中は駄目だ。
あいつだって、親がまともだったら
あんな風に抑圧されないさ。
だから、経済は破壊されるね。

あのドビュッシーだって、ピアニストで一番になれなかったことで
母親から罵倒されて傷ついた。
2番だったのに。

親の言う事なんて、絶対だと思わなくていいのさ。
彼は作曲家で成功したな。
合った道を探せばいいのさ」


ジョナサンには、親がないから
理解できない心境ではある(笑)。
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