arcadia

深町珠

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あの町へ

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碧は、ワケのわからない感情に囚われて。
電話をいきなり切って、部屋を飛び出して
走り出した。


路地を走り、駅に向かい。

たまたま着いた電車に飛び乗った。


肩で息をしているので、乗客がみんな見ていて

碧は、はた、と気がついて。

恥かしくなって、隣の車両に移った。


行き先は、珠子の住んでいたアーケード。







双葉は、いきなり電話が切れたので

「電池でも切れたかな」くらいに思った。
もともと、のんびりしている。








「早く走らないかなー、この電車!」と、碧は心でつぶやきながら
靴のつま先で、電車のフロアを叩いた。


ほんの少しの時間だけれども。





電車が、古都に着くと
碧は、扉から飛び出して
ホームを駆けて。

改札を駆け抜け。


もう暗くなっている路地を通り、川沿いを走り。


よく、高校に行くとき待ち合わせをした十字路に着いた。


アーケードは、もう人通りもほとんど無く。


珠乃家も、もう閉まっていて。



「・・・・ここで、お母さんの幻を見たんだよね!」と、碧は
その場所に立った。


・・・・が。


何も見えない、幻など。


勿論、自身が消えることも。



ここはアーケードの外なので、星が見えた。




しばらく、そうして立っていて。

頭が冷えた(笑)


「・・・・あたし、なにやってるんだろ。」


今、すぐ、入れかわりが起こるとは限らないのに。



「それはそうよね。」



ただ、もし。


自分が身代わりになれるなら。そう思った。


「それで、珠子が幸せなら」そういう気持だった。





もしかすると、既に碧の心に
珠子のお母さんは乗り移っていたのかもしれない。


ずっと前。


それから、ずっと珠子を守ってきた。








「おや・・・碧さん・・・ですか?」
灯りのあるアーケードに、人影。

背の高い、細身のシルエット。
ニット帽子に眼鏡。


あの、二階のカフェのマスターである。




「こんばんは、しばらくですね」と、碧は笑顔になり

アーケードへ歩いていった。




「やっぱり、碧さんでしたか・・・・。しばらくですね、お元気でしたか。」

マスターは、温かみのある声でそう告げ

「良かったら、何か温かいものでも」と、カフェに誘った。



碧は「ありがとうございます。」


と、マスターの後に付いて、カフェへの階段を昇った。





二階のカフェは、あの頃と何も変わっていない。

レコード盤の棚、カウンター。

LPレコードのジャケット。


マホガニーの扉。



コーヒーの香り。


「もう、閉店だったんでしょう?お邪魔でないですか。」と、碧は気遣った。

マスターは「いえ、いいんです。レコードを聴いていたので。」



ターンテーブルに乗っていたLPは、ラムゼイ・ルイスだった。

シカゴ出身、音楽アカデミーを卒業した後、ジャズ・コンボを組み
知性のある、しかし温かみのあるサウンドで人気のピアニストだった。

初期のアース・ウインド&ファイアーに参加していた人でもある。

名曲「Sun Goddes」は、彼の曲である。



マスターは、ゆっくりと針をレコードに下ろす。


クリアーなエレクトリック・ギターのカッティングが響いた。





「どうぞ」と、マスターが差し出したのは
ホット・レモンだった。


「いただきます」と、碧は笑顔になる。


「夜なので、珈琲ではないほうがいいかと」と、マスター。


碧はにっこり。

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