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澄み渡る晴天。朝の集会が終わり、礼拝堂からぞろぞろと人が出て行く。マリア像の側でその様子を眺めているセイの手には、身の丈ほどの十字架。人の流れと逆走して自分に近づく男たちの顔に、残念ながら見覚えしかなく、にっこりと微笑んでその傍を通り過ぎた。
「シスター!せめてそろそろお茶だけでも、」
その言葉に、彼女が振り向くことはもちろんない。
「(お茶だけで済むものか)」
諦めの悪いことだと、呆れが溜息になって溢れた。日当たりの良い渡り廊下を歩き、自分を見てひそひそと話し出すシスターの輪を抜けて、中庭に目を向ける。
「神父さま、ユリはいつ咲くの?」
「お花屋さんが言うには、とても成長の早い改良種らしいから……上手く育てられたらあと二、三ヶ月くらいかな」
「どうして種じゃないの?玉ねぎみたい。へんなの」
「球根と言ってね。ちゃんと手入れをしたら、何度も花が咲くそうだよ。俺も初めてだから、一緒に育て方を覚えてね」
「はーい!」
無垢で快活な声の中心に、レンの姿を見つけた。服の裾を引っ張られながら、ジョウロで花壇の水やりをしている。いつもの光景。
あの時買った球根を世話し始めて、芽が出るまでに至っていた。育成の方法を花屋で聞くなり、本で調べるなどして、上手くいかずに芽を出さないものはあったものの、大半はしっかりと育っている。土の具合や肥料の程度などを、見えずともなんとかするのだから、その努力に頭が下がる思いだ。いっそ彼の天職なのではないかとすら思える。
周囲の人間にげんなりしていた心が浄化されるようで、自然と笑みが浮かぶ。セイはそっと、中庭に足を進めた。
「順調ですか?」
「あっ、シスターだ!」
「見て見て、昨日よりちょっと大きくなったんだよ」
セイには成長の程度が微々たるものすぎてわからなかったが、同調しながら子供たちの目線に合わせて屈む。新しく植えられた小さな芽たちは、柔らかな日光を浴びて心地良さそうに生えている。花に特段興味の無いセイも、これだけは特別に思っていた。
子供たちと話している間に、他の花々に水をあげ終えたらしいレンが戻ってきた。ジョウロを一人の女の子に渡すと、子供たちは彼女を囲むように駆けていく。花壇のある一角だけは、子供たちに任せている場所があるのをセイは知っていた。アクシデントがある時以外は、大人は介入せずただ静観する。子供たちが自分たちで考え、繊細な花の世話をすることで、心に余裕を持ち、優しさを育めるように。勉強は嫌がっても、好きなことであれば積極的に学ぼうとする子供たちの心情を上手く誘導している。
ジョウロを譲り合う子供たちの眺めながら、レンはいつものベンチに座った。その隣にセイも座る。中庭の中心では、花にさほど興味の無い子供たちがグループを作り、知らないゲームに興じていた。
「子供は元気ですね」
「良いことだよ。彼らには幸せに生きる権利がある。笑って好きなことをしていてほしい」
「お優しいこと」
「君だって、最近よく相手をしてくれるでしょう?助かるよ」
レンの言葉に、セイは肩を竦める。十字架が日光を反射してきらりと光った。
「私は、貴方がいなければ特に相手をしない、薄情者ですよ」
「昨日、ぐずった子に読み聞かせをして宥めてくれたと聞いたけれど?」
「……、どなたからそれを」
「シスター長」
「……たまたま通りがかったので」
「素直に認めたら良いのに。君は優しいよ」
あのお喋りめ、とバツが悪そうに目を背ける。年配の彼女はとても頼もしく、番の風習を避けているセイにも隔てなく接してくれる。上司であり母親に似た存在で、セイも彼女のことは好ましいと思っているが、口が軽いのがたまにキズだ。彼女に内緒話は通用しない。あの時子供たちの世話をしていたのが彼女だったのは知っていたが、何故レンに話すのだ。先日彼女に「綺麗になったわね」と揶揄われたのを思い出した。
「君の声は綺麗だものね。聖歌を歌うのも人より優れているし。そんな君の読み聞かせは大層心地の良いものだろうね」
「買い被りすぎですよ。私の声を褒めてくださるのはシスター長と、少しのシスターと、……両親くらいですもの」
もう何年も前に死別した両親は、番ではなかった。だけれどお互いを尊重し、愛し合っていた。血の繋がらない自分のことも愛してくれた。残念ながら記憶は褪せ、二人の顔すらはっきりと思い出すことはできなくなってはいるが、とても満たされていたことは間違いない。セイは今でも二人のことを愛しているし、だからこそ彼らのような関係に憧れていた。
「そういえば、最近墓参りを疎かにしていましたね……。近々行かなくては、」
「両親の?」
「はい。昼に教会を長く離れることになると、申請を出さなくてはいけませんから、面倒で」
「……ねぇ、俺も一緒に行ってもいいかな」
「え?」
思ってもいない申し出に、きょとんとして聞き返してしまった。レンの表情も声音も至極真面目で、冗談でないことは理解出来る。しかし何故?と首を傾げると、ちょいちょいと小さく手招きをされ、素直に顔を寄せる。耳元で、誰にも聞こえないような声で、レンは問いの答えを囁いた。
「娘さんとお付き合いさせてもらってること、伝えたいなと思ってね」
「っ!……そんなこと、」
「大切なことじゃない?」
まず耳に吹き掛かった息にぴくりと反応し、それから囁く声に震えを抑え、言われた言葉に赤面する。いくら人に聞かれないようにとはいえ、耳が弱いということを、レンはよく知っている筈なのに。なんなら、彼の所為まである。まさかこの程度で反応するとは思わなかった自分の油断を棚に上げて少しだけ睨むが、効いている様子はない。
それに、両親の墓前に他人を連れていくなんて、考えてもみなかった。まるで、公認を得るための行動ではないか。しかし満更でない自分が間違いなくいて、にやけそうになるのを必死に耐える。
人前では付き合っている旨を隠すため、出来る限り平静を装っていたいのに、この人は多方面から心を乱して、身体を熱らせ、多幸感に頰を緩ませてくる。惚れた弱みとは此処までのものなのかと、セイは最近ようやく理解した。いっそ彼のように顔を半分隠せたら楽なのに。そんなことを思いながら、深呼吸を一つ。傾けた身体を引いて、苦笑を浮かべた。
「もう、おかしなことを言い出すのですから」
「駄目?」
「断る理由がないでしょう。……嬉しいです」
「ふふ、ありがとう」
教会の鐘が鳴る。これからセイには割り振られた仕事があった。名残惜しいが、今はやるべきことをやらなければ。
そっと。セイは自身の小指を、徐にレンの小指に絡ませた。
「!」
「今日は……お昼はいらっしゃらないと言っていましたよね」
「うん。……夕方、礼拝の後なら」
「……はい」
手を離して立ち上がる。抱き締めてもらいたい衝動を、今はぐっと飲み込んで、セイはその場を立ち去った。人目を気にして、俯き気味に。その顔は、今にも火を吹きそうだった。
セイが小指を絡ませるのは、抱かれたい合図。繋がりたいとねだる甘え方。慣れないけれど、恥ずかしいけれど、情欲を抑えることは出来なくて。愛されたいと願う本能が、自身の奥から溢れ出しそうになることが増えた。それこそ、レンに鎮めてもらわなくてはおかしくなりそうなほどに。
「(あれだけ嫌悪していた行為を、自分から求めるなんて)」
今更だ。彼にだけだ。けれど幻滅されやしないかと、はしたないと言われやしないかと、毎回思ってはいる。思っていながら、レンの優しさに甘えている。
「(私は……どうなってしまうのだろうか)」
不安は確かにあるのに、期待に胸が躍り、体温が一度上がる。そんな自分を嫌悪しながら、しかし嫌いにもなりきれない。複雑に迷う心を無理矢理押し込んで、セイは早足で歩いて行った。
ーー。
懺悔室。そこは人間の罪を吐き出し、赦される場所。苦悩や悲痛を聞き、宥め、導く場所。だからそこには、本来粛々とした空気が流れている筈だった。……少なからず、欲を帯びた息とねっとりとした水音が響くべき場所ではないというのは間違いない。しかし今、この小さな密室で行われているのは、完全に場違いな恋人たちの営みだ。
礼拝の済んだ夕方、そっと人目を外れてレンと落ち合う。それから此処に来て、内側から鍵を掛ければ、どちらともなく身体を引き寄せて深い口づけを交わす。舌を絡め、唾液を共有し、噛みつくように、呼吸を奪い合うように。そうしていれば、セイの足から力が抜けるのは仕方のないことで。必死にしがみつくセイの腰を、レンが強く抱き支えた。
「ん、は……♡神父様、」
「セイ、」
明確な欲を纏って、お互いの名前を呼び合う。傍にある低めの台にセイを座らせて、更にキスを繰り返す。
時間外であれば、防音を施したこの場所に人が来ることは稀で、しかも鍵は持ってきているから、外部からの介入はほぼ無いと、レンは最初に言った。お互いの部屋は別の寮にあるし、他の人間の目につきやすい。しかし、だからと言って愛欲無しにいることはどうしても出来なかった。そんな二人の、背徳かつ罰当たりな隠れ場所。
白い布が捲られ、胸元が曝け出される。その付け根にレンはキスを落としながら、期待にぴんと勃った乳首を愛撫する。ちり、という痛痒さと、彼の指によって与えられる快楽に、セイは絶えず肩を震わせた。
「ン、んっ♡…ッ胸、きもちい、です、ッぁ♡」
素直に快楽を言葉にすると、レンは満足そうに笑う。こりこりと指の腹で撫でられる度に、甘い声が漏れた。最初からやたらと気持ちが良かった胸への刺激は、より過敏になったセイを何度もよがらせる。羞恥を浮かべて見下ろすセイの目に、つけられた赤い痕が幾つも飛び込んできて、「この人のものになっているのだ」という高揚感が更に身体を追い込んでいく。
人が来ないとはいえ、この後もまだ任務の前にお互いやるべき仕事はあって、あまり時間はとれない。それがわかっていて、セイはそっと下腹部をレンのそれに擦りつける。硬い感触が布越しに当たって、お互いに息を飲んだ。
「神父様、……来てください」
「……うん」
布をずらされ、晒された秘部に彼の欲が宛てがわれる。キスをしながら、ゆっくりと中に入り込まれていく。前戯で蕩けたセイのナカは待ち望むようにレンを受け入れ、離すまいと締めつける。奥をゴリ、と掻かれると、彼から受ける快楽に従順になった身体は一際大きく跳ねて、それだけで達してしまった。弱い自分を叱咤する余裕は無く、本格的な律動に意識を飛ばされないようにすることで精一杯になる。
時間は無い。けれどちゃんと愛し合いたい。貪欲に快楽を味わい、お互いへの愛情を再確認する。ずるずると内壁が擦られ、結合部からひっきりなしに水音が響いた。
「ぁ、あ♡んぁッ、♡しん、ぷしゃま、私、こんなはしたなくてッ♡ごめんなしゃ、」
「はしたない……?どうして?」
「だってッ♡こんな快楽に弱くて、んンッ♡すぐ貴方を求めちゃうからッ」
「何を言っているの。……俺だってそうだよ」
舌足らずに吐き出す言葉を、レンは口づけで塞ぐ。それから腰を強く打ちつけると、セイは声にならない声を上げてのけ反った。内壁のうねりで強く絶頂したのがわかり、レンはその締めつけに眉を顰める。それでも、腰の動きは止めない。
「ぁ"ッ!?♡あ"ぁっ、♡や、ぁあ♡しんぷしゃま、深ッ……!」
「君が欲しくてたまらないの、わかるでしょう?理性的でいられないのは、俺だって……!」
「ひァッ、ぁあ"♡しんぷしゃま、うれし、嬉しいですッ♡あ"っ♡すき、すきぃ……ッ♡」
「……俺も、愛しているよ。セイ、」
腕を絡め、足を絡めて、離れたくないと言わんばかりに密着して、ぐりぐりと奥を攻め立てる。嬌声は止まらず、過呼吸になりそうなほど荒れた息が鼓膜を震わせた。
「セイ、足を離して。このままだと、」
「い、いです♡いつも通り、にぃ"ッ……!♡」
「ーーーッ!」
「ひッ、ぁ"、~~~!!♡♡」
奥壁にかかる熱い液体に、たまらずセイも果てた。痙攣する身体を抱き寄せられ、息を整える。目の前の灰色の壁が、ちかちかしてよく見えない。
「ぁ、あ、ッ……は……はぁ……♡」
「ッ……、」
敏感な身体をこれ以上刺激しないようにと、ゆっくりと引き抜かれる。それでもびくびくと反応を見せる身体と、受け入れていたものを失い切なそうな秘部から垂れかける白濁。服につかないように、レンがティッシュで丁寧に拭き取っていく。快楽が弱まっていくにつれて力の抜けたセイはしてもらうがまま、肩元に手を置いて身を任せた。
「……この場所では、処理が大変だから。俺が達するまでしなくて構わないんだよ」
「私が嫌です。自分ばかりなんて……だから、これで良いんですッ」
「もう……」
「あ、……なら、次からは私が飲んでしまえば、」
「……君の口からそんな提案が出るなんて」
「し、したことはありませんが……。貴方になら、良いです」
「……、考えさせて」
困ったように笑って、レンはセイの頬を撫でる。癖なのか、頻繁にされるこの行為が、セイは好きだった。擦り寄って、キスをする。衣服の乱れを整えて、よろけながら立ち上がると、レンがそっと支えてくれた。
「大丈夫?」
「ありがとうございます。大丈夫ですよ」
身体はもちろん相応に怠いが、心は一層満たされた。それに、これからまた仕事に戻り、食事とシャワーを済ませてから、任務に行けるくらいには、セイには体力があるのだ。
鍵を開けて、念のため周囲を確認してから懺悔室を後にする。
「では、また後で」
「うん。気をつけてね」
「はい」
レンと別れ、廊下を歩く。鳴り響いた鐘を窓から見上げると、その先に星が浮かんでいた。そんな夜空の色に、彼を思い出す。身体に残る愛欲の感触。やはり番の印は浮かばないけれど、もうそれもどうでもいいことだ。
シスターに声を掛けられ、彼女と共に作業場へと向かう。至っていつも通りに。何もないかのように。
「シスター!せめてそろそろお茶だけでも、」
その言葉に、彼女が振り向くことはもちろんない。
「(お茶だけで済むものか)」
諦めの悪いことだと、呆れが溜息になって溢れた。日当たりの良い渡り廊下を歩き、自分を見てひそひそと話し出すシスターの輪を抜けて、中庭に目を向ける。
「神父さま、ユリはいつ咲くの?」
「お花屋さんが言うには、とても成長の早い改良種らしいから……上手く育てられたらあと二、三ヶ月くらいかな」
「どうして種じゃないの?玉ねぎみたい。へんなの」
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「はーい!」
無垢で快活な声の中心に、レンの姿を見つけた。服の裾を引っ張られながら、ジョウロで花壇の水やりをしている。いつもの光景。
あの時買った球根を世話し始めて、芽が出るまでに至っていた。育成の方法を花屋で聞くなり、本で調べるなどして、上手くいかずに芽を出さないものはあったものの、大半はしっかりと育っている。土の具合や肥料の程度などを、見えずともなんとかするのだから、その努力に頭が下がる思いだ。いっそ彼の天職なのではないかとすら思える。
周囲の人間にげんなりしていた心が浄化されるようで、自然と笑みが浮かぶ。セイはそっと、中庭に足を進めた。
「順調ですか?」
「あっ、シスターだ!」
「見て見て、昨日よりちょっと大きくなったんだよ」
セイには成長の程度が微々たるものすぎてわからなかったが、同調しながら子供たちの目線に合わせて屈む。新しく植えられた小さな芽たちは、柔らかな日光を浴びて心地良さそうに生えている。花に特段興味の無いセイも、これだけは特別に思っていた。
子供たちと話している間に、他の花々に水をあげ終えたらしいレンが戻ってきた。ジョウロを一人の女の子に渡すと、子供たちは彼女を囲むように駆けていく。花壇のある一角だけは、子供たちに任せている場所があるのをセイは知っていた。アクシデントがある時以外は、大人は介入せずただ静観する。子供たちが自分たちで考え、繊細な花の世話をすることで、心に余裕を持ち、優しさを育めるように。勉強は嫌がっても、好きなことであれば積極的に学ぼうとする子供たちの心情を上手く誘導している。
ジョウロを譲り合う子供たちの眺めながら、レンはいつものベンチに座った。その隣にセイも座る。中庭の中心では、花にさほど興味の無い子供たちがグループを作り、知らないゲームに興じていた。
「子供は元気ですね」
「良いことだよ。彼らには幸せに生きる権利がある。笑って好きなことをしていてほしい」
「お優しいこと」
「君だって、最近よく相手をしてくれるでしょう?助かるよ」
レンの言葉に、セイは肩を竦める。十字架が日光を反射してきらりと光った。
「私は、貴方がいなければ特に相手をしない、薄情者ですよ」
「昨日、ぐずった子に読み聞かせをして宥めてくれたと聞いたけれど?」
「……、どなたからそれを」
「シスター長」
「……たまたま通りがかったので」
「素直に認めたら良いのに。君は優しいよ」
あのお喋りめ、とバツが悪そうに目を背ける。年配の彼女はとても頼もしく、番の風習を避けているセイにも隔てなく接してくれる。上司であり母親に似た存在で、セイも彼女のことは好ましいと思っているが、口が軽いのがたまにキズだ。彼女に内緒話は通用しない。あの時子供たちの世話をしていたのが彼女だったのは知っていたが、何故レンに話すのだ。先日彼女に「綺麗になったわね」と揶揄われたのを思い出した。
「君の声は綺麗だものね。聖歌を歌うのも人より優れているし。そんな君の読み聞かせは大層心地の良いものだろうね」
「買い被りすぎですよ。私の声を褒めてくださるのはシスター長と、少しのシスターと、……両親くらいですもの」
もう何年も前に死別した両親は、番ではなかった。だけれどお互いを尊重し、愛し合っていた。血の繋がらない自分のことも愛してくれた。残念ながら記憶は褪せ、二人の顔すらはっきりと思い出すことはできなくなってはいるが、とても満たされていたことは間違いない。セイは今でも二人のことを愛しているし、だからこそ彼らのような関係に憧れていた。
「そういえば、最近墓参りを疎かにしていましたね……。近々行かなくては、」
「両親の?」
「はい。昼に教会を長く離れることになると、申請を出さなくてはいけませんから、面倒で」
「……ねぇ、俺も一緒に行ってもいいかな」
「え?」
思ってもいない申し出に、きょとんとして聞き返してしまった。レンの表情も声音も至極真面目で、冗談でないことは理解出来る。しかし何故?と首を傾げると、ちょいちょいと小さく手招きをされ、素直に顔を寄せる。耳元で、誰にも聞こえないような声で、レンは問いの答えを囁いた。
「娘さんとお付き合いさせてもらってること、伝えたいなと思ってね」
「っ!……そんなこと、」
「大切なことじゃない?」
まず耳に吹き掛かった息にぴくりと反応し、それから囁く声に震えを抑え、言われた言葉に赤面する。いくら人に聞かれないようにとはいえ、耳が弱いということを、レンはよく知っている筈なのに。なんなら、彼の所為まである。まさかこの程度で反応するとは思わなかった自分の油断を棚に上げて少しだけ睨むが、効いている様子はない。
それに、両親の墓前に他人を連れていくなんて、考えてもみなかった。まるで、公認を得るための行動ではないか。しかし満更でない自分が間違いなくいて、にやけそうになるのを必死に耐える。
人前では付き合っている旨を隠すため、出来る限り平静を装っていたいのに、この人は多方面から心を乱して、身体を熱らせ、多幸感に頰を緩ませてくる。惚れた弱みとは此処までのものなのかと、セイは最近ようやく理解した。いっそ彼のように顔を半分隠せたら楽なのに。そんなことを思いながら、深呼吸を一つ。傾けた身体を引いて、苦笑を浮かべた。
「もう、おかしなことを言い出すのですから」
「駄目?」
「断る理由がないでしょう。……嬉しいです」
「ふふ、ありがとう」
教会の鐘が鳴る。これからセイには割り振られた仕事があった。名残惜しいが、今はやるべきことをやらなければ。
そっと。セイは自身の小指を、徐にレンの小指に絡ませた。
「!」
「今日は……お昼はいらっしゃらないと言っていましたよね」
「うん。……夕方、礼拝の後なら」
「……はい」
手を離して立ち上がる。抱き締めてもらいたい衝動を、今はぐっと飲み込んで、セイはその場を立ち去った。人目を気にして、俯き気味に。その顔は、今にも火を吹きそうだった。
セイが小指を絡ませるのは、抱かれたい合図。繋がりたいとねだる甘え方。慣れないけれど、恥ずかしいけれど、情欲を抑えることは出来なくて。愛されたいと願う本能が、自身の奥から溢れ出しそうになることが増えた。それこそ、レンに鎮めてもらわなくてはおかしくなりそうなほどに。
「(あれだけ嫌悪していた行為を、自分から求めるなんて)」
今更だ。彼にだけだ。けれど幻滅されやしないかと、はしたないと言われやしないかと、毎回思ってはいる。思っていながら、レンの優しさに甘えている。
「(私は……どうなってしまうのだろうか)」
不安は確かにあるのに、期待に胸が躍り、体温が一度上がる。そんな自分を嫌悪しながら、しかし嫌いにもなりきれない。複雑に迷う心を無理矢理押し込んで、セイは早足で歩いて行った。
ーー。
懺悔室。そこは人間の罪を吐き出し、赦される場所。苦悩や悲痛を聞き、宥め、導く場所。だからそこには、本来粛々とした空気が流れている筈だった。……少なからず、欲を帯びた息とねっとりとした水音が響くべき場所ではないというのは間違いない。しかし今、この小さな密室で行われているのは、完全に場違いな恋人たちの営みだ。
礼拝の済んだ夕方、そっと人目を外れてレンと落ち合う。それから此処に来て、内側から鍵を掛ければ、どちらともなく身体を引き寄せて深い口づけを交わす。舌を絡め、唾液を共有し、噛みつくように、呼吸を奪い合うように。そうしていれば、セイの足から力が抜けるのは仕方のないことで。必死にしがみつくセイの腰を、レンが強く抱き支えた。
「ん、は……♡神父様、」
「セイ、」
明確な欲を纏って、お互いの名前を呼び合う。傍にある低めの台にセイを座らせて、更にキスを繰り返す。
時間外であれば、防音を施したこの場所に人が来ることは稀で、しかも鍵は持ってきているから、外部からの介入はほぼ無いと、レンは最初に言った。お互いの部屋は別の寮にあるし、他の人間の目につきやすい。しかし、だからと言って愛欲無しにいることはどうしても出来なかった。そんな二人の、背徳かつ罰当たりな隠れ場所。
白い布が捲られ、胸元が曝け出される。その付け根にレンはキスを落としながら、期待にぴんと勃った乳首を愛撫する。ちり、という痛痒さと、彼の指によって与えられる快楽に、セイは絶えず肩を震わせた。
「ン、んっ♡…ッ胸、きもちい、です、ッぁ♡」
素直に快楽を言葉にすると、レンは満足そうに笑う。こりこりと指の腹で撫でられる度に、甘い声が漏れた。最初からやたらと気持ちが良かった胸への刺激は、より過敏になったセイを何度もよがらせる。羞恥を浮かべて見下ろすセイの目に、つけられた赤い痕が幾つも飛び込んできて、「この人のものになっているのだ」という高揚感が更に身体を追い込んでいく。
人が来ないとはいえ、この後もまだ任務の前にお互いやるべき仕事はあって、あまり時間はとれない。それがわかっていて、セイはそっと下腹部をレンのそれに擦りつける。硬い感触が布越しに当たって、お互いに息を飲んだ。
「神父様、……来てください」
「……うん」
布をずらされ、晒された秘部に彼の欲が宛てがわれる。キスをしながら、ゆっくりと中に入り込まれていく。前戯で蕩けたセイのナカは待ち望むようにレンを受け入れ、離すまいと締めつける。奥をゴリ、と掻かれると、彼から受ける快楽に従順になった身体は一際大きく跳ねて、それだけで達してしまった。弱い自分を叱咤する余裕は無く、本格的な律動に意識を飛ばされないようにすることで精一杯になる。
時間は無い。けれどちゃんと愛し合いたい。貪欲に快楽を味わい、お互いへの愛情を再確認する。ずるずると内壁が擦られ、結合部からひっきりなしに水音が響いた。
「ぁ、あ♡んぁッ、♡しん、ぷしゃま、私、こんなはしたなくてッ♡ごめんなしゃ、」
「はしたない……?どうして?」
「だってッ♡こんな快楽に弱くて、んンッ♡すぐ貴方を求めちゃうからッ」
「何を言っているの。……俺だってそうだよ」
舌足らずに吐き出す言葉を、レンは口づけで塞ぐ。それから腰を強く打ちつけると、セイは声にならない声を上げてのけ反った。内壁のうねりで強く絶頂したのがわかり、レンはその締めつけに眉を顰める。それでも、腰の動きは止めない。
「ぁ"ッ!?♡あ"ぁっ、♡や、ぁあ♡しんぷしゃま、深ッ……!」
「君が欲しくてたまらないの、わかるでしょう?理性的でいられないのは、俺だって……!」
「ひァッ、ぁあ"♡しんぷしゃま、うれし、嬉しいですッ♡あ"っ♡すき、すきぃ……ッ♡」
「……俺も、愛しているよ。セイ、」
腕を絡め、足を絡めて、離れたくないと言わんばかりに密着して、ぐりぐりと奥を攻め立てる。嬌声は止まらず、過呼吸になりそうなほど荒れた息が鼓膜を震わせた。
「セイ、足を離して。このままだと、」
「い、いです♡いつも通り、にぃ"ッ……!♡」
「ーーーッ!」
「ひッ、ぁ"、~~~!!♡♡」
奥壁にかかる熱い液体に、たまらずセイも果てた。痙攣する身体を抱き寄せられ、息を整える。目の前の灰色の壁が、ちかちかしてよく見えない。
「ぁ、あ、ッ……は……はぁ……♡」
「ッ……、」
敏感な身体をこれ以上刺激しないようにと、ゆっくりと引き抜かれる。それでもびくびくと反応を見せる身体と、受け入れていたものを失い切なそうな秘部から垂れかける白濁。服につかないように、レンがティッシュで丁寧に拭き取っていく。快楽が弱まっていくにつれて力の抜けたセイはしてもらうがまま、肩元に手を置いて身を任せた。
「……この場所では、処理が大変だから。俺が達するまでしなくて構わないんだよ」
「私が嫌です。自分ばかりなんて……だから、これで良いんですッ」
「もう……」
「あ、……なら、次からは私が飲んでしまえば、」
「……君の口からそんな提案が出るなんて」
「し、したことはありませんが……。貴方になら、良いです」
「……、考えさせて」
困ったように笑って、レンはセイの頬を撫でる。癖なのか、頻繁にされるこの行為が、セイは好きだった。擦り寄って、キスをする。衣服の乱れを整えて、よろけながら立ち上がると、レンがそっと支えてくれた。
「大丈夫?」
「ありがとうございます。大丈夫ですよ」
身体はもちろん相応に怠いが、心は一層満たされた。それに、これからまた仕事に戻り、食事とシャワーを済ませてから、任務に行けるくらいには、セイには体力があるのだ。
鍵を開けて、念のため周囲を確認してから懺悔室を後にする。
「では、また後で」
「うん。気をつけてね」
「はい」
レンと別れ、廊下を歩く。鳴り響いた鐘を窓から見上げると、その先に星が浮かんでいた。そんな夜空の色に、彼を思い出す。身体に残る愛欲の感触。やはり番の印は浮かばないけれど、もうそれもどうでもいいことだ。
シスターに声を掛けられ、彼女と共に作業場へと向かう。至っていつも通りに。何もないかのように。
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苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
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