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日陰の子
少女の期待
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私は素直に、自分を助けてくれた加山君に懐いて親友になった。
しかし加山君と親交を持ってしばらく
「雄の臭いがする」
学校から帰った後。妾の子ということで、本家の人たちが住まう母屋ではなく離れで暮らしている私は、庭ですれ違った兄の一言にギクッとした。
兄は私の手を取って足を止めさせると
「俺以外のアルファと交流があるようだな?」
この頃、私は16で兄は22だった。兄は年齢を重ねるごとに、アルファとしてのオーラが強くなっていた。
その冷たい目が自分に向くだけで、胸が不穏にざわめく。いちおうは兄妹なのに、私は緊張から自然と敬語になって
「学校でいじめられていたのを、助けてくれた人です。でも友人として付き合っているだけですから、問題ありません。向こうは僕を男のベータだと思っていますから」
兄以外には家でも性別を偽っていたので、声をひそめて返すと
「思考の領域までは届かなくとも、本能で察することが人にはある。ベータと違って2つの性を持つ俺たちは、より本能に振り回される。上品ぶっていても、人よりは獣に近い生き物だ」
兄は珍しく愉快そうに目を細めて
「その男も親友のフリをして、本当はお前の首を噛みたいと狙っているかもしれないぞ」
低く囁きながら、学ランの詰襟から覗く私のうなじを指先でなぞった。私は兄の指の感触にぞくっとしながら
「ほ、本当にそんなんじゃありません。大丈夫ですから」
けれど兄の指摘が的外れでないことを、本当は私も分かっていた。
加山君は私を男だと思っているはずなのに、やけにスキンシップが多かった。
頭を撫でたり肩を組んだりならともかく、後ろから抱きしめて首筋に顔を埋めたり
『お前ってなんか、あちこち細いよな』
体のラインを知ろうとするように、手首や腰をよく掴まれた。
普通の女性なら嫌悪感を抱くだろう、過度のスキンシップ。でも私は口では「やめてよ」と拒みながら、本当は嫌じゃなかった。
兄と違って日なたの匂いがする加山君に惹かれていた。
加山君はアルファには珍しく、ベータの両親から生まれた一般家庭の子だ。
名家の男アルファのように『本妻には女アルファを。床には女オメガを』なんて残酷な通例を知らない子。
加山君なら私を日陰に追いやらないで、日の当たる世界に連れ出してくれるんじゃないか?
この首に特別の印を刻んでくれるんじゃないかと、密かに期待していた。
その少女っぽい願望は、私の独り相撲ではなかったようで
「あのさ。今日の放課後、うちに遊びに来ない?」
加山君は学校で、少し照れたように私を誘った。同性の友人を家に誘うだけなら、照れや恥じらいは要らないだろう。
加山君も私を意識している。
彼は私の憧れだったので、その誘いが震えるほど嬉しかったけど
「ゴメン。学校が終わったら、まっすぐ家に帰らないと行けないから」
加山君に近づきたい気持ちよりも、兄への恐れのほうが大きかった。
父亡き今、玖藍家の当主は兄だ。
私が腹違いの弟として、本家に置いてもらえているのは兄の恩情によるものだ。兄の機嫌を損ねて、庇護を失うことが怖かった。
だから恋よりも生活を優先して、加山君の誘いを断ったが
「じゃあ逆に、俺がお前の家に遊びに行くのは?」
遊びに行くのも来るのもダメ。そんなことを言ったら、加山君に嫌われてしまうかもしれない。
「い、家の人に聞いてみる……」
困った私は、電話で兄の判断を仰いだ。兄がダメだと言えば
『僕はそうしたいけど、家の人がダメって言うから』
と断りやすくなる。
しかし、てっきり反対されるかと思いきや
『ああ、連れて来るといい。俺もお前の友人に興味がある』
兄は拍子抜けするほど、あっさり許可した。
ベータの男として生きろと指示したくらいだから、兄さんは私を他のアルファに近付けたくないのだと思っていたのに。
でもそれはあくまで私の安全のためで、変な相手じゃなければいいと思ってくれているのかな?
とにかく兄の許可をもらった私は放課後。加山君を自宅に招いた。
私は離れに加山君を案内する前に
「うちは兄さんが親代わりなんだ。加山君と一度会ってみたいと言っていたから、僕の部屋に行く前に挨拶してもらっていい?」
「なんか両親への挨拶みたいだな」
加山君は社交的なので、苦笑しつつも兄に会ってくれた。
前に言ったように、アルファにも優劣がある。私が学校の人気者の加山君にむしろホッとするのは、兄よりもアルファとしての性質が弱いからだ。
そんな兄との面談を済ませた加山君は、離れで私と2人きりになると、詰めていた息を吐き出して
「俺もいちおうアルファだけど、やっぱり名家の跡取りとなるとオーラが違うな。虎と対峙したゴールデンの気分だった」
毛並みふさふさの可愛いワンちゃんに、自分をたとえる加山君に
「ちゃっかり可愛いものを選ぶ」
笑いながら返すと、彼はおどけた顔で自分を指しながら
「お前の兄さんと比べたら、俺は可愛いゴールデンじゃない?」
「うん。確かに可愛い」
雰囲気だけじゃなく、加山君はちょうど髪も明るい茶色だ。私は背伸びして加山君の髪を撫でながら
「お世話になっているのに失礼だけど、兄さんはちょっと怖いから。加山君のほうが優しくて好き」
兄さんと会ったばかりだからか、余計に加山君の温かい人柄にホッとして、素直に好意を告げると
「わっ? ど、どうしたの?」
とつぜん真正面から抱きしめられて驚く。
加山君は少し体を離すと、真剣な目で私を見つめて
「あのさ。いきなりキモいかもだけど、俺お前が好きなんだ。友だちじゃなくて、恋愛的な意味で」
薄っすらと好意を感じていたし、私も彼が好きだった。それでも、いざ現実に好きだと言われると動揺して
「でも僕、男のベータだし、オメガでもないよ?」
もしかしたら、あのいじめっ子たちのように、女オメガであることを無意識に感じ取っているのかも。
単なる性衝動で求めているだけかもしれない。そんな不安から、つい及び腰になってしまった。
そんな私に加山君は
「アルファやオメガと違って、ベータは100パーセント異性愛者なんだってな。そんなお前からしたら、男のアルファと付き合うなんてあり得ないかもしれないけど、俺の胸すごくドキドキしているの分かるだろ?」
彼は私を引き寄せると、自分の胸に耳を当てさせた。硬い胸板の奥から、確かに激しい鼓動が聞こえる。
「本気で好きなんだ。考えて欲しい」
加山君は私が男のベータだと思っているのに、それでも好きだと言ってくれた。
現状、日本では同性愛は禁忌とされている。外国を見習って法律を見直そうという動きもあるけど、今は公にできる状況ではない。
同性と付き合うのは、とても後ろめたいことだ。それにもかかわらず、加山君は私に告白してくれた。
一度だけ抱かせて欲しいとかじゃなくて、ちゃんと恋人として付き合って欲しいと。
泣きそうなくらい嬉しかった。でも男でもいいと言われると、逆に男が好きなのかなと不安になって
「性別的な好みじゃなくて、僕が好きなんだと思っていい? どんな僕でも受け入れてくれる?」
「どういう意味だ?」
もし加山君が私を受け入れてくれなければ、本当は女オメガであるという秘密をバラされて、居場所を失うかもしれない。そのリスクを恐れつつも
「……僕ずっと秘密にしていたけど、本当は男のベータじゃなくて、女のオメガなんだ」
思い切って打ち明けると、加山君はポカンとして
「女のオメガって……えっ!? 二次性がオメガなだけじゃなくて基本性も女なのか!?」
私が基本性・二次性ともに女だと知った彼は、上から下まで私を見ると
「じゃあ、下だけじゃなくて上も完全に女なの?」
要するに、おっぱいがあるのか聞きたいらしいけど
「気になるの、そこなんだ?」
てっきり性別を偽っていた理由を聞かれると思っていたので、私は呆気に取られた。
加山君は「ゴメン!」と真っ赤になって
「でも正直いちばん気になった……」
震え声で白状する彼に、私は少し和んで
「サラシで潰しているだけで胸はあるし、おちんちんは無いよ?」
「ちょっ!? おちんちんとか、サラッと言うな!」
「わっ、ゴメン。他に言い方、知らなくて。は、はしたなかった?」
12歳からずっと男のフリをしているせいで、私には女性としての慎みが足りないようだ。
呆れられちゃったかと慌てたけど、加山君は羞恥のせいか弱った声で
「はしたないって言うか、エロいなって……変なスイッチが入るからやめてくれ」
加山君のリアクションに少し照れつつ、改めて性別を偽っていた理由を話した。
しかし加山君と親交を持ってしばらく
「雄の臭いがする」
学校から帰った後。妾の子ということで、本家の人たちが住まう母屋ではなく離れで暮らしている私は、庭ですれ違った兄の一言にギクッとした。
兄は私の手を取って足を止めさせると
「俺以外のアルファと交流があるようだな?」
この頃、私は16で兄は22だった。兄は年齢を重ねるごとに、アルファとしてのオーラが強くなっていた。
その冷たい目が自分に向くだけで、胸が不穏にざわめく。いちおうは兄妹なのに、私は緊張から自然と敬語になって
「学校でいじめられていたのを、助けてくれた人です。でも友人として付き合っているだけですから、問題ありません。向こうは僕を男のベータだと思っていますから」
兄以外には家でも性別を偽っていたので、声をひそめて返すと
「思考の領域までは届かなくとも、本能で察することが人にはある。ベータと違って2つの性を持つ俺たちは、より本能に振り回される。上品ぶっていても、人よりは獣に近い生き物だ」
兄は珍しく愉快そうに目を細めて
「その男も親友のフリをして、本当はお前の首を噛みたいと狙っているかもしれないぞ」
低く囁きながら、学ランの詰襟から覗く私のうなじを指先でなぞった。私は兄の指の感触にぞくっとしながら
「ほ、本当にそんなんじゃありません。大丈夫ですから」
けれど兄の指摘が的外れでないことを、本当は私も分かっていた。
加山君は私を男だと思っているはずなのに、やけにスキンシップが多かった。
頭を撫でたり肩を組んだりならともかく、後ろから抱きしめて首筋に顔を埋めたり
『お前ってなんか、あちこち細いよな』
体のラインを知ろうとするように、手首や腰をよく掴まれた。
普通の女性なら嫌悪感を抱くだろう、過度のスキンシップ。でも私は口では「やめてよ」と拒みながら、本当は嫌じゃなかった。
兄と違って日なたの匂いがする加山君に惹かれていた。
加山君はアルファには珍しく、ベータの両親から生まれた一般家庭の子だ。
名家の男アルファのように『本妻には女アルファを。床には女オメガを』なんて残酷な通例を知らない子。
加山君なら私を日陰に追いやらないで、日の当たる世界に連れ出してくれるんじゃないか?
この首に特別の印を刻んでくれるんじゃないかと、密かに期待していた。
その少女っぽい願望は、私の独り相撲ではなかったようで
「あのさ。今日の放課後、うちに遊びに来ない?」
加山君は学校で、少し照れたように私を誘った。同性の友人を家に誘うだけなら、照れや恥じらいは要らないだろう。
加山君も私を意識している。
彼は私の憧れだったので、その誘いが震えるほど嬉しかったけど
「ゴメン。学校が終わったら、まっすぐ家に帰らないと行けないから」
加山君に近づきたい気持ちよりも、兄への恐れのほうが大きかった。
父亡き今、玖藍家の当主は兄だ。
私が腹違いの弟として、本家に置いてもらえているのは兄の恩情によるものだ。兄の機嫌を損ねて、庇護を失うことが怖かった。
だから恋よりも生活を優先して、加山君の誘いを断ったが
「じゃあ逆に、俺がお前の家に遊びに行くのは?」
遊びに行くのも来るのもダメ。そんなことを言ったら、加山君に嫌われてしまうかもしれない。
「い、家の人に聞いてみる……」
困った私は、電話で兄の判断を仰いだ。兄がダメだと言えば
『僕はそうしたいけど、家の人がダメって言うから』
と断りやすくなる。
しかし、てっきり反対されるかと思いきや
『ああ、連れて来るといい。俺もお前の友人に興味がある』
兄は拍子抜けするほど、あっさり許可した。
ベータの男として生きろと指示したくらいだから、兄さんは私を他のアルファに近付けたくないのだと思っていたのに。
でもそれはあくまで私の安全のためで、変な相手じゃなければいいと思ってくれているのかな?
とにかく兄の許可をもらった私は放課後。加山君を自宅に招いた。
私は離れに加山君を案内する前に
「うちは兄さんが親代わりなんだ。加山君と一度会ってみたいと言っていたから、僕の部屋に行く前に挨拶してもらっていい?」
「なんか両親への挨拶みたいだな」
加山君は社交的なので、苦笑しつつも兄に会ってくれた。
前に言ったように、アルファにも優劣がある。私が学校の人気者の加山君にむしろホッとするのは、兄よりもアルファとしての性質が弱いからだ。
そんな兄との面談を済ませた加山君は、離れで私と2人きりになると、詰めていた息を吐き出して
「俺もいちおうアルファだけど、やっぱり名家の跡取りとなるとオーラが違うな。虎と対峙したゴールデンの気分だった」
毛並みふさふさの可愛いワンちゃんに、自分をたとえる加山君に
「ちゃっかり可愛いものを選ぶ」
笑いながら返すと、彼はおどけた顔で自分を指しながら
「お前の兄さんと比べたら、俺は可愛いゴールデンじゃない?」
「うん。確かに可愛い」
雰囲気だけじゃなく、加山君はちょうど髪も明るい茶色だ。私は背伸びして加山君の髪を撫でながら
「お世話になっているのに失礼だけど、兄さんはちょっと怖いから。加山君のほうが優しくて好き」
兄さんと会ったばかりだからか、余計に加山君の温かい人柄にホッとして、素直に好意を告げると
「わっ? ど、どうしたの?」
とつぜん真正面から抱きしめられて驚く。
加山君は少し体を離すと、真剣な目で私を見つめて
「あのさ。いきなりキモいかもだけど、俺お前が好きなんだ。友だちじゃなくて、恋愛的な意味で」
薄っすらと好意を感じていたし、私も彼が好きだった。それでも、いざ現実に好きだと言われると動揺して
「でも僕、男のベータだし、オメガでもないよ?」
もしかしたら、あのいじめっ子たちのように、女オメガであることを無意識に感じ取っているのかも。
単なる性衝動で求めているだけかもしれない。そんな不安から、つい及び腰になってしまった。
そんな私に加山君は
「アルファやオメガと違って、ベータは100パーセント異性愛者なんだってな。そんなお前からしたら、男のアルファと付き合うなんてあり得ないかもしれないけど、俺の胸すごくドキドキしているの分かるだろ?」
彼は私を引き寄せると、自分の胸に耳を当てさせた。硬い胸板の奥から、確かに激しい鼓動が聞こえる。
「本気で好きなんだ。考えて欲しい」
加山君は私が男のベータだと思っているのに、それでも好きだと言ってくれた。
現状、日本では同性愛は禁忌とされている。外国を見習って法律を見直そうという動きもあるけど、今は公にできる状況ではない。
同性と付き合うのは、とても後ろめたいことだ。それにもかかわらず、加山君は私に告白してくれた。
一度だけ抱かせて欲しいとかじゃなくて、ちゃんと恋人として付き合って欲しいと。
泣きそうなくらい嬉しかった。でも男でもいいと言われると、逆に男が好きなのかなと不安になって
「性別的な好みじゃなくて、僕が好きなんだと思っていい? どんな僕でも受け入れてくれる?」
「どういう意味だ?」
もし加山君が私を受け入れてくれなければ、本当は女オメガであるという秘密をバラされて、居場所を失うかもしれない。そのリスクを恐れつつも
「……僕ずっと秘密にしていたけど、本当は男のベータじゃなくて、女のオメガなんだ」
思い切って打ち明けると、加山君はポカンとして
「女のオメガって……えっ!? 二次性がオメガなだけじゃなくて基本性も女なのか!?」
私が基本性・二次性ともに女だと知った彼は、上から下まで私を見ると
「じゃあ、下だけじゃなくて上も完全に女なの?」
要するに、おっぱいがあるのか聞きたいらしいけど
「気になるの、そこなんだ?」
てっきり性別を偽っていた理由を聞かれると思っていたので、私は呆気に取られた。
加山君は「ゴメン!」と真っ赤になって
「でも正直いちばん気になった……」
震え声で白状する彼に、私は少し和んで
「サラシで潰しているだけで胸はあるし、おちんちんは無いよ?」
「ちょっ!? おちんちんとか、サラッと言うな!」
「わっ、ゴメン。他に言い方、知らなくて。は、はしたなかった?」
12歳からずっと男のフリをしているせいで、私には女性としての慎みが足りないようだ。
呆れられちゃったかと慌てたけど、加山君は羞恥のせいか弱った声で
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