ブライアンのお気に入り

十二月のこと

ゴメンね、ハンナ

　しかしカザネの物思いを邪魔するように、

「ナードのくせに、こんないい女と踊って、いいご身分だなぁ？」

　不穏な声に振り向くと、ジムとハンナがガラの悪い黒人同級生たちに絡まれていた。そもそも同級生の集まりなのでギャングとかではないが、気の弱い子たちにとっては十分な迫力で

「それにしても驚いたぜ。まさかハンナがこんなにイカしてたとはな」

　彼らはハンナの髪や肩に無遠慮に触れると、

「黒人は黒人同士仲よくしようぜ。こんなへなちょこ野郎よりも、俺たちのほうがよっぽど君を楽しませられる」
「あっ、嫌。離して」

　目の前で彼女が攫さらわれそうになり、流石のジムも黙っていられず

「ちょ、ちょっと待ってよ。ハンナは嫌がっているじゃないか」
「うるせぇ！　オタクは黙ってな！」

　止めようとしたものの、ドンと突き飛ばされてしまった。

「ジム！」

　ハンナは尻もちをついたジムに駆け寄ろうとしたが、

「そんなヤツ放っておいて俺たちと遊ぼうぜ」

　黒人男子たちはグイと彼女の腕を引っ張って、無理やり連れて行こうとする。突然の修羅場にどうしたらいいか分からず、オロオロするカザネの代わりに

「その辺にしとけよ」

　騒ぎに気付いたブライアンが、バシッと彼らの腕を払うと、

「チンピラじゃあるまいし、強引なナンパをするなよ。せっかくのパーティーが台無しだろうが」

　学園のキングであるブライアンに睨まれて、彼らは「うっ」とたじろいだ。さらにブライアンに呼応するように他のゲストたちも

「ブライアンの言うとおりよ」
「もめごとを起こすなよ」

　口々に彼らを注意した。リーダーであるブライアンが動けば、皆もそれについて行く。スクールカーストのトップが学園のカラーを左右するとは、こういうことかとカザネは実感した。

　多勢に無勢で居心地が悪くなった黒人男子たちは

「べ、別に悪さをしようとしたわけじゃ……」
「ちょっと声をかけただけなのに大袈裟なんだよ……」

　などモゴモゴ言い訳をしながら、ハンナを解放した。カザネはまず「ハンナ、大丈夫？」と彼女を気遣ったあと、

「ありがとう、ブライアン。ハンナを助けてくれて」

　騒ぎに気付いて止めてくれたブライアンに感謝を述べた。しかしブライアンは難しい顔で

「お嬢ちゃんと違ってハンナは変身しすぎたな。いい女になりすぎてジムには不釣り合いだ」

　自力でハンナを護れなかったジムを責めた。同じ男だからこそ遠慮なく指摘するブライアンに

「そんな……。ジムだってハンナを助けようとがんばったのに……」

　自分なんてオロオロするばかりで注意もできなかった。それに比べれば、止めようとしただけジムはすごかったとカザネは思ったが、

「いや、ブライアンの言うとおりだよ。僕がもっと強ければ、ハンナを護ってあげられたのに……」

　他でもないジムが、自分の不甲斐なさをいちばん責めて

「ゴメンね、ハンナ。護ってあげられなくて」

　泣きそうに声を震わせながら謝罪すると、

「ジ、ジム！」

　ハンナの制止も聞かずに、会場から飛び出して行った。慌てて彼を追いかけるハンナに続いて、カザネも駆けだそうとしたが、

「お前は行くな」
「でも」

　ブライアンはカザネの腕を掴んで引き留めると、

「むしろチャンスだろ」
「えっ？」
「２人きりで話させてやれよ。ハンナの気が変わっていなきゃうまくいく」

　ジムはハンナを護れなかった自分を責めている。その罪悪感を拭えるのは当事者であり、ジムを愛しているハンナだけだ。ハンナがカザネのように、形にならなかったジムの勇気を汲める子であれば、かえって仲が深まるだろう。