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第8話・波乱

最終選考の夜

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 あれからさらに5か月。魔王の再封印まで残り1か月になり、予定どおり、正式な導き手と騎士を選ぶことになりました。

 導き手には満場一致で律子さんが選ばれました。問題は封印の騎士の選定です。

 封印の騎士にはユエル君と風丸とアルゼリオさんが選ばれました。

 最も高レベルかつ回復魔法の使い手であるユエル君に、アタッカーツートップである風丸とアルゼリオさんを加えるのは、攻守のバランスにおいて最良の選択でした。

 しかし選ばれなかったカイゼルさんとクレイグさんが

「自分の好きな男と、友人のお気に入りでパーティーを組むなんて私情もいいところだ」

 と反発したので「話し合いで納得できないなら」と再び騎士同士で戦うことになりました。

 けれど、その結果はもちろん。

「浮かない顔だね。もしかして、まだ昼間の件を気にしてんのかい?」

 夜。いつものように私の部屋に来た風丸に、私はベッドに腰かけたまま「うぅ」と唸って

「はい、実は。私が気にしたところで無意味なのは分かっているんですが、同じ目的のために集まった仲間同士で揉めてしまったことが悲しくて」

 例の腕試しはカイゼルさんとクレイグさんが順当に敗北しました。それによって贔屓ひいきとは言えなくなったものの、力でねじ伏せられて平気なはずがありません。

 カイゼルさんとクレイグさんは万が一の時の補欠として拠点に残るそうですが、彼らの気持ちを思うと心が重くなりました。

 勝手に気落ちする私の隣に、風丸は腰を下ろすと

「誰かが勝てば誰かが負けるのが道理だし、けっきょくアイツらの自業自得だよ。最初からずっとユエルみたいに、全力で努力して来たわけじゃないんだから」

 いつもどおりシビアな見解を示しましたが、ふとすまなそうな顔をして

「……なんて、ゴメンな。そんなことはマスターちゃんも分かっていて、それでも心苦しいんだってことは分かるんだけどさ。俺はアンタほど優しくないから、他人に同情も共感もできない」

 自分を非情だと責めている様子の風丸に、私は咄嗟に

「そんなことないですよ。風丸は優しいです。優しくなかったら、今の話なんて「考えても仕方ないだろ」で終わりです。浮かない顔だねって気づいてくれただけで、十分嬉しかったですよ。ありがとう」

 お世辞じゃなくて風丸は本当に優しいです。本人にもちゃんと自分が優しいことを知って欲しくて、一生懸命伝えました。

 風丸は表情を和ませると、慈しむように私の頬に触れて

「笑顔を強要するわけじゃないけど、アンタにはずっと笑っていて欲しいな。俺はマスターちゃんの笑っている顔が、いちばん好きだからさ」
「風丸が居れば、おのずと笑顔です!」

 パーッと笑いながら愛を叫んだものの

「って今日から私は、あなたのマスターではないんでしたね」

 これまでどおりの関係を求めてはいけないと自重しましたが、風丸はかえってムッとして

「なんだそれ。言っとくけど、俺は和泉の姐御に貸し出されただけで、寝返ったつもりはねーからな。この腕輪と同じだよ。別の人間が持っていても俺の主はアンタだけだ」

 縋るように私の腕を掴むと

「だから勝手に手放さないで。俺の主だって自覚をちゃんと持っていてよ」

 私は予想外の必死さに少し戸惑いながら

「でも私はあと1か月で、元の世界に帰っちゃうのに」

 その言葉に、風丸は親に捨てられた子どもみたいな顔で

「……じゃあ、アンタはもう俺が要らない? 後は和泉の姐御の仕事だから要らないの?」
「そんなことありません!」

 私は離れかけた風丸の手を強く取ると

「もう導き手としてあなたにしてあげられることはありませんが、元の世界に戻るまで全力で幸せにする約束です。だから風丸は好きなだけ、私に甘えていいんです。私もそれが嬉しいですから」

 真剣に言い聞かせると、風丸は無言で私に抱きついて来ました。ただそれは、いつものじゃれ合いではなく

「か、風丸? 震えていますけど、大丈夫ですか?」

 風丸の異変に気付いて声をかけると

「アンタを好きなだけ貪って来た反動かな。もうすぐアンタが居なくなると思うと、すげー怖いんだ。まるでヤク中が、クスリが切れるのを怖がるみたいにさ。マスターちゃんの力って本当に、俺にとって麻薬だったみたいだな」

 最初はなんの役に立つのか分からなかった『風丸を幸せにする力』。実際は私が望んだ以上の力があって、風丸は本当に幸せそうでした。……でも、それは明らかに自然に逆らった力だから

「……私が居なくなれば、きっと元に戻りますよ」

 宥めるつもりが、顔を上げた風丸はかえって傷ついた表情で

「元は幸せだったみたいな言い方だね? マスターちゃんが居なくなったら、ただ冷たくて真っ暗なところに戻るだけだよ。救いも光も無い」
「風丸」

 私はあえて彼の言葉を遮ると

「魔法に頼らなくても、救いや光はあるんですよ。私はあなたと違ってずっと素面しらふでしたが、あなたがくれる笑顔や言葉が、いつも奇跡みたいに幸せでした」

 想いが伝わるように風丸の目を見つめながら

「心から人を好きになれたら、特別な魔法なんて無くても人は最高に幸せになれるんです。だから魔法が無くなっても大丈夫。風丸なら絶対に、心から愛し合える人と巡り会えますから」

 今あるものを失うことはすごく怖いです。でも喪失の後には、きっと今度こそ本物の幸せが手に入ると励ましました。

 しかし風丸は拒絶するように、私を押し返すと

「俺は他の人間なんか要らない! アンタが欲しいんだよ!」

 風丸に怒鳴られたのははじめてで、私はビクッと怯みながら

「か、風丸。でも、あなたのその感情は」
「分かっているよ、まやかしだって……仮にアンタがここに残ると言ったって、どうせ俺は受け入れられない。手放すしか無いのに……」

 私には彼が何を言わんとしているのか分からず「か、風丸?」と、ただ声をかけましたが

「……ゴメン。今日は帰る」

 激情を見せたのも束の間。風丸は水をかけられたように気落ちして、自分の部屋に戻りました。酷く混乱していましたが、風丸は大丈夫でしょうか?

 風丸が去って1人になってからも、彼が心配でなかなか眠れませんでした。風丸は明らかに、なんらかの苦悩を抱えています。でも私に打ち明けてくれる気は無いようです。失望を恐れて知られたくないのか、それとも言っても力になれないことなのか。

 ……私と居れば幸せを感じられる力じゃなくて、ただ彼が幸せになる奇跡が欲しかったです。そう望んだつもりなのに、なんで私は風丸のために何もしてあげられないんでしょう。

 風丸を助けられないことが悔しくて、私は泣きながら目を閉じました。
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