わたしは怨霊になりたい

知見夜空

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新婚編

はじめてのお誘い、盛り上がる外野

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 結婚してから私とササグは、家族が住む母屋ではなく離れで暮らしていた。仕事だけでなく家のことも、初日の約束どおり全てササグがやってくれている。

 日本昔話のようなこの世界では特に、夫だけ働かせて妻は昼まで寝ているなんて許されない。

 恐らく公家や武家のお姫様だって、そんな怠惰な生活はしていない。

 当然ながら母や姉が

「旦那だけ働かせて、自分は昼まで寝ている嫁がありますか。結婚したんだから、アンタも家事くらい覚えなさい」

 と注意したが、ササグが止めに入ってくれた。

 その後。私不在で行われた家族会議で、ササグは私の両親と姉に

「ウラメ様が大蛇の生贄になろうとしたのは単に村のためだけでなく、死にたいと言う気持ちがあったからだそうです」

 私の希死念慮きしねんりょを伝えて

「今ウラメ様が生きているのは、俺がどうしても生きていて欲しいと縋ったからなんです。必要なことは全て俺がやりますから、ただでさえギリギリで生きているウラメ様を、これ以上追い詰めないであげてください」

 と真剣に訴えたそうだ。

 相変わらず間違いでは無いのだが、ササグが説明すると、やたら深刻な感じになる。

 ササグの頼みを聞き入れた家族は、私が相変わらず昼夜逆転の生活をしていても

(追い詰めて死なれたら嫌だし、ごく潰しでもササグが面倒を見るならいいか……)

 と黙認してくれるようになった。

 今さらだけど、こんな粗大ごみのような女をなぜあえて背負おうとするのか、ものすごくササグに問いたい。

 それでもササグ自身は、自分にとっては損しかない新婚生活を

「毎晩ウラメ様と同じ部屋で眠れるなんて嬉しいです。子どもの頃に戻ったみたいだ」

 夜。ただ布団を並べて寝るだけのことを、とても喜んでいた。

 昔、ササグは夜になると不安が増すらしく寝付けないことが多かった。またササグが死ぬためのものでしかなかった頃は、父は彼に粗末な着物と寝場所しか与えなかった。

 それは単なるケチではなく、お互いの立場を明確にするため。ササグに懐かれて愛着を持たないようにするための予防策だった。

 ともかく不安と粗末な寝床のせいで、寝つきが悪かったササグを私は自分の離れに招いて

『私は昼間眠るから、夜はササグが使っていいよ』

 と布団を貸してあげた。そして悪戯心から、ササグの枕元に座り込み、薄ら笑いで彼の寝顔を見下ろすと言う怨霊ムーブを楽しんだ。

 寝かせたいのか邪魔したいのか分からない行動だったが

「ウラメ様はただ布団を貸すだけじゃなく、夜通し俺を見ていてくれましたよね。目を開けるたびにウラメ様が微笑んで俺を見てくれているのが分かって、すごく安心しました」

 私はいつもニタァ~っと笑っているつもりだったが、ササグには聖母の微笑に見えていたらしい。

 ササグ、視力大丈夫? いくつ? って感じだけど、ササグは飛ぶ鳥の心臓を正確に射貫くことができる。それは技術もさることながら、視力が優れている証拠だ。

 なんで私にだけ目の機能異常になるの? と心配になる。

 けれど、ササグは温かそうな顔で過去の話を続けて

「いつも俺が眠るまで色んな話を聞かせてくれて……こうして考えると、俺はウラメ様のおかげで普通の子どもより、ずっと幸せな子ども時代を過ごしたと思います」
「いや、絶対にそんなことないけど」

 繰り返しになるが、ササグは生贄として村にもらわれて来て、人一倍努力した末に有益な人材として認められたのだ。

 今は村の人たちと友好的な関係を築いているが、それはササグが役に立つから。

 親からの無償の愛という決定的なものが欠けているのに、普通の子よりも幸せだったなんて明らかに言いすぎだ。

 しかし私の言葉に、ササグは首を振って

「もし今の人生と、普通の子どもとして何不自由なく暮らせる人生を交換できるとしても、俺はウラメ様と居られる人生のほうがいいです。それは普通に育つよりも、ウラメ様がくれた幸せのほうが大きい証拠です」

 これはササグの心の歪みが生み出す妄信だ。だけど、それを口にするササグの顔はあまりに綺麗で幸せそうで、私はまた胸が痛くなり

「……じゃあ、もっと幸せになれるようなことをする?」
「もっと幸せになれることって?」
「別々じゃなくて一緒の布団で寝る?」

 私の提案に、ササグは「えっ!?」と驚くと

「ウラメ様と寝られたらすごく嬉しいけど……嬉しいだけでは多分、済まないからダメです……」

 恥ずかしそうに目を伏せながら遠慮する彼に

「私に変なことをしたくなる?」

 重ねて聞いてみると、ササグは躊躇いがちに頷いた。相変わらず、こんな女になぜだと疑問しか無いが

「ちょっとならいいよ。変なことをしても」
「えっ!? ……ちょ、ちょっとって、どこまで?」
「口づけしたり体を触ったり」

 未知の行為への不安が大きすぎて「やってよし」とは言えず、半端に許可を出すと

「……でも触りはじめたら、ちょっとじゃ無理です。多分いっぱい触りたくなります」

 ササグは言葉だけで堪らなそうな顔をしていた。彼の欲を感じて私もドキッとしたが

「可愛いっ! 可愛いねぇっ!」
「あーん! あたしが抱かせてあげたい!」

 実はセコンドとしてこの様子を見守っているお姉さんがたのほうが大興奮しているせいで、すぐに冷静になった。

 我に返ったせいで、ササグの期待に応えたい気持ちよりも、また不安のほうが大きくなり

(許可なんて出して大丈夫ですかね? 怖いことになりませんかね?)

 心の中でお姉さん方に問うと

「何も怖いことなんてないよ! こんなにアンタを愛している子との交わりが、怖いはずないじゃないか!」

 無責任に煽られている気がするけど

「アンタは怨霊になりたいんだろう!? だったらササグ君に純愛を捨てさせないと!」

 た、確かに……と納得した私は

「……さ、ササグの好きにしていいよ」

 と恐る恐る許可した。
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