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第9話・誓いの指輪

もし、この誓いを違えたら

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「これって、もしかして結婚指輪?」

 それはビー玉ほどの大きさの青い石がついた幅広の金の指輪だった。リングの表面には繊細な装飾が施されていて、一目で貴重な品だと分かる。

「僕の一族に古くから伝わる指輪です。いつか最愛の人ができたら贈るようにと、父から譲り受けました」

 この指輪を贈るのは、ユエルの一族にとって本気の証拠らしい。ユエルの父親は結婚したものの、この指輪は贈らなかったそうだ。これは結婚相手ではなく、心から愛する人とだけ交わす誓いの指輪だから。

 ユエルによれば、この指輪によって結ばれた婚姻は重臣たちにも引き裂けないと言う。

「ですから、この指輪をマスターに受け取って欲しいんです。誰にも僕たちの結婚を邪魔できないように」
「そんなに大事な指輪を贈る相手が、本当に私でいいの?」

 真剣な気持ちを疑われたら、誰だって傷つく。それでもやはりユエルを大事に想うからこそ、本当に私でいいのかと、つい不安になって聞いてしまった。

 けれどユエルはムッとすることもなく、ひたすら誠実な態度で

「僕の気持ちが信じられないのでしたら、余計にこの指輪を受け取ってください。僕は王だから、あなたのためだけには生きられないけど、女性として愛するのは生涯あなただけです。もし、この誓いをたがえたら死んでもいい」

 死という強い表現に驚いたが、不思議と大袈裟だとは感じなかった。自分の言葉に酔えるような子なら「使命よりもマスターが大事です」と容易く言えていただろう。ユエルはいつも自分の本心を、過不足なく伝えようとする。

「その代わり10年後、必ず僕と結婚してください。どんな障害があろうとそれを乗り越えて、必ず僕と添い遂げると、この指輪に誓ってください」
「……分かった。10年後も君の気持ちが変わらなければ、必ずユエルと結婚するよ。いい時も悪い時も変わらず、ずっと君の傍に居ると誓う」

 お互いの指に指輪を嵌めると、不思議とピッタリフィットする。宝石の色が暗い青から、煌めくような緑に変わった。剣や防具もそうだが、上級のアイテムは持ち主の体格に合わせてサイズが変わる。宝石の色が変わったのは、使用中のサインだそうだ。

「使用中のサインって?」

 私の質問に、ユエルはニコニコと

「誓いが聞き届けられた証拠です。僕はあなただけを愛するという誓いを違えたら死ぬと宣言したので、他の女性に気移りしたら、この指輪によって命を奪われます」
「えっ!?」

 仰天する私とは対照的に、ユエルはケロッとした顔で

「マスターには、なんのリスクも無いから大丈夫ですよ?」
「でも君にはリスクしか無くない!?」
「僕はできない約束はしないので大丈夫です。この指輪に誓ってしまえば、誰も僕からマスターを引き離せないので安心です」

 私以外の女を愛したらユエルは死んでしまうのだから、そりゃ私を引き離せないだろう。ちなみに指輪は解呪不可能で、私が先に死んでもユエルには誓約を果たす義務が残るそうだ。つまりユエルは本当に、私以外の人とは結婚できなくなってしまった。

「やっぱり君にはデメリットしかない気がするんだけど」
「いい点もありますよ。僕が誓いを守れば、マスターの誓いが必ず成就するように、指輪が助けてくれるそうですから。僕があなたを想い続ける限り、必ずマスターに添い遂げてもらえます」

 要するにユエルは、私を死ぬまで傍に置くために、指輪に命がけの誓願をしたそうだ。そしてユエルが誓願を守り続ける限り、私は指輪によって強制的に、その約束を果たさせられる。

 ……あれ? 私もしかしてユエルに呪われた?

 声には出さなかったが、顏にはありありと恐怖が表れていたようで

「……僕から一生離れられなくなることは、マスターにとって呪いですか?」

 光を無くした目で微笑むユエルに

「最高に幸せな約束だよ! ありがとう!」

 不穏な気配を感じた私は、親指を立てて力強く言い切った。

「良かった。マスターも喜んでくれて」

 ユエルは温かな笑顔に戻ると、嬉しそうに声を弾ませながら

「伝承として効果が知られているだけで、実際に使った人はあまり居ないそうなんですが、効くといいですね。この指輪」
「う、うん……」

 そりゃ普通はしないだろうな。こんな死と隣り合わせの誓願……。

 ユエルは私にとって最愛の人だ。彼以上に愛せる人は居ないと私だって思うが、だからって誰にも引き裂けないように平気で『死の誓い』を立てられてしまうユエルに『剣聖の片りん』ならぬ『ヤンデレの片りん』を感じた。
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