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エピローグ・眩しい日々の後で

あの日々を忘れぬように

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 風丸の想いや呪いについては、由羽ちゃんには話せなかった。仮にあの窮地を切り抜けたとして、里長の呪いで縛られた風丸に幸せな未来が訪れるかは分からない。

 だからこそ由羽ちゃんには、もう手の届かないところに居る彼のことで、これ以上不安にさせたくなかった。風丸自身が彼女と別れる時、由羽ちゃんに心配をかけないように、最後まで苦しみを隠し通したように。

 ……これでいいんだよね、風丸。自分のせいで由羽ちゃんが思い悩むより、彼女だけでも幸せで居てくれたほうが。


 喫茶店を出て駅に向かう途中。由羽ちゃんは最後に、私に思いがけない提案をした。

「あの、良かったら一緒に『騎士王と主の伝説』のゲームを作りませんか?」

 目を丸くする私に、由羽ちゃんは続けて

「このまま記憶が風化して、いつか本当に無かったことになってしまうのは嫌だから。私たちの記憶が確かなうちに、あそこであったことを再現してみませんか?」

 誰かに見せるためではなく私たちが皆を忘れないために、2人だけのゲームを作ろうと私を誘った。

 由羽ちゃんはイラストや漫画は得意だが、機械に弱い。ゲーム制作と言うと、覚えることが多すぎて1人では困難だった。だけど自分よりも有能そうな私が加わってくれたら、分担してできるのではないかと考えたそうだ。

 けれど言った後で

「って、すみません。律子さんは正社員で、フリーターの私と違って忙しいのに。ゲーム制作なんてできませんよね」
「……いや、やりたい。私も皆を忘れたくないから」

 そんな流れで私たちは、あの世界での出来事を忘れないために、2人だけのゲームを作ることになった。


 それから私は手始めに、会社を辞めることにした。ゲーム作りのためだけじゃなく、あの世界に行く前と後では、すっかり価値観が変わってしまって、稼ぐだけの仕事に意義を見出せなくなったから。

 漠然と独りで生きていくだろうと考えていたので、貯金なら結構ある。今は由羽ちゃんとゲームを作って、それが終わったら、これからの生き方を考えよう。


 引継ぎなどを終えて退職の日。同じ部署の女の子から花束を受け取って会社を出ると、後輩が追いかけて来た。

 彼は私より2つ年下の明るい雰囲気の好青年で、仕事ぶりは普通だが、顔立ちも人当たりもいい。女性社員だけでなく上司や取引先にも人気があった。

 なんで彼が追いかけて来たのか分からず、首を傾げる私に

「あの、会社を辞めてからも、たまに会えませんか?」
「何か心配事でもあるの?」
「いえ、相談に乗って欲しいわけじゃなくて。ただ和泉先輩に会いたくて」

 なんで私なんかと社外で会いたいんだ? どちらかと言えば、この後輩と違って私は会社で煙たがられていた。年齢、性別、立場関係なく、相手が誰でも必要なことは言う主義なので。「仕事はできるがキツイ」とか「和泉さんにはついていけない」とか子どもの頃から言われて来た。

 しかしこの後輩は、意外にもそんな私を

「俺、和泉先輩が好きなんです。脈が無いのは分かっていたから、ずっと言えなかったけど。会社を辞めると聞いて、もう会えないんだと思ったら、やっぱり後悔したくなくて」

 昔から人に好かれ、優しくされることが多かった彼にとって、私だけが欠点をビシバシ指摘してくれる相手だったらしい。指摘はいつも手厳しかったが、ちゃんと納得できるもので、この人は誠実だと感じたのだそうだ。

 私は彼とは逆に、人に好かれることも理解されることも少ない。だから大抵の人には疎まれる部分を、好きだと言ってくれる気持ちはありがたかったが

「ありがとう。でも忘れたくない人が居るから。君が悪いとかじゃなく、誰とも付き合えない」
「忘れられないんじゃなくて、忘れたくないんですか?」
「そう。忘れたくないんだ。大切だから」

 二度と会えない人のために、せっかくのチャンスをふいにするなんて馬鹿かもしれない。それでも、もう触れられず会うこともできないユエルを、ずっと好きでいたかった。

 あの修羅場を切り抜けたとしても、これからもあの世界で戦い続けて行くだろう彼に。傍に居て支えられないなら余計に、心だけでも捧げたかった。

 私の返事に

「いいな、その人。先輩にそこまで想われて」

 彼は少し悲しそうに微笑むと、後輩としての顔に戻って

「これまで面倒をみてくれて、ありがとうございました。新しいところでも、お元気で」
「ありがとう。君も元気で」

 そう言って彼と別れた。


 それからは由羽ちゃんと、ひたすらゲームを作った。当初の予定どおり、絵心のある由羽ちゃんがグラフィックを担当。私がシナリオとプログラミングを担当した。素人なので、戦闘はオリジナルに比べるとだいぶしょぼくなってしまった。2人で分担してフリーの音源を提供しているサイトから、BGMを拾ってつけた。私のマネ―パワーで声優をつけても良かったが、ボイスはあえてつけなかった。

「風丸とユエル君が原点で頂点ですからね!」

 由羽ちゃんの言うとおり、推しの肉声に勝るもの無しだ。
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