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間の話・花冠の花嫁
エニシアの花言葉
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教会は祈りや懺悔の他に、結婚式や葬儀にも使われる。
今日は私がこの村に来てから、はじめて結婚式が行われた。
私も教会の関係者としてお手伝いがてら、結婚式を見守ることになった。教会の席は新郎新婦の親族と、親しい人たちで埋まっていた。
私とカイルは邪魔にならないように、壁際に立ったまま式を見守った。
手作りのドレスに身を包んだ花嫁が、同じく彼に用意できる中でいちばんの正装をした花婿の隣に立つ。他人の結婚式に出席するのは、考えてみればはじめてだ。
神父様の前で新郎新婦が誓いを述べる。ここまでは一般的な結婚式と同じだった。しかし普通なら指輪を交換するところで
「では花婿から花嫁に、エニシアの花冠を」
聞き慣れない言葉に、私は目を丸くして
「エニシアの花冠って?」
隣に立つカイルに小声で尋ねると
「この村の風習なんだ」
カイルの村の周辺にはエニシアという花が咲いている。エニシアは温かい時期だけ咲いて、寒くなると完全に姿を消す。しかしまた春が来れば必ず咲くことから『消えない約束』という意味があるそうだ。
カイルの村では、このエニシアが婚儀に使われると言う。求婚の時に1輪渡し、結婚式では花婿が作った花冠を花嫁に贈る。花は朽ちても消えない約束で、2人が永遠に結ばれるように。
「最近は貴族や都会の人たちのやり方に憧れて、すぐに朽ちる花冠より指輪のほうがいいと言う人も多いけど、花嫁さん、やっぱり嬉しそうだね」
カイルの言うとおり、花婿から贈られた花冠を被った花嫁の顔は幸せに満ちていた。
彼らは親に強いられてではなく、自分の意思で結婚するのか。たくさんの人の中からたった1人、特別な人を見つけ出して。この人と永遠に添いたいと、美しい願いを抱いて。
愛は私にとって、最も縁遠いものだ。だからそれが今、他人のものだとしても目の前にあることに、自分でも意外なほど感銘を受けて
「花冠の花嫁か。おとぎ話の結婚式みたいで素敵だね」
子どもの頃の無邪気な憧れを、ふと思い出した。大人になれば愛する人と出会って、永遠の幸せを得るのだと。
私は自分以外にも、たくさんの不幸な人を見て来た。だから物語に描かれるような愛や幸せなど、どこにも無い気がしていた。
でも自分のものでは無くても、胸が温かくなるような幸せが、確かにあることを知れた。
彼女たちの晴れの日を、眩しい気持ちで眺めていると
「アニスもああ言うの憧れる?」
なぜかちょっとソワソワと問うカイルに私は
「そうだね。私には縁の無い世界だけど」
カイルも前に言っていたが、永遠の愛を手に入れられるのは、心身ともに清らかな乙女だけだ。
体だけでなく心まで荒み切った今の私には、羨むことすらおこがましい。
「そ、そんなことないよ! アニスは可愛いから、エニシアの花冠が絶対に似合う!」
嫌われ者の魔女マインドで生きている私には、カイルの言う「可愛い」がいつでも不可解なので
「くれる人が居ないよ」
やや苦笑いで返すと
「あの、だったら俺が……」
カイルはゴニョゴニョと何か言いかけたが
「おしゃべりはこのくらいにしよう。人の結婚式で私語ばかりするのはよくない」
「う、うん……」
なぜか少し気落ちした様子のカイルを見下ろして、この子もいつか大人になって誰かと出会うのかと、ふと想像した。
今日の花嫁のように、愛情に満ちた美しい人だといい。私はきっと、それを見られないけど。
この優しい少年が大人になった時、隣に立つ女性は利害による契約ではなく、愛情によって結ばれた相手であって欲しいと密かに願った。
今日は私がこの村に来てから、はじめて結婚式が行われた。
私も教会の関係者としてお手伝いがてら、結婚式を見守ることになった。教会の席は新郎新婦の親族と、親しい人たちで埋まっていた。
私とカイルは邪魔にならないように、壁際に立ったまま式を見守った。
手作りのドレスに身を包んだ花嫁が、同じく彼に用意できる中でいちばんの正装をした花婿の隣に立つ。他人の結婚式に出席するのは、考えてみればはじめてだ。
神父様の前で新郎新婦が誓いを述べる。ここまでは一般的な結婚式と同じだった。しかし普通なら指輪を交換するところで
「では花婿から花嫁に、エニシアの花冠を」
聞き慣れない言葉に、私は目を丸くして
「エニシアの花冠って?」
隣に立つカイルに小声で尋ねると
「この村の風習なんだ」
カイルの村の周辺にはエニシアという花が咲いている。エニシアは温かい時期だけ咲いて、寒くなると完全に姿を消す。しかしまた春が来れば必ず咲くことから『消えない約束』という意味があるそうだ。
カイルの村では、このエニシアが婚儀に使われると言う。求婚の時に1輪渡し、結婚式では花婿が作った花冠を花嫁に贈る。花は朽ちても消えない約束で、2人が永遠に結ばれるように。
「最近は貴族や都会の人たちのやり方に憧れて、すぐに朽ちる花冠より指輪のほうがいいと言う人も多いけど、花嫁さん、やっぱり嬉しそうだね」
カイルの言うとおり、花婿から贈られた花冠を被った花嫁の顔は幸せに満ちていた。
彼らは親に強いられてではなく、自分の意思で結婚するのか。たくさんの人の中からたった1人、特別な人を見つけ出して。この人と永遠に添いたいと、美しい願いを抱いて。
愛は私にとって、最も縁遠いものだ。だからそれが今、他人のものだとしても目の前にあることに、自分でも意外なほど感銘を受けて
「花冠の花嫁か。おとぎ話の結婚式みたいで素敵だね」
子どもの頃の無邪気な憧れを、ふと思い出した。大人になれば愛する人と出会って、永遠の幸せを得るのだと。
私は自分以外にも、たくさんの不幸な人を見て来た。だから物語に描かれるような愛や幸せなど、どこにも無い気がしていた。
でも自分のものでは無くても、胸が温かくなるような幸せが、確かにあることを知れた。
彼女たちの晴れの日を、眩しい気持ちで眺めていると
「アニスもああ言うの憧れる?」
なぜかちょっとソワソワと問うカイルに私は
「そうだね。私には縁の無い世界だけど」
カイルも前に言っていたが、永遠の愛を手に入れられるのは、心身ともに清らかな乙女だけだ。
体だけでなく心まで荒み切った今の私には、羨むことすらおこがましい。
「そ、そんなことないよ! アニスは可愛いから、エニシアの花冠が絶対に似合う!」
嫌われ者の魔女マインドで生きている私には、カイルの言う「可愛い」がいつでも不可解なので
「くれる人が居ないよ」
やや苦笑いで返すと
「あの、だったら俺が……」
カイルはゴニョゴニョと何か言いかけたが
「おしゃべりはこのくらいにしよう。人の結婚式で私語ばかりするのはよくない」
「う、うん……」
なぜか少し気落ちした様子のカイルを見下ろして、この子もいつか大人になって誰かと出会うのかと、ふと想像した。
今日の花嫁のように、愛情に満ちた美しい人だといい。私はきっと、それを見られないけど。
この優しい少年が大人になった時、隣に立つ女性は利害による契約ではなく、愛情によって結ばれた相手であって欲しいと密かに願った。
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