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逆転劇

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 翌日の放課後。生徒会からの呼びかけで、全校生徒は再び講堂に集められた。

 サファイアの登場を待つ間。生徒たちはライアさんをチラチラと見つつ

「サファイア様は無実を証明すると言っていたけど、いったいどうするおつもりだろう?」
「あの聡明で美しいサファイア様が、激情に任せて恋敵を階段から突き落としたばかりか、しらばくれようとしているなんて信じたく無いけど……」

 3人の証言のせいで揺れているものの、ほとんどの生徒がサファイアの無実を願っているようだ。

 ただサファイアへの好意はあっても、今日この場でライアさんの嘘を証明できなければ、憧れは失望に変わるだろう。

 信じたいけど、信じ切れず、不穏にざわめく生徒たちの前に、やがてサファイアは現れた。

 しかし婚約者であるアルベール様を伴って登場した彼女の姿は

「えっ!? な、なんですか、その恰好!?」
「どうして男装なんか!?」

 生徒たちの言うとおり、サファイアは長かった銀髪をバッサリと切って、男子の制服に身を包んでいた。何かで乳房を潰しているのか胸も平らで、もともと女性にしては長身なのもあり、完全に男性にしか見えない。

 さらにサファイアは普段より低いものの、無理のない自然な発声で

「これが先日お話しした彼女の発言を嘘だとする根拠です」

 まるで本の中のサファイア少年がそのまま現れたように、上品ながら堂々とした立ち姿で

「彼女はわたくしが突き落とした動機を、女なら誰もが抱く嫉妬だと言いましたが、このとおり、わたくし、サファイア・ジェンダーは女性ではなく男です」

 衝撃の告白に、しばし場が凍りついた。しかし生徒たちはすぐに騒然となって

「う、嘘だ! サファイア様が実は男だなんて!」

 サファイアに片想いしていたらしい男子たちが、悲鳴のような声で否定する。

 さらにライアさんも動揺した様子で

「そ、そうよ。いくら追い詰められたからって、そんな馬鹿みたいな嘘」

 けれど彼女の言葉を遮るように

「いや、事実だ。サファイアは男だ」

 アルベール様は、いつもの真顔で淡々と

「俺は訳あって女性として育てられたサファイアの嘘を補強するために、婚約者のふりをしていた。当然ながら俺たちの間に、友情はあっても恋情は無いのだから嫉妬などあり得ない」

 性別なんて服を脱がせれば、すぐに確認できる。そんなすぐにバレる嘘をサファイアだけでなくアルベール様までが、わざわざ吐くはずがない。

 だとすれば、この信じがたい告白は真実なのだと、この場に居た全ての者が理解した。

 そしてサファイアが男で、アルベール様との婚約も偽装だったなら

「なっ、なっ……」

 ライアさんたちの証言は明らかに嘘になる。男のサファイアが偽りの婚約者のことで、ライアさんに嫉妬するなど、あり得ないのだから。

 サファイアの告白によって立場は逆転し、今度はライアさんが追い詰められる側になった。

 サファイアは今にも崩れ落ちそうなライアさんに

「そんなに青い顔をしなくても、君のように無力な民をいちいち叩き潰すほど僕は激情家ではない。その代わり君をきつけて僕を陥れるために、3人の協力者を与えてくれた支援者のことは教えて欲しいな」

 淑女だった時とは違う酷薄な微笑を浮かべながら

「君だけが首謀者として裁かれるのは嫌だろう? 本当に悪いのは誰か、しかるべき場所で証言してくれるね?」
「ひゃ、ひゃい……」

 その後。サファイアはアルベール様とともに、ライアさんと3人の証言者を尋問した。そこから芋づる式に、やはり黒幕はサファイアのお兄様だったことが判明した。

 サファイアの見立てどおり、お兄様は法律の改正により、女性も跡を継げるようになったことで

『我が家はサファイアに継がせたほうがいいかもしれん。幸い婚約者のアルベールは次男だし、向こうに婿入りしてもらえないでもない』

 現在の当主であるサファイアの父が、そう考えているのを知ると

(俺は側室の子ではあっても、れっきとしたこの家の長男だぞ!? 10歳も下の妹に、当主の座を奪われて堪るか!)

 お兄様は父親の決定をくつがえすために、サファイアの名誉を穢そうとした。

 そして学園にスパイを送り込み、サファイアの身辺を調べさせた。しかし残念ながらサファイアには、実は男であるという以外に、なんの弱みも無かった。

 その代わりライアさんが、サファイアの婚約者に付きまとっているという噂を知った。

 それでサファイアが男の取り合いで、恋敵のライアさんを階段から突き落とし、怪我させたという筋書きを作った。


 突き落とし事件は完全なでっちあげだった。ただしライアさんは、もし怪我を調べられてもいいように、本当に階段から転落して骨折したらしい。

 打ちどころが悪ければ、死んでいたかもしれないのに。なぜライアさんが、そこまでアルベール様に執着したのかと言うと

「どうせあなたたちには分からないでしょうけど、私はこの世界のヒロインなのよ」

 彼女は前世の記憶を持つ『転生者』で、『転生者』はこの世界のヒロインらしい。庶民でありながら魔法の才を認められて、王立学園への入学を許可されたことがヒロインである証拠だそうだ。

 そしてヒロインは、その学園でいちばん優れた男と結ばれる運命なのだと言う。

「だからアルベール様が運命の人だと思ったんだけど、この様子だと違ったみたい。きっと私は追放された先で、もっと強くて美しい男に愛されるのね」

 転生だの異世界だのヒロインだの、ライアさんの言うことは、確かに私たちには意味不明だった。

 とにかくライアさんは、自分が強烈に信じている運命に基づいて行動していたらしい。

 サファイアとの婚約が白紙になれば、自由になったアルベール様は、ヒロインである自分を好きになると考えたそうだ。

 子どもの頃から母に「あんまり本にばかり夢中になると、そのうち妄想と現実の区別がつかなくなるわよ」と何度も注意された。

 その時は「失礼なことを言うなぁ」と腹が立ったけど、実際に妄想と現実の区別がつかなくなっている人を見て、こんなことが起こり得るのかと、かなり恐ろしくなった。
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