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初恋が叶う時
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逆転劇から最初の休日。サファイアは私をジェンダー家に招くと
「僕が女として育てられた理由を、君にだけは話しておこうと思って」
と詳しい事情を教えてくれた。
この国では王族だけでなく貴族も、正室の他に側室を持てる。側室を持つのは確実に跡継ぎを作るため。だから正室に男児が居なければ、側室の子が跡取りになる。
サファイアのお母様は正室で、お兄様の母は側室だった。側室からすれば、それは正室に男児が生まれたら、我が子の継承権が奪われるということ。
サファイアのお母様は二度男児を産んだ。しかしそのどちらも原因不明の高熱と不慮の事故で、幼くして命を落とした。
サファイアのお母様は側室を怪しんだ。しかし殺人の証拠は掴めなかった。運よく3人目の子どもを身ごもったものの、もし男だったらこの子も殺されてしまうかもしれない。
サファイアのお母様は賢者に助言を求めた。
『もし子どもが男だったら、家を継げる年齢になるまで女として育てなさい。当主になっても命を狙われる危険はありますが、その頃には自衛できるだけの力を得ているはずです』
お母様は助言に従って、サファイアは女だと夫にすら嘘を吐いた。
すでに2人の子どもが不審死している中、3人目も殺すのはリスクが高すぎる。
だから側室は、女なら息子の継承権を脅かさないとサファイアを見逃したようだった。
でも今回、お兄様が自分の手でサファイアを失墜させるべく動いた。その事件が明るみになると、サファイアの兄2人の不審死についても再び調べられた。
サファイアの父は、当時は非人道的だと躊躇した自白剤を側室に使った。
その結果、過去の事件についても有罪が明らかになり
「サファイアのお兄様と側室さんはどうなったの?」
「母子ともに国外に追放されたよ。兄はともかく母親のほうは、我が子を2人も殺したのに。それでも事件を公にして極刑にできない程度には、父はあの人にも情があるらしい」
当然ながらサファイアは複雑そうな顔だった。自分の実の兄2人が、ほんの赤ちゃんの頃に暗殺された。サファイアが生まれる前の話だけど、お母様はまだ生きている。我が子を2人も殺されたお母様の苦しみ。サファイア自身も暗殺に怯えながら生きて来た。
それを考えれば、今回のお父様の決断。どちらの味方だと苦々しい想いだろう。
「……なんかゴメンね」
「なぜ君が謝るの?」
首を傾げるサファイアに、私は肩を落としながら
「私あなたの前ではしょっちゅう、恐ろしい事件や企みの話ばかりしていたでしょう? お兄様を2人も殺されて、自分自身も命を狙われているサファイアに、あまりに無神経だったなって」
「フィクションと現実の事件は違うよ。君が夢中になって話すのは本の中の事件であって、実際にあった誰かの不幸や惨劇を面白がるようなことは一度も無かった」
サファイアは「それに僕だってフィクションなら、残酷な話のほうが刺激的で好きだよ」とニッコリ笑った。
しかし、ふとすまなそうな顔をして
「それより僕のほうこそゴメン。ずっと君を騙していて」
「ううん。言わないでくれて、むしろ良かった。もし打ち明けられても私は絶対にアルベール様みたいに、うまく秘密を守れなかったもの」
サファイアも恐らく、秘密を明かせば嘘が苦手な私の負担になると、巻き込まないでくれたのだろう。
「でも嘘を吐いていたことはいいんだけど、これからは男性として暮らすなら、私たちはもう、これまでみたいに一緒には居られないのかな?」
私とサファイアはこれまでクラスが別の時でさえ、お昼や休み時間はいつも一緒だった。寮の部屋にもしょっちゅう遊びに行っていた。
でも絶対にお泊りは許してくれなかったの、今思えばサファイアが男性だったからなんだな。女性のフリをしていた時でさえ、密かに一線を引いていたサファイアは
「そうだね。年頃の男女が親密にしていると、周りは色々と疑うものだからね」
「そ、そうだよね……。もう前みたいに、2人で夜まで小説の話とかはできないよね……」
「僕と話せなくなるのは寂しい?」
もうサファイアは男性に戻ってしまった。甘えた態度を取ってはいけないのかもしれないけど、目に涙が浮かぶのは止められない。泣きそうになりながらコクンと頷くと
「だったら僕と結婚する? そうすれば、2人でどれだけ夜更かししても誰にも咎められないよ?」
予想外すぎる提案に目が点になる。しかし本気のはずが無いので
「さ、サファイア。いくら私が子どもっぽいからって、あなたと夜まで話したいからなんて理由で「じゃあ、結婚する」なんて言わないよ」
からかわれているのかなと、赤くなりながら返すと
「……じゃあ、どんな理由なら結婚してくれる?」
「えっ、えっ? どういう意味?」
サファイアは私の手を取ると、真剣な目でこちらを見つめて
「君にとって僕は同性の友人だったろうけど、僕からすればフランは出会った頃からずっと、一緒に居て誰よりも楽しい特別な女の子だった」
サファイアと出会うまで、私はずっと友だちが居なかった。でもそれはサファイアも同じだったようだ。外見的には誰よりも美少女でありながら、実は男のサファイアも
(女の子の話って、オシャレかお菓子か恋愛か、そうでなければ誰かの悪口か褒め合いばかりで退屈だな)
と女の子の輪に馴染めずにいた。庶民ならともかく貴族だと、まだ子どもでも異性とばかり遊んでいると、はしたないと叱られる。そのせいで自分が男だと知るアルベール様とも、気軽に話せなかったそうだ。
同性の友だちの居ないサファイアも、また本の世界に慰めを求めるようになった。そして同じように、1人で本を読んでいた私を見つけた。
(皆から本の虫だと言われている子だ。そう言えば、あの子は女の子なのに王子や姫よりも、怪物や殺人鬼が出て来る話が好きなんだっけ)
この子となら話が合うかもと、サファイアは私に声をかけた。
「『人の死ぬ話以外は退屈』なんて、貴族の令嬢には許されない発言。なぜか君にはサラッと言えて、しかも「私も!」と笑ってくれた」
サファイアは懐かしそうに目を細めながら
「そのうちフランが自分で物語を書くようになって、僕も一緒に展開や解決策を考えて、2人で空想の世界を旅するようで、もっと楽しくなった」
2人で一緒に過ごした時間を、私と同じように大事に想っていてくれて
「現実の僕には義務を放棄して、国や家を捨てることはできない。ただ生涯を共にする女性だけは、絶対に妥協したくない。君がいいんだ、フラン」
熱く大きな手で、私の手を強く握り直すと
「だから返事は今じゃなくていいけど、少しずつでいいから僕を男として見て欲しい。これからも、ずっと僕の隣に居て欲しいんだ」
サファイアが本当は男性だったこと。頭ではとっくに知っていたはずなのに、今はじめて実感した。それと同時に自分が女性であることも、生まれてはじめて強く意識する。
なんだか妙に気恥ずかしくなりながら
「あの、私これが恋愛感情かは分からないんだけど」
何せ普通の女の子とは真逆に恋愛ものは避けて来たので、こっち方面の知識はさっぱりだった。それでも確かなのは
「私もサファイアと2人で過ごす時間が、いちばん楽しかった。この時間がもうすぐ終わって、いつかお互いの横に違う人が立つのが、すごく嫌だった。小説の中の私たちみたいに、ずっと一緒に居られたらって、私もずっと思っていた」
口にすれば思わず涙が滲むくらい
「だからダメかな? これが恋かはまだ分からないけど、これからもずっと一緒に居たいから。あなたが望んでくれるなら、私もサファイアと結婚したい」
私にとってもサファイアは、決して失いたくない人だから
「ずっとそばに居て。サファイア」
涙に声を震わせながら手を握り返すと
「君が僕と同じ気持ちで嬉しい」
サファイアは頬を染めて幸福そうに笑った。とても綺麗な笑顔だったけど、もう女性には見えなかった。
サファイアは席を立つと、私のこともそっと立たせて真正面から抱きしめた。11、2歳までは、よく私から手を繋いだり、抱き着いたりしていたけど
『もう子どもじゃないのだから、そういうじゃれ合いは控えましょう』
「淑女の振る舞いじゃないわ」と、いつしか拒まれるようになった。でも私はサファイアが大好きでくっつきたかったから、はじめて向こうから抱きしめてくれて嬉しい。
けれど喜んだのも束の間。サファイアは私の前髪をよけると、額に優しく口づけた。「っ!?」と瞠目する私に、サファイアは少し照れたように微笑みながらも、慈しむような温かい眼差しで私を見下ろして
「いつか君がこの気持ちを恋だと思えたら、その時は唇にキスさせて」
「は、はぅ……」
多分その時はサファイアの予想より、ずっと早く来るだろうと、私は真っ赤になりながら思った。
「僕が女として育てられた理由を、君にだけは話しておこうと思って」
と詳しい事情を教えてくれた。
この国では王族だけでなく貴族も、正室の他に側室を持てる。側室を持つのは確実に跡継ぎを作るため。だから正室に男児が居なければ、側室の子が跡取りになる。
サファイアのお母様は正室で、お兄様の母は側室だった。側室からすれば、それは正室に男児が生まれたら、我が子の継承権が奪われるということ。
サファイアのお母様は二度男児を産んだ。しかしそのどちらも原因不明の高熱と不慮の事故で、幼くして命を落とした。
サファイアのお母様は側室を怪しんだ。しかし殺人の証拠は掴めなかった。運よく3人目の子どもを身ごもったものの、もし男だったらこの子も殺されてしまうかもしれない。
サファイアのお母様は賢者に助言を求めた。
『もし子どもが男だったら、家を継げる年齢になるまで女として育てなさい。当主になっても命を狙われる危険はありますが、その頃には自衛できるだけの力を得ているはずです』
お母様は助言に従って、サファイアは女だと夫にすら嘘を吐いた。
すでに2人の子どもが不審死している中、3人目も殺すのはリスクが高すぎる。
だから側室は、女なら息子の継承権を脅かさないとサファイアを見逃したようだった。
でも今回、お兄様が自分の手でサファイアを失墜させるべく動いた。その事件が明るみになると、サファイアの兄2人の不審死についても再び調べられた。
サファイアの父は、当時は非人道的だと躊躇した自白剤を側室に使った。
その結果、過去の事件についても有罪が明らかになり
「サファイアのお兄様と側室さんはどうなったの?」
「母子ともに国外に追放されたよ。兄はともかく母親のほうは、我が子を2人も殺したのに。それでも事件を公にして極刑にできない程度には、父はあの人にも情があるらしい」
当然ながらサファイアは複雑そうな顔だった。自分の実の兄2人が、ほんの赤ちゃんの頃に暗殺された。サファイアが生まれる前の話だけど、お母様はまだ生きている。我が子を2人も殺されたお母様の苦しみ。サファイア自身も暗殺に怯えながら生きて来た。
それを考えれば、今回のお父様の決断。どちらの味方だと苦々しい想いだろう。
「……なんかゴメンね」
「なぜ君が謝るの?」
首を傾げるサファイアに、私は肩を落としながら
「私あなたの前ではしょっちゅう、恐ろしい事件や企みの話ばかりしていたでしょう? お兄様を2人も殺されて、自分自身も命を狙われているサファイアに、あまりに無神経だったなって」
「フィクションと現実の事件は違うよ。君が夢中になって話すのは本の中の事件であって、実際にあった誰かの不幸や惨劇を面白がるようなことは一度も無かった」
サファイアは「それに僕だってフィクションなら、残酷な話のほうが刺激的で好きだよ」とニッコリ笑った。
しかし、ふとすまなそうな顔をして
「それより僕のほうこそゴメン。ずっと君を騙していて」
「ううん。言わないでくれて、むしろ良かった。もし打ち明けられても私は絶対にアルベール様みたいに、うまく秘密を守れなかったもの」
サファイアも恐らく、秘密を明かせば嘘が苦手な私の負担になると、巻き込まないでくれたのだろう。
「でも嘘を吐いていたことはいいんだけど、これからは男性として暮らすなら、私たちはもう、これまでみたいに一緒には居られないのかな?」
私とサファイアはこれまでクラスが別の時でさえ、お昼や休み時間はいつも一緒だった。寮の部屋にもしょっちゅう遊びに行っていた。
でも絶対にお泊りは許してくれなかったの、今思えばサファイアが男性だったからなんだな。女性のフリをしていた時でさえ、密かに一線を引いていたサファイアは
「そうだね。年頃の男女が親密にしていると、周りは色々と疑うものだからね」
「そ、そうだよね……。もう前みたいに、2人で夜まで小説の話とかはできないよね……」
「僕と話せなくなるのは寂しい?」
もうサファイアは男性に戻ってしまった。甘えた態度を取ってはいけないのかもしれないけど、目に涙が浮かぶのは止められない。泣きそうになりながらコクンと頷くと
「だったら僕と結婚する? そうすれば、2人でどれだけ夜更かししても誰にも咎められないよ?」
予想外すぎる提案に目が点になる。しかし本気のはずが無いので
「さ、サファイア。いくら私が子どもっぽいからって、あなたと夜まで話したいからなんて理由で「じゃあ、結婚する」なんて言わないよ」
からかわれているのかなと、赤くなりながら返すと
「……じゃあ、どんな理由なら結婚してくれる?」
「えっ、えっ? どういう意味?」
サファイアは私の手を取ると、真剣な目でこちらを見つめて
「君にとって僕は同性の友人だったろうけど、僕からすればフランは出会った頃からずっと、一緒に居て誰よりも楽しい特別な女の子だった」
サファイアと出会うまで、私はずっと友だちが居なかった。でもそれはサファイアも同じだったようだ。外見的には誰よりも美少女でありながら、実は男のサファイアも
(女の子の話って、オシャレかお菓子か恋愛か、そうでなければ誰かの悪口か褒め合いばかりで退屈だな)
と女の子の輪に馴染めずにいた。庶民ならともかく貴族だと、まだ子どもでも異性とばかり遊んでいると、はしたないと叱られる。そのせいで自分が男だと知るアルベール様とも、気軽に話せなかったそうだ。
同性の友だちの居ないサファイアも、また本の世界に慰めを求めるようになった。そして同じように、1人で本を読んでいた私を見つけた。
(皆から本の虫だと言われている子だ。そう言えば、あの子は女の子なのに王子や姫よりも、怪物や殺人鬼が出て来る話が好きなんだっけ)
この子となら話が合うかもと、サファイアは私に声をかけた。
「『人の死ぬ話以外は退屈』なんて、貴族の令嬢には許されない発言。なぜか君にはサラッと言えて、しかも「私も!」と笑ってくれた」
サファイアは懐かしそうに目を細めながら
「そのうちフランが自分で物語を書くようになって、僕も一緒に展開や解決策を考えて、2人で空想の世界を旅するようで、もっと楽しくなった」
2人で一緒に過ごした時間を、私と同じように大事に想っていてくれて
「現実の僕には義務を放棄して、国や家を捨てることはできない。ただ生涯を共にする女性だけは、絶対に妥協したくない。君がいいんだ、フラン」
熱く大きな手で、私の手を強く握り直すと
「だから返事は今じゃなくていいけど、少しずつでいいから僕を男として見て欲しい。これからも、ずっと僕の隣に居て欲しいんだ」
サファイアが本当は男性だったこと。頭ではとっくに知っていたはずなのに、今はじめて実感した。それと同時に自分が女性であることも、生まれてはじめて強く意識する。
なんだか妙に気恥ずかしくなりながら
「あの、私これが恋愛感情かは分からないんだけど」
何せ普通の女の子とは真逆に恋愛ものは避けて来たので、こっち方面の知識はさっぱりだった。それでも確かなのは
「私もサファイアと2人で過ごす時間が、いちばん楽しかった。この時間がもうすぐ終わって、いつかお互いの横に違う人が立つのが、すごく嫌だった。小説の中の私たちみたいに、ずっと一緒に居られたらって、私もずっと思っていた」
口にすれば思わず涙が滲むくらい
「だからダメかな? これが恋かはまだ分からないけど、これからもずっと一緒に居たいから。あなたが望んでくれるなら、私もサファイアと結婚したい」
私にとってもサファイアは、決して失いたくない人だから
「ずっとそばに居て。サファイア」
涙に声を震わせながら手を握り返すと
「君が僕と同じ気持ちで嬉しい」
サファイアは頬を染めて幸福そうに笑った。とても綺麗な笑顔だったけど、もう女性には見えなかった。
サファイアは席を立つと、私のこともそっと立たせて真正面から抱きしめた。11、2歳までは、よく私から手を繋いだり、抱き着いたりしていたけど
『もう子どもじゃないのだから、そういうじゃれ合いは控えましょう』
「淑女の振る舞いじゃないわ」と、いつしか拒まれるようになった。でも私はサファイアが大好きでくっつきたかったから、はじめて向こうから抱きしめてくれて嬉しい。
けれど喜んだのも束の間。サファイアは私の前髪をよけると、額に優しく口づけた。「っ!?」と瞠目する私に、サファイアは少し照れたように微笑みながらも、慈しむような温かい眼差しで私を見下ろして
「いつか君がこの気持ちを恋だと思えたら、その時は唇にキスさせて」
「は、はぅ……」
多分その時はサファイアの予想より、ずっと早く来るだろうと、私は真っ赤になりながら思った。
応援ありがとうございます!
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