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10 明倫堂
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半四郎は久しぶりに張孔堂に聴講にやって来た。「.....であるからして、物見から得た情報、特に地形の山川、隘路などは上将の掌握すべき所にして、」あいもかわらず講師の由井正雪は立て板に水の如く理論に淀みもない。
「今日はね、この後に直会が御座る。半四郎殿も是非御一緒にされたら如何?」、くだんの清水が懇ろに声をかけて来た。命を懸けて決闘を経ると奇妙な友情が生まれるのが男子の性である。四国の武士は天麩羅のようにカラッとしていると半四郎は思った。
「今日はね、ちと持ち合わせがありませんで、来る途中に昼飯に平河町でももんじ鍋を食ってしまいましてね、生憎波銭が数枚..,.」、「銭は要りません。費用は塾持ちですから」、清水が笑いながらかぶりを振った。
「それにしても、月の講義代が仕官八十文、浪人五十文とは、ちと安すぎませんか?」、半四郎は訝った。「この塾は、明倫堂でもっている様なもんです。ほれ、彼処に鯱鉾張っている連中が居るでしょう」。
「この塾はね、瓦版の印刷屋が裏にあって、そこで由井正雪先生の著作が刷られて、日本橋で売られて居るんです」、「そんなに高値で売れるのですか?」、「なんでも一番高値のもので五両とか」、半四郎は耳を疑った。
講義が終わると直会が始まった。何処からともなく、焼酎に肴が運び込まれ由井正雪を中心にして歓談が始まった。周りを見ると、既に徳川系の臣は講義が終わるとサッサと帰宅して居り、食い詰め者の浪人ばかりである。
「天下分け目の関ヶ原から、早五十年徳川の世は定まり、三代目の家光の世は如何かな皆の衆?」、酒肴も回り宴たけなわで浪人供も気勢が上がる、「全くなっとらん、何が天下の御政道だ!?得をするのは、徳川譜代の臣ばかりじゃ」、「我々敗軍には仕官の口などどこにもない。これでは食い詰めて死ぬしかないわ!」。
半四郎が身の危険を感じて帰ろうとした時、直会のくじ「と~十番」が当たりである事が知らされた。「半四郎殿、羨ましいです。ほれ、あの飯盛り女とこの直会の後、一戦交える事が出来ますぞ!」、清水がニヤニヤして居る。
半四郎が道場の隅を見やると、明倫堂の関係者が此方を冷静な目で見て居る。明らかに浪人達とは違う、それでいて徳川とは違う臭気を発して居る。「この塾は、何処か狂って居る」、半四郎は只ならぬモノを感じて居た。
半四郎が塾を後にするともう暮れ五つをゆうに回って居た。半四郎の跡を明倫堂の輩がヒタヒタと追尾してくる。しかしくだんの輩達は、霞ヶ関で右折して虎ノ門方面へと向かった。
半四郎はそれを確認すると、身を翻し月を背にしない様気を配りながら、跡をつけた。半四郎は、紺の小袖に紺袴、外出時には草履では無く、草鞋を履いて居るので尾行には適して居る。
明倫堂の輩は、二名一組となって、虎ノ門の先を右折し、金杉橋へと向かって居る。「伊達の家臣か?」、半四郎は麻布の伊達屋敷の者かと推測した。
しかし彼等は古川を左手に見て、麻布十番を通過すると、魚藍坂を上がり、伊皿子の上屋敷にづるづると入っていった。「肥後藩の奴らが、どうして?」、奇っ怪な江戸の妖怪を見る様な江戸の七月であった。
(続く)
「今日はね、この後に直会が御座る。半四郎殿も是非御一緒にされたら如何?」、くだんの清水が懇ろに声をかけて来た。命を懸けて決闘を経ると奇妙な友情が生まれるのが男子の性である。四国の武士は天麩羅のようにカラッとしていると半四郎は思った。
「今日はね、ちと持ち合わせがありませんで、来る途中に昼飯に平河町でももんじ鍋を食ってしまいましてね、生憎波銭が数枚..,.」、「銭は要りません。費用は塾持ちですから」、清水が笑いながらかぶりを振った。
「それにしても、月の講義代が仕官八十文、浪人五十文とは、ちと安すぎませんか?」、半四郎は訝った。「この塾は、明倫堂でもっている様なもんです。ほれ、彼処に鯱鉾張っている連中が居るでしょう」。
「この塾はね、瓦版の印刷屋が裏にあって、そこで由井正雪先生の著作が刷られて、日本橋で売られて居るんです」、「そんなに高値で売れるのですか?」、「なんでも一番高値のもので五両とか」、半四郎は耳を疑った。
講義が終わると直会が始まった。何処からともなく、焼酎に肴が運び込まれ由井正雪を中心にして歓談が始まった。周りを見ると、既に徳川系の臣は講義が終わるとサッサと帰宅して居り、食い詰め者の浪人ばかりである。
「天下分け目の関ヶ原から、早五十年徳川の世は定まり、三代目の家光の世は如何かな皆の衆?」、酒肴も回り宴たけなわで浪人供も気勢が上がる、「全くなっとらん、何が天下の御政道だ!?得をするのは、徳川譜代の臣ばかりじゃ」、「我々敗軍には仕官の口などどこにもない。これでは食い詰めて死ぬしかないわ!」。
半四郎が身の危険を感じて帰ろうとした時、直会のくじ「と~十番」が当たりである事が知らされた。「半四郎殿、羨ましいです。ほれ、あの飯盛り女とこの直会の後、一戦交える事が出来ますぞ!」、清水がニヤニヤして居る。
半四郎が道場の隅を見やると、明倫堂の関係者が此方を冷静な目で見て居る。明らかに浪人達とは違う、それでいて徳川とは違う臭気を発して居る。「この塾は、何処か狂って居る」、半四郎は只ならぬモノを感じて居た。
半四郎が塾を後にするともう暮れ五つをゆうに回って居た。半四郎の跡を明倫堂の輩がヒタヒタと追尾してくる。しかしくだんの輩達は、霞ヶ関で右折して虎ノ門方面へと向かった。
半四郎はそれを確認すると、身を翻し月を背にしない様気を配りながら、跡をつけた。半四郎は、紺の小袖に紺袴、外出時には草履では無く、草鞋を履いて居るので尾行には適して居る。
明倫堂の輩は、二名一組となって、虎ノ門の先を右折し、金杉橋へと向かって居る。「伊達の家臣か?」、半四郎は麻布の伊達屋敷の者かと推測した。
しかし彼等は古川を左手に見て、麻布十番を通過すると、魚藍坂を上がり、伊皿子の上屋敷にづるづると入っていった。「肥後藩の奴らが、どうして?」、奇っ怪な江戸の妖怪を見る様な江戸の七月であった。
(続く)
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