根来半四郎江戸詰密偵帳

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12 射場の専横

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ーダダーン、ダダーン~
  辰巳の風が爽やかに吹き抜ける午前中、牛込射場に銃声が鳴り響く。焦げた硝煙の匂いは、この世の定まった江戸の武士をも奮い立たせる。
 「撃ち方やめー」、大番頭の服部が監的に得点の確認を指示する。ここ牛込射場は、敷地内は紀州藩が拝領しているが、鉄砲と弾薬の管理、射撃係と監的などの実務は、幕府の御家人たる内藤新宿の鉄砲衆が所掌している。
  「根来半四郎殿~五点検五発、満点!」、射場の射手から一斉に歓声と拍手が起こった、「流石は紀州の根来衆、血は争えんな」、見学に来ている八丁堀の同心佐野兵吾が嘆息した。
  「おい、平八郎!お前指示された事は、やって置いたのか?ちいともこの鉄砲は当たらんではないか」、半四郎の右隣りで撃っていた彦根藩の江戸詰藩士近藤直江が歓声を打ち破るかのように突如大声で怒鳴り散らした。
  呼びつけられたのは、鉄砲衆の若い足軽、雑賀平八郎である。「的を見ました所、弾が全部左に流れて居りまする。的に向かって右から左に辰巳の風が吹いておりまするゆえ、的のやや右を狙うので御座ります」。
  「喧しいわ!このサンピン風情がっ!」、近藤が平八郎の顔面に突きを入れたため、平八郎はどうっと射場に倒れこんだ。「お前の平素の銃の手入れが悪い事を棚に上げ、拙者の腕の未熟をいいつらうとは何事じゃ!」。
  半四郎が上司の服部を見ると、彼は横目で見て見ぬふりをするだけである。半四郎は、堪らず仲に割って入った。「平八郎殿の言っている事は正論で御座る」。
 「なんだ貴様!?少々の鉄砲の腕でそれがしに意見をしようと言うのか?」、近藤が血相を変えて食って掛かった。「ここは射場、いわば武士が弓場を磨く場、御不満なら、この根来半四郎がお相手致す!」。
  これを見て、近藤の従者が彼にそっと耳打ちした。「何!?日本橋で張孔堂の浪人を橋の下に投げた、あの紀州流柔術か!?」、「今日は日が悪い、平八郎覚えとけ!」、近藤はそそくさと射場を後にした。
  平八郎は近藤に面を殴られ、唇から出血して涙を浮かべながら、恨めしく上目使いに事の次第を傍観していた。「平八郎殿、御気持ちはわかりますが、武士が人前で涙を見せるものではありませんぞ」、半四郎が平八郎に手を貸し、抱き起こした。
  「拙者は殴られて泣いているのでは御座らん。戦場ならば、武功によってあの様な者には遅れは取らずとも、この様に平和な世の中では見返す事もできもうさん。それが口惜しいので御座る」。平八郎は射場の地面を見つめじっとほぞを噛んだ。
(続く)
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