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第三章
第8節 酒場
しおりを挟む「じい!影から連絡はあったのか?!」
ダン、と自らの執務室の机を力強く叩いた第三王子レオナルドは、国王の側近であり超級魔法使いのじいやに詰め寄った。
レオナルドは、隣国の姫ナターリアが拐われたことが気がかりでならなかったのだ。
「…連絡は未だありません。しかし、数日以内には情報が得られるかと思います。もう暫し、お待ち頂きたく…」
「そう言って何日になる!」
「申し訳ありません。が、レオナルド殿下も手を出せないことは重々承知しているはずです。なぁに、私のうちの中で一番優秀な司令塔を浮遊島に送っております。明日には何か連絡が来るでしょう、ほほっほっ」
「…わかった。明日まで待とう。だがもしも姫に何かあったら許さないからな!!」
わかっておりますとも、とじいやはいつものように微笑んだ。しかし、実際はじいやとしても何かしら情報が欲しいところだ。姫についている影から最後に連絡があってから1週間だ。じいやの中で影が死んだと言う文字はない。そんな事態になるような育て方はしていない。なんらかの障害があり、連絡が取れないのだろう。
だが、じいやもただ手をこまねいているわけではない。現状一番優秀で、一番信頼の置ける影が島にいる。しかも、超級魔法使いが2人もいる。じいやが幼い頃から鍛えてきたディックが必ず連絡を寄越すだろうと確信していたのである。
王子の部屋を退室して、王宮の廊下を歩くじいやは、楽しそうに呟いた。
「お手並み拝見、というところかの。ほっほっほ」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
一方その頃、ディックは浮遊島の酒場の前にいた。浮遊島に酒場はたくさんあるが、ここはそれほど大きくなさそうである。大通りから一本路地を入ったところに面しているため、どことなく活気がなく湿っぽい感じだ。ガヤガヤとした声がもれ聞こえている。店の看板は古ぼけており、わずかに何かの花のようなマークが見えた。
そこでは、どことなくガラの悪い連中が店の前で酒をかっ喰らっている。そんな様子を見たディックは、そのまま酒場を通り過ぎると人ごみに紛れて消えてしまった。
しばらくすると、1人のエプロンをつけた青年が花を抱えて酒場のドアを開けた。
「こんばんはー!花をお届けに来ましたー!」
急に静まり返った店内と、厳しい顔の男達の視線。誰だテメエは?!と言わんばかりに睨んでいる。花屋の男は、にこにこと微笑んでいる。
少し遅れて、店の従業員の女性が青年の元にやってきた。
「あら、いつもありがとうございます!今日のお花は百合かしら?暑かったでしょう。一杯のんでいってくださいな」
「まいど!ご贔屓に!いやぁ、暑いですねぇ」
「おかみさーん!赤ワインお願いしまーす!」
この店の各テーブルには一輪の花が飾ってある。男達は、その花を卸しにきたのだな、とは思えども今まで見ない顔なので若干訝しがっている。しかし、従業員とも親しげであるし、言われてみれば花屋はよくきていたような気もしてきた。
カウンター席に座った青年から花を受け取った従業員が、各テーブルに花を配っていく。
「ニニちゃん、ここにも!」
「こっちにも!」
「はーい!うふふ、綺麗でしょ?私百合って大好き!」
従業員はニニと言うらしい。男達はニニ目当てで来ている人も多く、可愛らしいニニが可愛らしい花を持ってテーブルにやって来てくれるのだ。男達の顔がデレデレとニヤけるのは仕方のないことだろう。
男達は花屋の青年などすっかり忘れ、酒と従業員に夢中になっている。
「…ちぃと、飲みすぎたな…眠たくてたまらねぇ」
「おぉ…おいらもだ…」
酒を飲んでいた男達全員が船を漕いでいる。たらふく酒を飲んだからだろうか。段々と突っ伏して寝てしまう人や、帰るといってフラフラと店を出ていく人で溢れた。ニニが一瞬外に出たと思うと、すぐに戻って来た。その顔には、先ほどのような笑顔はなかった。
青年も、店に入った時とは別人であった。ぐい、と赤ワインを飲み干した青年はカウンターで、すい、と手を振ると店の中には青年とニニと女将しかいなくなってしまった。
「…ディック様、ご無沙汰しております」
ニニと呼ばれていた従業員は、青年の側で傅いた。
そう、花屋の青年はディックだったのだ。
「眠り草を使うとは、また古い手だねぇ、お前さん。そんで?あんたは誰なんだい?」
「私は、ディック。ディック・ヴァン・ダイクです。宗主様より命じられてこの浮遊島に潜入しています。…それとネル、こういうことをするなといつも言っているだろう」
「貴方は次期当主になられるお方ですので、当然です」
眠り草は、影が古くから開発し使用する花だ。百合に似たそれは、香りを嗅いだものから深い眠りにつくというものである。これに対抗できるのはただ一つ。影として訓練を受けること。つまり、今起きている三人は影であることを意味している。これは、敵か味方かを知る時にもよく使われる。
今頃匂いを嗅いだ男達は、その辺の道端で眠りの中だろう。
ディックはため息をつきながら、ネルを立ち上がらせて自分の隣の席に座らせた。
その様子をタバコを咥えながら見ていた女将が、口を挟んだ。
「ほー。あんたがネルがよく言ってる”次代様”って奴かい?あたしゃ、ターシャ。ん十年前まで現役で影やってたんだけどね。引退して地元にこうして戻って来たわけ。そんで、ネルが…」
「私も2週間ほど前から、宗主様のご命令でターシャさんの元で情報収集に来ておりました」
「なるほど」
2人の話ぶりからすると、どうやら現在の状況を2人は把握しているらしい。
この店はこの島の影の本部だ。ディックがなぜそれがわかったかといえば、店の看板だ。小さな花のようなものが書かれているが、それはヴァン・ダイク家の家紋である。どの地域にも、こうした酒場や賭博場などよからぬ輩が集まる店に影は拠点を持っている。その書かれ方は様々で、今回のように看板に小さく家紋が書かれている場合や店主のネックレスが家紋だったり。用心しているところであれば、影にしか見えないように魔法で細工したりしている。そのため、ディックは島に着いてからこの店を探していたのだ。
ディックは、思案した顔をしていたが、やがてネルに向き直った。
「お前がここにいるということは、ナターリア姫のそばにいるのはルネだな?」
「…はい、ディック様」
「連絡はあったのか?」
「いいえ。どうしてもテレパスが繋がらなくて…」
「だろうな。…姫のそばに誰がいるのか知りたいだけなんだ」
ルネは、ネルの双子の姉である。ルネとネルは大体どちらかが潜入、どちらかがつなぎ役として行動している。
ゴソゴソと、ディックは愛用の魔術書≪影を司る者≫を取り出した。
それを見たターシャがギョッとしたような顔をした。
「我に応えよ、シャドウユーザー…ルネの影よ、我にその姿を見せよ」
ディックはシャドウユーザーを使い、王家の影達全員にシャドウユーザーの影を潜めていた。だからこそ、潜入している相手が誰かさえわかれば、影からその様子を見ることができる。
そのまま、ディックは目を閉じてルネの気配に集中する。
「見つけた」
ディックが見たのは、薄暗い地下牢のようなところだった。侍女数人と、令嬢を装ったナターリア姫が拘束具で手足を縛られている。
不思議なことに、ルネから魔力を感じない。どうやらこの拘束具が魔力を制御しているらしい。それならば、テレパスが繋がらないのも納得だ。そのままディックは、ルネに呼びかけてみた。ルネが、ハッとしたように自らの影を見た。その影がぐにょぐにょと形を変え、ディックの姿を模したものになる。
『誰も声を出すな。頷くか首を振るだけでいい』
こくり、と侍女と姫は頷く。
『近くに、見張りはいるか?』
(はい)
『貴方達の仲間はここにいる者だけか?』
(はい)
『…ここは、浮遊島近くの島で、間違いないか?』
この問いに侍女数人と姫はわからないようで首を傾げた。しかし、ルネだけは、しっかりと頷いた。
影として教育を受けたルネは、船がどのくらい移動して自分が大体どの辺りにいるのかを把握しているようだった。
『わかった。では、ウィテカー王国の王城でレオナルド王子がお待ちだ。王城でよく休むといい』
(!!)
ディックの影がそう言ったあと、姫と侍女は牢にはいなかった。ディックが影を伸ばして全員を一気に転移させたからだ。
それとは別に、ディックは自分の祖父であるじいやの影からにゅっとディックの影を作り出した。
じいやが笑っているところを見ると、転移は成功したらしい。
『宗主様、ご命令通り、空賊のアジトを見つけました』
「ほっほっ、ワシは姫を城に転移させろとは言っておらんぞ?」
『褒めて欲しいところですよ!全く…あんたのおかげで私の浮遊島バカンスがパーです。これ以上はあんたが勝手にやってくださいよ』
「そりゃすまんかったのぉ。だがちぃと失敗したの。ほっほっ、まあよい。アジトの壊滅は他でやらせるからの。そっちでネルと仲良くバカンスを楽しんでくるといい」
『…?…詳細はルネから聞いてください。では』
するん、とディックの影は居なくなってしまった。じいやは笑いを堪え切れないようにくくく、と笑っている。本当に昔の自分がやりそうなことをやってくるディックが面白くて仕方がないのだ。しかし、まさかシャドウユーザーの影を使って転移させるとはじいやも知らない使い方だった。幼い頃にディックに渡した本を、ディックなりに使いこなすようになってきたのだろう。にやにやとしながら、王の間に向かっていたじいやに、慌てたようにレオナルドが走ってきた。
「ナターリアが急に転移してきた!!夢か?!幻覚か?!」
ここで、じいやの腹筋は崩壊することになる。
一方、島の酒場にいるディックはパタン、とシャドウユーザーを閉じた。これで、自分の仕事は終わりだ。実に数分の出来事だが、予想以上に魔力を使ったな、などとすっかり影モードを失った頭が考えている。
「ディック様…?」
「…ああ、姫とルネは宗主様のところに転移させた。宗主様にも繋ぎは済ませてある。救出任務は完了だ」
「!」
2人ともご苦労様でした、とディックは少し眠たそうにしながら言った。
あまりにもこともなげにディックが言うので、ターシャとネルは面食らった。あっという間にルネと連絡を取ったと思ったら次の瞬間には、姫を救出したというその素早さに圧倒されるしかなかった。しかし、そこにいるディックは先ほどの緊張感は何処へやら。ぼんやりとワインを飲んでいる。
「はあ…ったく、次代様は本当にあのジジイにそっくりで困ったもんだよ!ほら!さっさと上あがって寝て行きな!ネル!魔法茶の一つでも出してやんな!ここで寝ちまうよ」
「酔った…眠い…」
「影なんだから酔うわけないだろ!!うちらはどんだけ飲んだって酔いやしないじゃないか!魔力の使いすぎだよ!ほらっ!ネル!」
「は、はいっ!ディック様…二階に…」
なんだかんだ優しいターシャは、ネルとディックを二階の部屋に追いやった。
今日はもう店じまいだね、とディックのために開けたワインを飲み出した。引退してから、あのグリモワールを見ることになるとは思わなかったよ、と昔を懐かしく思った。この島にきた影の依頼は全て記録してある。暗号化されたそれにバツじるしをつけると、ちょうどその時二階からギシリと軋む音がした。
「若いねぇ…」
と呟いたターシャは、上着を羽織ると店の外へ消えてしまった。
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