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一章 貰ってしまった最悪なスキルと異世界転移者ヒューゴ=ヴェルスター

何かが壊れてしまった

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ザーン…
地球と同じ、いや日本で俺が見ていた海より、断然透明度が高くて綺麗な海。
寄せては返す波が、陽の光を眩しく反射している。

俺は砂浜に座ってぼんやりと海を眺めていた。

もう、疲れた。

本当になんで、あの時死ねなかったんだ。

あれで終われる筈だったのに。

何度も、同じ事を考えてしまう。

あれから何日経ったのかもよく分からない。あの夜から、魘されて夜中に涙を流して目覚めては、ヒューゴに抱き締められ、宥められて何とか寝る、という事を繰り返している。

もう、恥ずかしいとかみっともないとか、情けないとすら、思わなくなった。

苦しくて、そんな事を思う余裕などない。

確かなのは、気付きたくなかった、開けたくなかった俺の中の扉が、跡形もなく壊れてしまって、もう二度と閉めることが出来ないという事だ。どろどろとした昏い、重い感情が外に溢れ出さないように、頑張って頑張って何とか抑えていたのに。

そして俺は気付いてしまった。思い出してしまった。
恐ろしいほどの孤独と、胸を掻きむしるほど欲しい愛情が、誰からも与えられない事に。

なんでだ。どうしてこんな事になったんだ。
自分の心も他人の心も踏み躙って、省みる事も無く、他人を欺いて来た罰なのか。
もっと早く死んでいたら良かったのに、心の底では死ぬ事が怖くて、自暴自棄に生きるという緩やかな自殺を選んだ罰なのか。

心が重くて仕方ない。何もかもどうでもいいのに、死ぬ事も出来ない。
前のように、酒で自分を紛らわそうとしてみたが、どんなに強いと言われる酒を飲んでも、スキルで浄化されて素面に戻るだけだった。

もう嫌だ。
死にたい。逃げたい。解放されたい。自由になりたい。

誰か、俺を殺してくれ。
誰か、俺を死なせてくれ。
誰か、俺を…助けてくれ…

「やっぱりここに来てたんだな」

ふいに後ろから声が掛けられて、ヒューゴが俺の隣に座った。

俺は何も答えない。答える言葉が出てこない。

あれからヒューゴには何も取り繕えなくなってしまった。自分を飾ったり、偽ったり、良く見せようとしたり、そんな事が意味なく、虚しく思えて。
どうせヒューゴには、最低最悪な俺の姿をとうに知られている。もう、自分を飾る意味などない。

「海、綺麗だよなあ。エクシリアの海はホント泥水だからな。こんな綺麗な海があるって、最初見た時は感動だったな」

ヒューゴは独り言のように言う。俺の事、どう思ってるんだろう。きっと、お荷物で迷惑な奴だと思っているだろうな。
何も出来ない癖に、毎晩ヒューゴの事を起こして煩わせているだけだしな。

「…毎晩眠くないのか」
気が付くと無意識に口から出ていた。

「え?別に平気だ。エクシリアじゃ、作戦中2、3時間で交代しながら睡眠取ってた時もあったしな。それに比べたらたくさん寝れてるよ」

ヒューゴは何でもないように言う。

「でも。俺の事、面倒だと思ってるだろ。何にも出来ない癖に、手間ばっかり掛けて、単なるお荷物だろう、こんなやつ、捨てて行ったらいいのに」

何を言ってるんだろう。でもヒューゴの前で、俺はもう自分を偽る事が出来ない。
その時心に思った事をそのまま口に出す事しか出来なくなっていた。そうしないと、自分が壊れそうで、苦しくて、おかしくなりそうだった。

「何言ってるんだよ、ユキト!?俺、お前の事そんな風に思った事なんてないぞ!むしろ、お前が居てくれて良かったっていつも思ってるのに!」

「…なんでだよ、俺、そんな価値無いだろ。攻撃スキルだって無いし、今だってこんな風に面倒臭い事しか言わないのに」

自分でも鬱陶しいと思う。こんなネガティブで重い奴、生きてた頃の俺だったら絶対相手になんかしない。うぜぇ、って冷たい目で一瞥して終わりだ。

「なんて事言うんだよ!」

ヒューゴは体ごとこっちに向き直ると、俺の肩を両手で掴んで言った。

「あのな、俺はここの世界が好きだし、この世界の人間も好きだけど、周りが俺を見る目はどっか対等じゃないんだよ。皆、俺を神話の神様みたいに大事にしてくれる。けど、馬鹿言ったり一緒に肩並べるダチみたいな感じじゃない」

俺は、真剣な目で真っ直ぐ見つめてくるヒューゴを、黙ってただ見ていた。

「だから俺は、俺と同じ立場のお前が来てくれて、すっごく嬉しかったんだ。今だって、お前が居るからめちゃくちゃ心強いんだ。俺だって、能天気に見えるかもしれないけどな、別の世界から来たのが自分だけ、っていうのは心細かったりするもんなんだよ。それに、やっぱりちょっと寂しい」

「…ヒューゴでも寂しいとか思ったりするのか」

思わずそんな言葉が口から出たら、ヒューゴは、ふは、と笑った。

「あのなー。俺だって人間だぜ?お前に俺がどう見えてるのか知らないけどな、俺にも寂しいとか悲しいとか、ちゃんとそういう感情はあるんだ。まあお前より随分図太く生きてるけどな」

「ふーん…」

俺はそうとしか言えなかった。

ヒューゴはまた俺の隣で海を向いて座り直すと、俺の肩を抱いて頭をくしゃ、と掻き回して来た。

「だから、価値無いなんて言うなって。俺はホントにお前がただ生きてここに居てくれるだけで、嬉しいんだからな。お前は立派に俺の心の支えになってくれてるんだ」

「…そうか…」

何となく、胸がうずうずした。ずっと、重たくて石になったかのようだった胸が。

「そうだ、お前また飯食ってなかったろ。ちょっとでいいからこれ食えよ」

ヒューゴが思い出したように言って、無限収納から湯気の立つピタパンみたいな食べ物を取り出して、俺に差し出して来た。
香辛料の効いた肉と、新鮮そうな野菜が挟まれている。

あれから食欲なんて全く湧かず、殆ど何も食べていなくて水とほんの少しの果物しか摂っていなかった。

でも、ヒューゴが俺の事を心配してくれてる、と思うと、ちょっと胸が熱くなる気がした。

のろのろと手を伸ばして受け取ると、食べられるか分からないまま口元に持って行った。
鼻腔をいい匂いが擽り、急に空腹を感じる。

素直にかぶりついた。

温かい。美味い。

気が付くと夢中になって食べていた。

「良かった。美味いみたいだな」

ヒューゴがまた、優しい目で俺を見ていた。

すぐに食べ終わり、ヒューゴが無限収納から飲み物も出してくれた。ミルクティーみたいな飲み物だ。これも温かくて美味い。

美味いな…そう思ったら、急に勝手にぼろぼろと涙が零れて来た。

「えっ、ちょっと待て、どうしたんだ!?俺、なんかした?」
「ち、ちが…」

ヒューゴが慌ててわたわたしていたが、俺は答える事が出来ず、涙を止める事も出来なかった。

「分かった、とにかくこうしといてやるから」
ヒューゴはそう言うと、俺をぎゅっと抱き締めてくれた。

もう、こんな風にヒューゴに抱き締められるのも当たり前みたいになっていて、俺の方が年上なのに何、年下に甘えてるんだとか、男に抱き締められて何、安心してるんだとか、そんなに他人の愛情が欲しいのか、とか最初の頃は頭の中で外野がうるさかったけど、今はもう静かになっていて、むしろ俺はヒューゴが抱き締めてくれるのを、心待ちにしてしまっている。

初めて与えて貰った、打算無しの他人からの無償の愛情を、飢えたガキのように貪って、貪って、もっと、もっと、と求めてしまっている。

足りない、足りない。もっと、もっと。ずっと強く抱き締めていて欲しい。

そんな事を考えてしまう俺は、きっとおかしい。いや、もう随分昔からずっとおかしかったんだ。誤魔化していただけで、俺はずっと歪んでいて、愛されたくて愛されたくて仕方なかったんだ。

抱き締めてくれるヒューゴの背中に、無意識に俺も両手を回して、強く、強く、ぎゅうっと抱き締めていた。離したくない、ずっとこうしていて欲しい。
俺を甘やかして欲しい。ヒューゴの熱い体温と匂いがとても安心する。ちゃんと愛されている、受け入れられているって感じがする。

俺が手を回してぎゅうっと抱き締め返しても、ヒューゴは嫌がる素振りは一切見せず、ずっとそのままで居てくれた。

ふと、ヒューゴの肩が俺から垂れ流される液体で濡れているのに気付き、俺は『清掃』のスキルでそれを綺麗にした。
ちょっとでも、不快だと思われるのが怖かった。拒絶されたくなかった。

すると、それに気付いたヒューゴが言う。

「そんなの、気にすんなって。出るもんは全部出してすっきりしちまえよ。我慢なんかすんな」

『―――――我慢せずに全部出せよ!なんでそんなに自分を抑えるんだ、お前は!?』

ふいに、ヒューゴの言葉に被さって、あの人―――麗央さんの言葉が鮮烈に蘇って来た。

俺の2コ上の先輩ホストで常に店のトップだった人。人当たりが良くて、皆に好かれていた麗央さんは、捻くれた可愛げのない俺の事も可愛がってくれて、何くれと世話を焼いてくれた。

俺の見た目と合うからって、物静かで知的な路線で行った方がいい、とアドバイスしてくれたのも麗央さんだ。

正直、俺も麗央さんにだけは心を開いていた。けど、それを素直に表に出す事が出来ず、
傷付け、失望させたのも俺だ。

『お前、俺にまでそんな、自分を偽って…俺の事は信頼してくれてるって思ってたのに…正直、傷付いたよ…』


最後に会った時、麗央さんはそう言って苦しそうに顔を顰めていた。その後、麗央さんは突然失踪して、居所が分からなくなり…そこから俺は、坂道を転げるように破滅に向かって一直線に突き進んで行った気がする。

あの時、俺が麗央さんのアドバイスをちゃんと素直に受け取って、もっと頼っていれば今、こんな風にならずに済んでいたんだろうか。

苦い思いが、また胸に広がって来る。

(ああもう、最初からやり直したいな…ガキの頃から全部…)

ぐるぐるする思いを全部振り切るように、俺はヒューゴにしがみ付く腕に力を込めた。


昼の暖かい陽射しと海風にくすぐられて、いつの間にか眠ってしまったようだ。
気が付くと、砂浜に仰向けで寝ていた。俺の体の上には上着が掛けられていて、上半身を起こしてみると、ヒューゴは海で泳いでいた。

「あ!起きたか?今そっち行くから」

俺に気付いたヒューゴはざぶざぶと上がって来たが、俺は目のやり場に困った。
なぜなら全裸だったから。

何度も触れているから分かってはいたが、いわゆる細マッチョという感じだ。実用的な筋肉の付き方で、やはり戦場で生きて来た人間だなと思った。
何となく目を逸らしつつ膝を抱えて座り直すと、ぽたぽたと海水を滴らせながら来たヒューゴは、スキル『清掃』を使って水気を飛ばし体を乾燥させていた。

「ホント、スキルって凄いよなあ!面倒な風呂も入らなくていいし、あっという間に綺麗になるし、俺、このスキル好きだわー」

そう言って、俺の隣に無造作にまとめてあった服を着直す。

「しっかり眠れたか?」

「うん…」

「そっか!じゃあ良かった。どうする?帰るか?」

俺は何となくまだここでぼうっとして居たかったから、ここにいる、と答えた。

「ん。分かった。じゃあ俺は戻るから、夕飯までには帰って来いよ」

「うん」
我ながら子供みたいだな、と思いながら返事をすると、ヒューゴは、二カッと笑って転移でそこから消えた。

その日の夜は、珍しく何も魘される事もなく、朝まで眠る事が出来た。
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