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三章 最後の一人 日本からの転移者アキラ

アキラの痕跡を求めて

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ラゼル神官長が案内してくれたのは、日当たりのいいこじんまりとした部屋だった。よく、よその家に行って感じるような、人の生活臭みたいなものは無い。居なくなって1年、誰も使っていないみたいだしな。

部屋の中にはきちんとシーツが整えられたベッドと、小さな鏡台、3段の猫足の小さいタンスが置いてあった。
ヒューゴが不思議そうに、

「なんだ、匂いが残ってるもんでも探すのか?」

と言うと、ロシュはくすりと笑った。

「犬みたいに匂いで辿る訳じゃないよ。それに1年も経っていたら匂いは消えてると思う」

言いながら、鏡台に近付いて引き出しを開ける。そこには何かの動物の毛で作ったブラシが入っていた。
ロシュはそのブラシの毛の部分を探って、長い髪の毛を引っ張り出す。

「確かに銀灰色だね。これでいいかな」
そう言って髪の毛を持ったまま目を閉じ、何かに集中し始めた。

「……魔法か?」
「だろうな」

たぶん、ロシュの世界の魔法で何か探っているんだろう。俺とヒューゴは集中を乱さないよう、黙って見守った。
しばらくして目を開けたロシュは、微妙な顔をしていた。

「うー……ん。途中までは探れたけど、ここの王城までしか辿れなかった」

そして俺達と一緒に事の成り行きを見守っていた、ラゼル神官長を振り向く。

「アキラはここにどれくらいいたのかな?」
「そうですね、実はここにいらっしゃったのは、ほんの短い間だけなのです。降臨なされてすぐ王城に招かれ、王女によって城に軟禁されていましたから。実の所、王城にいらっしゃった方が長い位です」

それを聞いてロシュが考えるそぶりを見せる。

「王城か……そこに何かアキラの物か、髪の毛が残ってれば……」

「おい、ロシュ。そいつの持ち物で居場所が分かるのか?」

魔法の事が気になって仕方なさそうなヒューゴが口を挟むと、ロシュは俺達に向き直って言った。

「そうだね、君たちの世界には魔法がないんだった。今のは僕の世界の魔法でアキラの今の居場所を探していたんだ。その人物の持ち物や体の一部があれば、直近までその人物がどこに居たか、その後どこに行ったかをある程度探る事が出来るんだよ。持ち物なら愛用していた物、こんな風に本人の体の一部なら髪の毛1本でもいいんだ」

ロシュがさっきブラシから引き抜いた髪の毛を摘まんで俺達に見せる。

「けど、年月が経てば経つほど辿るのは難しくなる。アキラがここに居たのはほんの短い間だったみたいだし、彼が王城に行った事位しか辿れなかったよ。でも、王城に行ってアキラの居室を探ればまた何か分かるかもしれない」

「ふーん、なるほどな。魔法って便利だなあ。でも城にはそのアキラに執着してたヤバい王女がいるんだろ?素直に俺らに協力するか?」

ヒューゴが腕を組んでそう言う。

「……アキラの事を出さずに、こっそり探ればいいんじゃないか?城に入って、アキラの居た部屋を探して、持ち物か髪の毛を見つければいいだろう。普通に入れなくても、俺達にはスキルがあるしな。夜中にこっそり忍び込むとか」

アキラに執着して軟禁する位の王女だ。きっとロシュの魔法の事を知れば、アキラの居場所を聞き出そうとするだろう。でも例え王女が実力行使に出たとしても、俺達にはスキルがあるし、どうこうされる心配は一切ない。
ただ、俺達が少しでも関わり合った人間……神殿関係者とかに、万一でも迷惑を掛ける事になるのは避けたいからな。

俺は一番長く世話になった、ジルヴィアの神官達やルイの事を思い出してそう言った。
ロシュも頷く。

「そうだね。それがいいんじゃないかな。でも忍び込むのは最終手段にして、まずは普通に王城に入る手段を取ろうよ。僕ら、神の遣いだって言われてるんだし、簡単に入れて貰えるとは思うけど、どうなのかな?」

ロシュに問いかけられて、ラゼル神官長は頷いた。

「はい、私の方から、御遣いが謁見したいと仰せられている旨を伝えれば、すぐにでも城内に入れると思います」
「そうか、じゃあこれで入るのは問題ないね」

ロシュが微笑む。

「それじゃあラゼル神官長。早速僕らが城に行きたがってるって事を伝えて貰えないかな?」
「はい、分かりました。それでは皆様方には、しばしお待ちいただく事になるかと思いますので、お部屋にご案内しましょう」
「ああ、よろしく頼むよ」

ロシュがずっと手に持っていたアキラの髪の毛を、思い出したように鏡台の上に置くのを見て、俺は城で探す時の参考にしようとその髪の毛を手に取ってみた。

かなり、長い。この分だと肩まであるかもしれない。細くて、銀灰とラゼル神官長が表現していたけど、その通りくすんだグレーのような色合いだった。
だけどよく見ると根元の方が、ほんの少し黒くなっている。

という事は、銀灰色なのは染めているからで、この髪の持ち主のアキラは元々黒髪なのかもしれない。俺はその事を一応ロシュとヒューゴにも伝えた。

「へえ、髪の毛って染められるのか?知らなかったな。俺の世界じゃ髪を染める奴なんていないからな」

ヒューゴが感心したように言い、ロシュも

「諜報活動で一時的に髪を別の色にする魔法や、魔法薬はあるけど、そういう目的がない限り、僕らの世界でも髪の色をわざわざ変える者はいないかな。アキラは何で髪の色を変えていたんだろう?彼もそういう活動をしていたんだろうか」

と不思議そうだったので、俺はそういう文化がない世界から見たらそんな感想になるんだな、と思いながら説明してやった。

「元々髪色がカラフルなヒューゴやロシュの世界と違って、俺の国じゃ皆、黒だからな。それがつまんなくて色を変えるんだよ」
「そうなんだ。黒はこんなに綺麗なのにな。人はやっぱり、自分に無いものを欲しがるのかもしれないね」

ロシュがそう言って俺の髪に手を伸ばし、ゆっくりと感触を確かめるように指の間に滑らせる。

ちょっとくすぐったくて身動ぎすると、ヒューゴも手を伸ばして来た。

「俺も触りたい」

とロシュが触っているところと反対側を下から梳き上げて来る。

「あっ……ちょっと、くすぐったいって」

両側からさわさわと頭を梳かれて、何だか背筋がぞくぞくして、妙な気分になってきてしまう。

「んっ、だ、ダメだって、こんなされたら……」
「そ、そうだな!こんなとこでする事じゃないよな!うん、やめよう!」

俺の顔を見てヒューゴが喉を鳴らすと、慌てたように手を離した。

「……ユキト、色っぽすぎるよ……そんな顔……」

ロシュも俺を見て溜息を付くと「夜のお楽しみにしよう」と髪にキスして離れた。

「はぁ、もう……」

やれやれと思ってふと気付くと、ラゼル神官長が目を丸くして黙ってそこに佇んでいた。
そういえば、部屋に案内してくれるって話だった。

「もう、よろしいでしょうか?」

おずおずとそう言われて、俺は気まずさを感じながらも「はい」と言うしかなかった。
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