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二章 スキル進化の悪趣味な条件と異世界転移者ロシュヴァルド=フォン=アーデルハイド

幸せのお裾分け

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うっすら肌寒くて目が醒めると、部屋は明るくなっていた。寝ぼけ眼で窓の外を見ると、朝もやで真っ白になった空に朝の金色の光が混じって、荘厳な雰囲気を醸し出している。

一瞬、自分がどこにいるのか分からなかったけど、ジルヴィアで寝起きしていた部屋とは違う、石造りの素朴な部屋、清潔だけどざらついたシーツに、ここはケレスの神殿だったな、と思い出した。

そして俺の隣に眠るヒューゴの顔に目が留まった。差し込む朝陽に照らされて、いつもより明るくオレンジ色に見える、赤い髪の毛。閉じた瞼を縁どる髪と同じ色の睫毛は長く、野性味のある端正な顔に影を落としていた。

じっと見つめていると、つい昨夜の濃厚で激しい情事を思い出して、朝の光の中だと妙に気恥ずかしく感じる。

でも、その陶器のような肌に触れたくなって、そっと頬に手を伸ばした。

「・・・ん、ユキト」

うっすらと瞼が開いて、綺麗な緑色の瞳に俺が映しこまれる。

「おはよう」

そう言うと、頬に伸ばしていた手を取られ、引っ張られて抱き込まれた。

「・・・俺、幸せ・・・」

すりすりと髪に頬ずりされ、くすぐったい気持ちになる。

「俺も、だよ」

ヒューゴのぬくもりと匂いに包まれて、それを味わうように俺は目を閉じた。

もう一度眠ろうと思ったんだけどな。
すっかり目が覚めてしまったらしいヒューゴに組み敷かれて、気が付けば窓の外の朝霧はすっかり消え、薄いブルーの空には高く上った、輝く黄金色の太陽が鎮座していた。



♢♢♢



「おはようございます、勇者様方」

俺とヒューゴが扉を開けると、中に居たアルベルト神官長が丁寧にお辞儀をして出迎えてくれる。
奥のテーブルには既にロシュが身支度を整えて、朝食を優雅に口に運んでいた。
俺を見るとにっこりと微笑む。

質実剛健なこの神殿の中で、この小部屋だけは洒落た雰囲気を持っていた。広さはそれほどでもないけど、三面が大きな窓ガラスでとても明るく、窓際に置かれた丸いテーブルには、この神殿で働いているという小間使いの子供達が朝食を運んで来てくれた。

ふと、ジルヴィアのルイは今日も元気かな、と思う。まだたった1日しか経ってないなんて不思議な気がする。

ケレスの小間使いの子供達は神官長がいるせいか、仕事が終わるとそそくさと出て行ってしまった。

その神官長も、俺達が全員揃って朝食に手を付けよう、という辺りでにこりと微笑んで、「それではどうぞ、ごゆるりとお食事を」と言い置いて部屋を出て行った。

「おはよう、ユキト。よく眠れた?」
「ん、ま、まあね」

ロシュに、さっきまでしていた情事の気配を悟られていないか、ちょっとドキドキしてしまう。

「ヒューゴもおはよう。今日からしばらくユキトを独占してしまうけど、夜はちゃんと君の元へ帰すからね」

ロシュはもちろん気付いた様子はなく、ヒューゴにそう声を掛ける。ヒューゴは昨日までと違い、余裕のある表情で頷いていた。

「ああ、分かった。俺のことは気にすんな」

そして、俺を見て微笑んで頷く。
・・・良かった。少しは安心してくれたみたいだ。

ケレスの神殿の朝食は、黒っぽい硬いパンと、とろりとしたクリーム色の豆スープ、焼いたベーコンと卵、緑色のアボカドのような色のあまり甘くない果物だった。

パンを手に取り、むしり取ってそのまま食べてみたが、発酵した果物のような匂いのする酸っぱいパンで、そのまま食べるよりもスープに浸したり、ベーコンと一緒に食べた方が美味かった。

ベーコンは分厚く、ちゃんと肉と香辛料の味がして、卵もふわりとしていて濃厚で、素材そのものが美味いんだな、と思った。
しばらく皆、無言のまま、カチャカチャとナイフやフォーク、食器の触れ合う音が響く。

大きな窓ガラスからは、広い緑の草原と、段々濃くなっていく青い空が遥か先まで続いているのが見えて、どこかへ旅行に来ているような気分になった。

「そういえば、ロシュは普段ここでどんな風に過ごしているんだ?」

昨日、娯楽が何もなくて退屈を感じた事を思い出して、そう聞いてみる。

「そうだね、僕は普段、剣の鍛錬に励んだり、『無限収納』に入っている本を読んだり、地図を見て色んな場所に行ったりしているかな。人がたくさんいる街みたいな所には行かないようにしてるから、海とか山に行くくらいだけど。3ヶ月それの繰り返しで飽きていた所だったよ」

肩をすくめてそう言うロシュ。

「なんで街に行かねえんだ?面白いもんもいっぱいあるだろう。俺なんかしょっちゅう街に行ってたぞ」

ヒューゴが不思議そうに口を挟むと、ロシュはどこか寂しそうに笑った。

「僕はこの世界の人には神様みたいに見られちゃって。そんな視線を浴びるのが嫌なんだ。落ち着かないしね」
「まあ、確かにそれはあるな。俺ら神の遣いだとか言われてるもんな」

そう言っても、ヒューゴは割と誰にでも気さくに話しかけるせいか、ルイやアインみたいな子に好かれたり神官達にも親しまれて、楽しそうにやっていた。

でもロシュはそういう感じじゃなさそうだしな、一人だけこんな世界に連れて来られて、寂しいのかもしれない。自分の世界に残して来た人の事も気になる、とも言っていたしな。

朝食を食べ終わり、ロシュが「じゃあ後で君の部屋に行くよ」と先に部屋を出て行ったので、俺もカップに残っていたお茶を飲み干して、席を立った。

ヒューゴはとっくに食べ終わっていたのに俺が終わるまで待っていたらしく、立ち上がった俺の手を引くと、自分の胸に引き込んだ。

「ごめん、こうしたかった」
「んっ・・・」

顎を緩く掴まれて、唇を奪われる。

あ・・・もう、何度も何度もしたし、今朝だってあんな・・・したのに、この頃は触れられるとすぐに、体が熱くなって疼いて来るようになってしまった。

もしかして、あいつに言われた淫乱の素質、なんてものが開花し始めているんじゃないかと、ちょっと怖い。

だけど、この圧倒的な恍惚感の前には、そんな事はすぐにどうでも良くなってしまう。

俺もうっとりとヒューゴに体を預けて、甘く痺れる心地良さを貪った。

しばらくして唇が離れると、ヒューゴは俺の目を見つめて微笑んだ。

「ユキト、俺、もう大丈夫だから。だからお前も俺のこと心配すんな」
「ヒューゴ・・・」
「俺、考えたんだ。ロシュもな、きっと前の俺みたいにこの世界に一人きりで、ほんとは寂しいんじゃないかってな。俺はもう、ユキトがいるから寂しくも心細くもない。だからちょっとくらい、ロシュの奴にも俺の幸せのおすそ分け、っての?してもいいかなーって思ってさ。俺らみんな不思議な縁で、こんな遠い遠い世界で出会ったもん同士だしな」

そう言って笑うヒューゴに、俺は少し感動していた。

「はは・・・ヒューゴ、すごいよ。1日でそんな風に思えるようになるなんてさ」

最近じゃ涙腺まで緩くなって、ちょっとでも胸が震えることがあると、すぐに涙が出そうになって困る。

「昨夜の俺のサービスで、よっぽど満たされてくれたんだな?」

目が潤みそうになるのを誤魔化すように、わざとそんな事を言って茶化したら、ヒューゴは笑って俺を抱き締めた。

「そうかもな。ユキトが俺のこと全部受け入れてくれたから、俺、余裕が出来たのかも。ありがとな」
「・・・うん」

日本での真っ黒で憂鬱で苦しかった日々を塗り替えるように、今が幸せ過ぎて、俺はまた胸がいっぱいで泣きそうになって、困った。
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